転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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君に朝が降る

「……み、ミカエラさん……? こほっ、ど、どうして……」

「言ったじゃん、助けにきたよって! アンゼリカを一人になんかしない! 今まではずっと助けてもらってた分、今度はわたしたちがアンゼリカを助ける番だから!」

 

 右腕に規格外な大弩のような武器を装備したミカエラさんが、涙交じりの笑みを浮かべる。

 ダメだ。

 さっきは偶然、アスモデウスが慢心していたからその武器も通じたかもしれないけど、特種竜化現象は理外の存在だ。

 

 だから、私がなんとかしないと。

 あれと戦えるだけの力を持っている私が、今まではずっとお世話になってきたミカエラさんたちに、責任を果たすために。

 そう思っているのに、体がうまく動いてくれない。

 

「人類の叡智舐めんじゃないわよ、アンゼリカ。魔力加速式滅竜杭──最前線の死者や竜化者を大幅に減らしたエリオール七星伯の大発明よ。クレバース商会の全財産はたいて、無理言ってパンジー子爵のとこから買い付けてきたんだから!」

「……が、ガヴリィル、さん……」

「だから今はあんたは休んでなさい、今度は、ミカエラが言った通り、あたしたちが恩返しをする番なんだから! 各員、滅竜杭の第二射装填準備! ここが正念場よ、後にも先にも人類の未来はこの一撃にかかっているわ!」

『お、応!』

 

 ガヴリィルさんが勇ましい号令をかける。

 すると、ワイバーンのときは真っ先に逃げ出そうとしていた冒険者たちが、ミカエラさんたちが装備している五つの大弩に巨大な杭を装填していく。

 魔力加速式滅竜杭──最前線で運用されている最新兵器だとは聞いたことがあるけど、実物を見たのは私も初めてだった。

 

「落下したアスモデウスにぶち当てるには取り巻きが邪魔ね……! ラフィーネ!」

「わかっているとも。愛しのアンゼリカのため、そして勇者ラグニカの再来として! 今ここにぼくもこの命をかけることを誓おう! 勇気ある者は双星剣ガイエルの名の下に集え! 正義はここにある、今この剣の下が、ぼくたちが命を燃やすべき場所だ!」

『応!』

『どうせほっといても滅ぶか死ぬかなんだ、だったらやってやるさ!』

『アンゼリカちゃんにいいところを見せるチャンスだよ! 野郎ども、踏ん張りな!』

 

 滅竜杭部隊の後方に待機していたラフィーネさんたちをはじめとした、冒険者や、恐らくは正規の訓練を受けている少数の騎士が鬨の声を上げた。

 そして、まだ百体は残っていようかという敵の群れに、ラフィーネさんたちは飛び出していく。

 アスモデウスが呼び出した眷属の中には、まだ一種竜化現象「ドラゴン」や、ワイバーンが混じっているにもかかわらず、だ。

 

「……だ、ダメです……っ、げほっ、み、皆。こんなことに付き合う必要はないんです……私が……」

「私が、なに!? アンゼリカが死んじゃったら、なんにもならないよ!」

「み、ミカエラさん……?」

 

 私が命を捧げれば、この命と引き換えにすれば、アスモデウスを倒せるかもしれない。

 そう言葉を続けようとした瞬間に、左の頬にぴしゃりと手のひらが打ちつけられた。

 ミカエラさんだった。涙を浮かべて、私を見つめている。

 

「死んでとれる責任なんてなんにもない! 死んじゃったら、人はそれっきりなんだよ! わたしのお父さんとお母さんみたいに!」

「ミカエラ、さん……」

「わたしは、アンゼリカに死んでほしくない! それはリィルも、ラフィーネさんもおんなじだよ! だから──だから、皆命をかけて、全部を投げうって、この場にいるんだよ!」

 

 ミカエラさんは、大きな胸に左手を当てて訴えかけてきた。

 ガヴリィルさんは、商会の全財産を使い果たしてまで、魔力加速式滅竜杭の数を揃えた。

 ラフィーネさんは、今も敵の群れを命がけで薙ぎ払い続けている。

 

 冒険者たちも、騎士たちも同じなのだろう。

 皆、大切なものを天秤の片側に乗せて、この戦場に立ってくれているのだ。

 そう考えると、自然と目頭に熱いものが滲んできて、涙に変わっていく。

 

 私なんかのために、私一人を助けるためだけに、これだけの人たちが。

 そう考えると、とても嬉しい気持ちに、幸せな気持ちに満たされていく。

 でも、それは──

 

「ねえ、アンゼリカ。わたしが大切にしてるのは、アンゼリカの力だけじゃないよ」

「……み、ミカエラさん……?」

「ずっと不思議に思ってた。なんでアンゼリカは、わたしのためにこんなに頑張ってくれるんだろうって。でも、今日の無茶で合点がいったよ。力ある責任を果たして、ようやくわたしがアンゼリカを許してくれると思ってたんだよね?」

 

