転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「それじゃあ、依頼の料金は借金の返済に回せる範囲で回して、あとはアンゼリカが必要な分だけ取っていくって感じでいいかな?」
ミカエラさんは、「燃える彼岸花亭」のカウンターで即席の契約書を書きながら問いかけてきた。
「……あっはい、生活に必要なお金を担保していただけるなら」
この世界における口約束は、冒険者相手では基本的に意味をなさない。
……っていうと、だいぶ殺伐としてるけど、中にはそういう、悪い人たちもいるって話だ。
だから、予防策として契約書を書いた上で、個人識別のために埋め込んだ宝石の魔力での、事実上の血判を押させる。
こうして契約を結ぶことで、依頼や約束の信頼性は担保されているのだ。
それを破ったらどうなるのかは、やったことがないからわからないけど。
でも、手の甲に埋め込まれた宝石は、一種の自爆装置みたいなものだって聞く。
だから、きっと痛い目に遭うんだろうなあ、物理的に。あんまり想像したくないけど。
「……こんな契約を持ちかけてるわたしが言うのもなんだけど、アンゼリカってもしかして、前世は聖女様とかだったりする?」
「えっ?」
「普通、依頼の取り分を半分以上持ってかれる契約なんて、冒険者なら結ばないよ」
だから、ギルドの立て直しにも苦労してたんだけど──と、ミカエラさんは、憂鬱そうに溜息をついた。
「……え、えっと、私は本当に最低限の暮らしが、長く続けられればいいなって思ってるだけで……」
嘘だ。
本当はアトリエを建てて、水魔法の力で悠々自適に暮らすのが私の夢なのだから。
でも、いっつも、こうして相手に合わせてしまう。
前世でも、会社でほとんどの雑用を引き受ける係みたいなことになってたりしたのは、この性分が理由の九割だ。
私は、ミカエラさんが言ってくれた聖女様とは程遠い。
ただ単に、相手から嫌われたくないから、嘘を重ねて自分を誤魔化しているだけなのだから。
「……本当に?」
私が契約書に魔力判を押そうとしている手を掴んで、ミカエラさんは問いかけてくる。
うっ。
長く暮らせる場所を求めているのは嘘じゃないし、困っているミカエラさんを助けたいのも本当なんだけど。
「……ほ、ほほほほ本当です……」
それでも、嘘をついているという罪悪感がじわりと涙を滲ませる。
困ったなあ。
ミカエラさんを助けたいのは嘘じゃないんだけど、自分の気持ちに嘘をついているのは本当だから。
「うーん……でも、他にこんな依頼引き受けてくれる人なんて見当たらないし……わかった! わたしはアンゼリカを信じるよ!」
輝くような笑顔が、眩しく心に突き刺さる。
……私は多分、いいことをしたんだ。
そう思い込まないと、ちょっと罪悪感に押し潰されそうだった。
「あっ、ありがとうございます……」
それに、アトリエを建てるのは、ギルドの立て直しが終わってからでもできることだ。
夢がちょっと遠のいただけ。
そう自分に何度も言い聞かせて、私は引き攣った愛想笑いを浮かべ、契約書に魔力判を押した。
「ありがと! まずはアンゼリカに気持ちよく滞在してもらうために、わたしも頑張るよ! 簡単なお昼ご飯作るから、客室で待っててくれると嬉しいな!」
「あ、あっはい……お邪魔させていただきます」
「ギルドはボロボロだけど、一応お掃除はしっかりしてるつもりだから!」
「あっ、はい。た、確かにちゃんとお手入れは行き届いてますね……」
ミカエラさんが言った通り、ギルドの内装は全体的に年季が入っているけれど、不潔な感じは全くしなかった。
客室の衛生問題は滞在のモチベーションに直結する。
そういう意味では、そこら辺の安宿に泊まるよりも遥かに安全で、安心なギルドに所属できたんじゃないだろうか。
でも、やっぱり積もり積もった頑固なシミとか汚れに関してはどうしようもないからか、放置されている。
建て替えた方が早いぐらいボロボロのギルドだから仕方ないけど、ここは私の出番だろう。
ミカエラさんがキッチンに行っている間に、嘘をついてしまったお詫びも兼ねて、ちょっとどうにかしてみよう。
「『洗浄』」
水属性の生活魔法を私の魔力でブーストして、まずはホール全体に汚れを浮かせて吸収するシャボン玉を撃ち放つ。
瞬く間に頑固な汚れも軽微な汚れも吸い取って、シャボン玉が黒ずんでいく。
「『流水』」
これをまずは、内部に発生させた水流で細かく分解して。
「『渇水』」
最後は汚れた水分を抜いて、出来上がりだ。
うん、悪くない。
シミとか汚れがあった壁紙や机とか床も、物理的に手が届かない天井も瞬く間にピカピカだ。
「アンゼリカ、なにかあったのー? って、うわ!? めっちゃギルドが綺麗になってる!」
魔力の行使を感じ取ったのか、ミカエラさんがキッチンからひょっこりと顔を出した。
そして、びっくりした様子で目を見開く。
ふふん、水属性は万能の代名詞。こうして、人間洗濯機みたいなこともできちゃうのだ。
「これ、アンゼリカがやったの?」
ミカエラさんは、信じられないといった様子で、サンドイッチと水の入ったコップを乗せたトレイを持ったまま、駆け寄ってくる。
「……えっ、あっはい。その、なにかダメなことでも」
「ううん、全然! 内装だけでもこんなに綺麗になるなんて、思ってなかったっていうか……えっ、アンゼリカってもしかして本当はとんでもない魔術師だったりする!?」
ミカエラさんはトレイを私が腰掛けている席に置いて、興奮気味に言った。
そ、そんな。
私はただ汚れを浮かせて取っただけで……って言ってみたい気分だったけど、調子に乗りすぎるのはよくない。
「……そ、そんなんじゃないですよぅ。わ、私はただ水魔法を齧ってただけで」
「嘘だ! ただでさえ扱いが難しい水魔法を、齧ってただけの魔術師がこんな真似できるかー!」
「あっ、はい、えへへ……」
……でも、褒められるとすぐ調子に乗ってしまうのが、私の悪いところだった。
「はぁ、わたしはとんでもない魔術師を拾っちゃったのかもしれない……でもでも、アンゼリカとならこのギルドの復興もそう遠くないかも!」
「あっはい、えへへ、任せてください……あっでも、あんまり過度な期待はしないでいただけると、胃に優しいというか」
「アンゼリカって控えめなのか図太いのかよくわかんないよね……でも、そういうの、面白いかも!」
けらけらと、ミカエラさんは快活に笑った。
よかった。
この世界では、水魔法は魔術師の基礎的な手習いとされて教えられるものの、あくまでそれは基礎の範囲で、私がやった感じの応用については、研究が頭打ちになっている。
だから、水魔法に類い稀なる適性を持っている私は、魔法学園でも結構期待されてたんだけど──いや、こんな憂鬱な話はやめておこう。
初めて、私なんかの才能が、誰かの笑顔のため、役に立った。
それだけで十分、報われたのだから。
「改めてこれからよろしくね、アンゼリカ!」
「あっはい、えへへ……よろしくお願いします、ミカエラさん」
そうして、差し伸べられた手を握ったところで。
──くう、とお腹の虫が鳴いた。
そうだった。私、お腹空いてたんだった。
「あはは……アンゼリカって本当、面白い子だなぁ」
「……え、えへ……恐縮です……」
なんとも締まらない結末に、頬が熱気を帯びていくのを感じる。
……うう、恥ずかしい。
穴があったら、入りたい気分だった。