転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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たった一人の決戦

 ダダルム山脈へと転移した私が見たものは、百を越えようかという「竜化個体(ドラグニア)」の群れと、とてつもなく巨大な竜──特種竜化現象「アスモデウス」だった。

 群れの最後方に聳え立っているアスモデウスは、比喩でもなんでもなく、途方もない大きさだ。

 五十メートルぐらいはあるんじゃないかと思う。

 

 眷属として率いている「竜化個体(ドラグニア)」の中には「ワイバーン」や、一種竜化現象「ドラゴン」の姿も見受けられる。

 そのワイバーンやドラゴンでさえ、人間と比べたら遥かに大きい。

 なのに、従えた臣下を睥睨する王のように、アスモデウスはそれ以上の大きさで待ち構えていた。

 

「……あ、アスモデウスを倒そうにも、数が……!」

 

 こんな敵をどうやって倒せばいいんだという絶望に、膝をついてしまいそうになる。

 だけど、必死に踏ん張って、私は「竜化個体(ドラグニア)」の群れを睨みつけた。

 百を超える敵をまずは手始めに殲滅しなければ、アスモデウスに辿り着くことすら厳しい。

 

 敵の大きさもまちまちだと考えると、「激流槍射」はメインとして使うには火力不足だ。

 群れの前衛の、竜化ゴブリンや蜥蜴人(リザードマン)を倒す分にはちょうどいいから、展開自体はするにしても、決め手が必要になってくる。

 だとしたら、躊躇っている暇はない。

 

「すぅ……」

 

 私は小さく息を吸い込んで、魔力を極限まで集中させた。

 今から使うのは、私が覚えている中でも最大の火力を誇る魔法だといってもいい。

 前世日本人である私が、「水」と聞いてなによりも恐れるものを──「大津波」の運動エネルギーを、そのまま武器に転用した魔法。その名は。

 

「『波濤砲・拡散──独奏(ソロ)』!」

 

 竜害現象たちの群れに向けた杖の先に菱形の魔法陣が展開され、私の身の丈を遥かに超える「圧縮された大津波」が敵の群れへと迫っていく。

 

 ──そして。

 

『グゲゲギィアアアア!!!!』

『グゲゲ──』

『ギィ──』

 

 群れの真正面で、彼岸花のように水流が花開き、全ての敵を撃ち抜くように拡散した。

 無数の断末魔すら貫き、撃ち抜き、塵へと還す必殺の一撃は、百を超える群れを一瞬にして討伐した。

 周辺に対する被害も尋常ではないけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

 次は、アスモデウスだ。

 あの五十メートル超えの巨体に打撃を与えるには、やっぱり「波濤砲」でなければ無理だろう。

 今度は拡散させるのではなく、魔力を一点に収束させる形で竜化核に風穴をあける。

 これしか、勝つ方法はない。

 

「魔力再充填……!」

 

 本来、「波濤砲」は連発するのには向いていない魔法だ。

 私は複数回使うことができるけど、それにしたって魔力の消耗が激しすぎる。

 あとは、アスモデウスを撃ち抜いて、「燃える彼岸花亭」に帰還する──それだけだと、思っていた。

 

『グググ……ゴオオオオオ……!』

 

 アスモデウスは明確に、魔力を集中させている私を、低く、くぐもった鳴き声で嘲笑った。

 地鳴りのような鳴き声と共に、今度は二百を超えようかという「竜化個体(ドラグニア)」の群れが、アスモデウスの落とした影から生まれてくる。

 まるで、どれほどまでなら私が戦えるのを試すかのように。

 

「……っ……!」

 

 舐められている。

 私が切り札である「波濤砲」を切っても、まるでそれがスタートラインであるかのように、アスモデウスは一歩も動かず、私を見下し続けていた。

 でも、それも道理だ。一度出現すれば「世界が滅ぶ」と評される特種竜化現象が、たった百程度の群れしか従えられないはずはない。

 

 ここから先は消耗戦だ。

 私の魔力が尽きるのが先か、アスモデウスの眷属が尽きるのが先か。

 ──上等だ!