 図星だった。

 前世では無能や役立たずと罵られ続けてきたから、なにかの責任を常に果たし続けなければ、ミカエラさんのところにはいられないと、私はそう思い続けていた。

 だって、そうすることでしか、無能で、コミュ症で、私は。

 

「違うよ! アンゼリカは……アンゼリカは、わたしの大切な友達だから! だから、今度はわたしたちが助けてみせる、アンゼリカのことを!」

「……っ……!」

「言いたいことはミカエラが全部言ってくれたわね。ラフィーネ、一種竜化現象の相手は任せたわ! 騎士隊は二種竜化現象を撹乱! 第二射を放つわ!」

 

 ガヴリィルさんの号令に従って、ミカエラさんたちが魔力加速式滅竜杭を構える。

 片方の翼脚を、根本から引きちぎられて身悶えしていたアスモデウスは、残る五本の脚で立ち上がっていた。

 そして、今度こそ私たちを消し炭にしようと、口元に雷のエネルギーを集中させている。

 

『ゴオオオオオ……!』

「なに言ってるかわかんないけど、的が大きい分当てやすいのよ! 魔力加速式滅竜杭、撃てーっ!」

 

 がぅん、と轟音を立てて、光の魔力によって加速させられた滅竜杭が装置から解き放たれ、アスモデウスの巨体へと迫っていく。

 そして、滅竜杭は雷のエネルギーを解き放つよりも先に、胴体や頭部に直撃して、炸裂した。

 ──やった、の?

 

『ゴオオオオオッ!!!!』

 

 淡い期待は、一瞬にして打ち砕かれた。

 確かに右目を穿たれ、胴体に風穴をあけながらも、巨体が誇る強靭な生命力で、アスモデウスは生き延びていた。

 びりびりと揺れる大地に、絶望が満ちていく。

 

「──ッ」

「リィル、早く滅竜杭の次を……!」

「……ないわ」

「えっ……?」

「クレバース商会の全財産を使い果たしても、魔力加速式滅竜杭は五台、滅竜杭は十本。それが買いつけられる限界だったのよ……!」

「そ、そんな……っ」

 

 渾身の作戦は、空振りに終わってしまった。

 このままアスモデウスに一度でも行動をさせたら、私たちはダダルム山脈の大地ごと消し炭にされて終わるだろう。

 次の手を。打てるうちに、打っておかなければいけない。だから──

 

「……けほっ、はぁ、はぁっ……!」

「アンゼリカ!?」

「つ、伝えてください、ガヴリィルさん……前線で頑張ってる皆さんに、い、今すぐ、そこから、た、退避してください、って……」

 

 私は黒く塗られた樫の杖を構えて、蓄蔵に残された全ての魔力を集中させた。

 泣いても笑っても、あと一撃。

 これがダメだったら、世界は滅ぶし私たちは死んでしまう。

 

 きっと、ガヴリィルさんたちも同じような心境だったのだろう。

 だけど、ラフィーネさんたちの奮闘でアスモデウスを守る壁になっている眷属たちは大幅に数を減らしているし、今なら、できる。

 できなくたって、やるしか、ない。

 

「……ッ、聞いたわね! アンゼリカが今から最後の賭けに打って出るわ! 総員退避! 今すぐアンゼリカより後ろに隠れなさい!」

 

 よろめきそうになる足を、ガヴリィルさんの勇気が支えてくれている。

 

「惜しいね、もう少し暴れられればこのぼくが、愛しのアンゼリカにあのアスモデウスとやらの首を捧げられていたのに」

 

 爆発してしまいそうな心臓と、震える背筋を、ラフィーネさんの強がりが支えてくれている。

 

「……最後の最後に頼りっきりで、ごめん! だけど、頑張って! アンゼリカ!」

 

 そして、挫けそうな心を、ミカエラさんの応援が支えてくれている。

 だから、私は負けない。

 もう、理不尽に流されるままだった「私」じゃない。「私」は──私は、アンゼリカ・アクアマリンなのだから!

 

「……げほっ! は、『波濤砲・収束……六重奏(トランジット)』!」

 

 冒険者や騎士たちが退避したのを確認した上で、私は今の私に撃てる最大火力の魔法を──大津波の運動エネルギーを六乗倍以上にまで引き上げた、苛烈な破壊力を凝縮させた「波濤砲」の最大出力を、アスモデウスへと全力でぶつけた。

 

『ゴオオオオオッ──』

 

 竜化核ごとその巨体を飲み込んで撃ち抜かれたアスモデウスが、眷属を道連れに、断末魔の悲鳴と共に消え去っていく。

 心臓が、比喩ではなく破裂しそうだった。

 意識が途切れそうになる。視界が明滅していて、命の危機を全身が訴えている。

 

 ──それでも。

 

「あさ、ひ……」

 

 この地域を覆っていた黒雲は晴れて、一条の光が、私たちの頭上には差し込んでいた。

 まるで、雨の代わりに朝が降るように。

 私たちが掴み取った、「明日」がきたと、天使たちが知らせにきてくれたように。

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