転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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帰るべき場所

「でも、本当によかったわけ? アンゼリカ。三億プラムもあったら、アトリエを建てて悠々自適に暮らせてたでしょうに」

 

 叙勲式の翌日、「燃える彼岸花亭」に集まっていた、ガヴリィルさんが問いかけてきた。

 

「い、いいんです。さ、三億プラムなんて大金の使い道もわからないですし……それに……」

「それに?」

「わ、私を命がけで助けてくれた、ガヴリィルさんが助かるなら、お、恩返しできるかなって……へへ……」

 

 実際、三億プラムの投資によって、魔力加速式滅竜杭で使い果たした資産は帳消しどころかプラスに転じているとは、ロバートさんから聞かされている。

 お礼を言ってもらえたなら、私にとってはそれ以上の喜びはなかった。

 それに、大切な人の一人であるガヴリィルさんが破産しなくて済んだ、本当にただその事実だけで私にとっては戦った甲斐があったのだ。

 

「はぁ……本っ当にあんた、お人よしなんだから」

「まあまあ、それが愛しのアンゼリカのいいところではないかい?」

 

 溜息混じりに苦笑したガヴリィルさんへ、いつもの階段の手すりに腰掛けて蒸留酒を煽っていたラフィーネさんがウィンクを飛ばした。

 

「それには同意するけど、あんたに同意しなきゃいけないのが腹立つわ」

「相変わらずぼくの扱いがひどいねぇ!?」

「あはは。まあまあ、喧嘩しないで! 今日はせっかく私たちだけで貸切の祝勝会なんだから!」

 

 ローストビーフの塊をお盆に乗せて運んできたミカエラさんが、ガヴリィルさんとラフィーネさんの仲裁に入る。

 大きいお肉だ。

 中まで火を入れて焼くのにも相当苦労しただろう。

 

「……あっ、ありがとうございます、ミカエラさん」

「お礼を言われるようなことはしてないけどなー、でもありがと、アンゼリカ! この街でこうして皆と一緒に笑い合えるのも、全部アンゼリカのおかげだし!」

 

 私がぺこりと頭を下げると、ミカエラさんは弾けるような笑顔で返してきた。

 全部……は、流石に大袈裟すぎると思うけど。

 それでも、こうして皆と送るいつも通りの日常を取り戻せたのは、戦いに勝てたからだ。

 

 勇気を振り絞って、命の限りを尽くして。

 自分のためだけだったら、決してできなかったことだろう。

 誰かのために、具体的にはガヴリィルさんやラフィーネさん──そして、なによりも、ミカエラさんのためだったから、戦えたのだ。

 

「でも、アンゼリカって王様から正式に『魔導師(ウィザード)』として認められたんだよね? それなら普通に飲めるお酒で一儲けするのも夢じゃないんじゃない?」

 

 ミカエラさんが、ローストビーフを切り分けながら問いかけてくる。

 確かに私は色々な工程をすっ飛ばして、「魔導師(ウィザード)」の位を得たかもしれない。

 それに伴って、「黒杖持ち(ブラッカー)」の烙印も取り消されている。

 

 ──だけど。

 

「あっその、えっと、それとこれとは、はっ話が別で、飲める液体を作る魔法の再現性と理論をちゃんと論文で証明しないと許可が出ないみたいで」

「そうなんだ……世界を救ったのに、ままならないね」

「……でっでも、世界を救っただけで、お酒の安全性は証明できませんから……」

「地に足がついた考え方だねぇ」

 

 わたわたと苦手な説明を早口でしていると、ラフィーネさんがけらけらと笑いながら、茶化してきた。

 地に足がついた、というか、なんというか。

 品質保証と偉い人であることは全くの別物だという、前世日本人の固定観念がそうさせているのかもしれなかった。

 

「ま、でもアンゼリカならなんとかなるわよ。それに、アトリエの使い道はなにもお酒だけに限らないから」

「……と、いうと……?」

「そうね……例えば、ポーションを生成する魔法。あれなら最前線でも運用されてるし、再現性と理論の証明はできてる。だから、まずはポーションから売り始めてブランドを浸透させるのもありだと思うわ」

 

 ガヴリィルさんはくるくると上を向けた人差し指を回しながら、ふふん、と鼻を鳴らした。

 流石はガヴリィルさんだ。

 商売人として、目の付け所が全然違いすぎる。

 