 

「『波濤砲・拡散──二重奏(デュエット)』!」

 

 今度は魔法陣が二つ展開され、そこから撃ち出された水流は一つに統合、再び彼岸花のように花開く。

 そして、二百を超える「竜化個体(ドラグニア)」の群れを瞬く間に飲み込んで、灰塵に帰せしめた。

 無数の断末魔を飲み込んで、押し流していく威力はあまりにも過剰だ。でも、「波濤砲」を使わなければ──私だけじゃなく、世界も生き残れない。

 

『グググ……』

 

 それでも懲りることなく、アスモデウスは嘲笑と共に、影から眷属を生み出し続けていた。

 だったら、こっちだって「波濤砲」を撃ち続ければいい。

 ここから先は、どっちが先に音を上げるかの勝負なのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はぁ……は……ぁっ……」

 

 一体どれぐらい戦い続けていたのかわからない。

 三時間? 三日間? 三週間?

 時間の感覚すら曖昧になって、麻痺してしまうほどに、「波濤砲」の連発は私の心臓と、この世界の人類に備わっている、マナを貯蔵するための臓器──「蓄臓」に負荷をかけていた。

 

『グ、ググ……グゴオオオオ……!』

 

 ただ、相手もほとんど眷属は品切れらしい。

 さっきまで絶え間なく、地平を覆い尽くすほどの群れがアスモデウスの影からは生み出され続けていたのに、今では最初と同じ百体規模が限界だ。

 あと一歩、あと一歩押し切れば勝てる。だけど、あと一歩踏み出してしまえば、私の体はバラバラになってしまうんじゃないかというほどの痛みが、歩みを阻害し続けていた。

 

「……かはっ……!」

 

 咳と共に血液が吐き出される。

 それほどまでに「波濤砲」の連発が私自身を引き裂いていたなんて、思いもしなかった。

 だとしても、立ち続けなければいけない。

 

「それ……でも……っ!」

 

 唱え続けなければいけない、魔法を。

 

『グググ……ゴググググ……オオオオオオ……!』

 

 私が黒く塗られた樫の杖を構えた刹那、アスモデウスは信じられない行動に出た。

 その巨体では不可能だと思われていた飛行という手段に打って出たのだ。

 長く、まるでトンファーのように伸びた翼脚を展開して空を飛ぶアスモデウスが選んだのは、私との戦いを放棄するという道だったらしい。

 

 消耗品の眷属を倒せば、私の魔力は尽きると見越した上での戦略的撤退。

 まるで、「竜化現象(ドラグハザード)」に意志があるかのような、悪辣な振る舞いだった。

 逃げるな。あと少し、せめて、その翼を引きちぎれれば。でも、眷属を打ち倒さなければ。

 

「……か、ひゅぅ……はぁ、はぁ……っ……」

 

 杖を構える手が震えて、目が霞む。

 どうやら、アスモデウスの見立ては正しかったらしい。

 私はもう限界だ。どう振り絞っても、「波濤砲」は撃ててあと一回だ。

 

 ごめんなさい、ミカエラさん。

 ごめんなさい、皆。

 私が力不足だったばっかりに、私が役に立たなかったばっかりに、この世界は、ジリオンの街は、大切な「燃える彼岸花亭」は──

 

「魔力加速式滅竜杭、装填! 目標──特種竜化現象『アスモデウス』の翼脚の根本! あいつを逃さないで! 一気に叩き落とすよ!」

 

 最初は、幻聴かと思った。

 だって、こんなときにミカエラさんの声が聞こえるなんて、思わなかったから。

 でも、その声は。

 

「撃てぇーっ!」

 

 轟音を立てて、なにかが五つほど、アスモデウスの翼脚、その付け根へと的確に飛んでいった。

 

『ゴオオオオオッ……!?』

 

 そして、命中した「なにか」は強烈な光の魔力を放って炸裂し、アスモデウスの翼脚を引きちぎり、地面へと叩き落としていた。

 夢でも、見ているのだろうか。

 ううん、違う。これは。

 

「待たせてごめん、アンゼリカ! 助けにきたよ!」

 

 紛れもなく現実の、ミカエラさんの声と温もりだった。

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