「愛しのアンゼリカが作って売っているとなれば、付加価値も無限大だからねぇ。ぼくも買わせてもらおうかな?」

「あんたは絶対ろくなことに使わなそうだからダメ」

「きみの中でぼくの扱いは一体どうなっているんだい!?」

「聞きたい?」

「……あんまり聞きたくないかもしれないね」

 

 ラフィーネさんとガヴリィルさんが、漫才じみたやり取りをしているのを見て、つい小さく笑みがこぼれてしまう。

 ああ、そうだ。

 こんな風に、いつもの日常が戻ってきてくれた。私にとって、世界を救った報酬なんてものは、それだけで十分なのだ。

 

「それじゃ、記念すべき一口目は本日の主役こと、アンゼリカにいただいてもらうことにするよ! それでいいよね?」

「ええ、いいわよ」

「異存はないねぇ」

 

 ローストビーフを切り分けて、バゲットに挟んだミカエラさんが、皆に問いかける。

 大きなお肉の塊なんだから、なにもそんなに形式張らなくても、とは思うけど。

 ミカエラさんが作ってくれた手料理の一口目をいただけるのは、素直に嬉しかった。

 

「い、いいんですか……? えへへ、あ、ありがとうございます……」

 

 前世の飲み会でも、今世の実家でも、私は料理に手をつけられるのは一番後だったからなあ。

 こうして、大切な人の手料理を一番目に口にできるというのは格別なのだ。

 どんな顔をして待っていればいいのかわからなくて、でも、頬は自然と緩んでしまって。

 

「それじゃ、はい! あーん」

「あ、あーん……」

 

 ミカエラさんに差し出されたバゲットサンドを、私は小さく開いた口で賞味した。

 なんだか前世日本人としては醤油とわさびが無性に恋しくなる感じだったけど、それでも十分すぎるほどに美味しかった。

 ソースの内訳とかは、よくわからないけど。

 

「えへへ、ありがとね。アンゼリカ! あっ、うーん……」

「ど、どうかしたんですか……?」

「なんだか、ずっとお世話になってるのにこんなに気安く呼んでいいのかな? って急に心配になって……」

 

 ミカエラさんは悩んだ様子で小首を傾げる。

 

「う、うーん……アンゼリカ、さん?」

「ミ゜ッ……」

「アンゼリカが奇声上げて動かなくなっちゃったけど」

「これは重症だねぇ、今すぐぼくが気つけでお酒の口移しをって痛ったぁ!」

「殴るわよ」

「殴ってから言わないでくれるかなぁ!?」

 

 ミカエラさんにそんな他人行儀な呼び方をされたら、私は明日から生きていけない。

 ど、どうしたら。

 どうしたらいつもみたいに、優しい声で呼んでもらえるんだろう。世界を救った代償がこれなら、あんまりすぎる。

 

「ほら、ミカエラ。アンゼリカがショック受けてるじゃない。いつも通りでいいのよ」

「そ、それはそうだけど……うーん……」

「煮え切らないわね、もう。アンゼリカもミカエラも、もっと気を遣わずに親しくなっていいのよ」

 

 まるで結婚式前になってまで、お互いの距離感を測りかねているカップルへと諭すように、ガヴリィルさんが断言した。

 もっと、親しく。

 いいのかな、私なんかが。でも、世界を救った報酬を、もしも私なんかが望めるとしたら。

 

「え、ええええっと……その……わ、私なんかでよければ、その……ミカ……さん……」

 

 精一杯の親しみを込めて、私はミカエラさんのことをニックネームで呼んだ。

 ミカエラさん──ううん、ミカさんは驚いたように目を丸くして、私とガヴリィルさんを交互に見つめていた。

 そして、意を決したように大きな胸に手を当てると。

 

「あ、あはは……なんだか照れ臭いけどありがとね、アンジェ!」

 

 私の名前を、親しみを込めて呼んでくれた。

 それだけで、奇跡のようで。

 思わず、泣いてしまいそうになった。

 

「アンジェ……えへ、えへへ……ぐすっ。ありがとうございます、ミカさん」

「うん! やっぱり変にかしこまるよりこっちの方がいいよね! それじゃ、これからもよろしくね!」

「……はいっ!」

 

 ろくでもない理由で命を落として、神様の気まぐれでこの世界にまた生まれ落ちて。

 ずっと私は、生きる理由を探し続けてきたのかもしれない。

 人波に流されながら、流れ、流れて──そうしてようやく、辿り着いたのだ。

 

 この世界に生まれたことを。

 この世界で生き続けることを。

 胸を張って肯定できる、帰るべき場所へと。

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