転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい! 作:守次 奏
「い、今帰還しました……」
「おかえりー、アンゼリカ! って、うわ!? なにそのでっかい肉の塊!?」
シャボン玉の中に閉じ込められていた冷凍のお肉を見たミカエラさんは、ひどく驚いた様子を見せた。
……確かに、何の説明もなく、四百八十キロはありそうなお肉の塊を持ってこられたらびっくりするのも当然だよね。
ダイナミックボアの死体をそのまま冷凍して持って帰るって手段もあったのに、あのときは全く気づかなかった。
「……え、えっと。道中で遭遇した、ダイナミックボアです」
「こんなでっかいのと遭遇したの!?」
「えっあっ、はい、む、村に危険が及ぶといけないって思って……」
畑荒らしとトーマスさんの手抜きについては、本人の名誉のために伏せておくことにした。
名誉もなにもないと思うけど、流石に村の守衛さんのお仕事については、冒険者ギルドの管轄外だし。
あとは……説明すると長いことになりそうで、長い説明をするのは苦手だからっていう、ちょっぴり自分勝手な理由もあるんだけど。
「しかもダイナミックボアかぁ……このサイズの個体なら、結構大きいギルドで、中堅以上のパーティが討伐依頼を受けるような相手だよ?」
「……あっその、あの、えっと」
「アンゼリカを疑ってるわけじゃないよ! アンゼリカが実はものすごい魔術師だってことはこの前わかったし。見た感じ、お肉が凍ってるのもアンゼリカがやったんだよね?」
ミカエラさんは、言葉に詰まった私をフォローするように身振り手振りを交えて問いかけてきた。
水魔法は色々と万能だ。
こんな風に物体を凍らせることもできれば、逆に物体の中に含まれる水分を加熱してあたためる──前世でいうところの、電子レンジのような真似もできる。
「……あっはい、その。私がやりました」
「ダイナミックボアのお肉は珍味としても有名だから、鮮度が落ちないようにしてくれたのはありがたいけど……流石にこの量はうちだけじゃ消化しきれないかなぁ」
「そ、それもそう、ですね……」
女の子二人で四百八十キロのお肉を完食しろというのは、いくらなんでも無理がある。
だから、市場に流してしまった方がいいかと思って、肉の塊に加工しておいたのだ。
その方が多分、手間も省けるだろうし。
「このお肉の塊がダイナミックボアだって証明できるものとかある?」
「い、一応頭も落として冷凍保存してます……」
頭が封じ込められたもう一個のシャボン玉を提示して、私はミカエラさんの問いに答えた。
「よし! これで市場に流せばうちの評判も上がるし、結構な額の臨時収入だって見込めるかも! いやー、アンゼリカはうちに現れてくれた天使様だよ!」
「……え、えへへ。そんな、私が天使だなんて……恐れ多いですよぅ」
てれてれと、頬が赤く染まっていくのを感じる。
とにかく、褒められるとすぐに調子に乗ってしまうのが私の短所だ。
でも、褒められて嬉しくない人がこの世にいるんだろうか。いや、いない。
こうして生まれた承認欲求モンスターの魂は、三つ子が百になるどころか、生まれ変わっても変わらないらしかった。
「アンゼリカのこと、わたしはたまに心配になるよ……」
うち以外に拾われていたら、どうなってたのかわからないよ。
ミカエラさんは、苦笑交じりに呟いた。
確かに、前世でも褒められるとすぐ調子に乗るから、体のいい雑用係みたいなことになっていたんだと考えると、今世ではもっと慎ましく生きなければ。
「あっありがとうございます、もっと慎ましく……苔むした石ころのように生きます……」
「感情の振れ幅が極端すぎるよ!?」
三角座りをして床に「の」の字を書き始めた私に、ミカエラさんはカウンターから身を乗り出して叫んだ。
うぅ。
ちょうどよく、人並みに生きるって、難しいなぁ。
「こほん。とにもかくにも早いうちに市場にこのお肉を流しちゃわないと。お肉の店は開いてるはずだし、買い取ってもらえるかな? いや、それならいっそ卸売市場で競売にかけた方が……?」
「……あっその、許可とか手続きとか、大丈夫なんですか?」
確か前世だとそういう資格とかを持ってないと、卸売市場には持ち込めなかったはずだと記憶している。
でも、剣と魔法が支配する世界にそこまでの法整備や煩雑な手続きがあるとも思えないし、別にいいのかな。
細かいことを気にしても仕方ないんだけど、どうしても気にしてしまうのも私の悪い癖だった。
「その辺はオールオッケーだよ! 一応うちも冒険者ギルドだから、冒険者が持ってきた素材を依頼金とは別に換金するための仕組みとかは整ってるんだから!」
「そ、そうだったんですね」
「……ま、まあ今はうちからはお金出せないけど……これをきっかけにアンゼリカが活躍すれば、もっと大きくていろんな依頼が舞い込んでくるはずだよ!」
ミカエラさんは大きな胸に手を当てて、野望を語る。
私としても、アトリエを建てる夢を叶えるために、返せる借金は早めに返しておきたい。
できればあんまりコミュニケーションが必要ない依頼だと助かるんだけど、贅沢は言ってられない……よね。
「それじゃ、市場に行ってお肉売り捌いちゃおっか!」
「はっはい、わ、私も行くんですか……?」
「この魔物を私が倒しました! って証明できるのがアンゼリカしかいないんだから、当然でしょ? じゃないと、闇市で手に入れたものの転売だと思われちゃう」
「……あっ、そうですね。ダメですよね、転売は」
前世ではどれほど転売ヤーに苦しめられてきたことか。
そのおかげで、今も私は転売ヤーを許せないし、生まれ変わっても許してはいけないと考えている。
だから、ミカエラさんがそんな謗りを受けるのは、絶対にダメだ。
コミュニケーションは取れないかもしれないけど、生産者表示の代わりとして置物になっていることぐらいはできる。
だから。
「あっあの、ミカエラさん……」
「どしたの、アンゼリカ?」
「……が、頑張って立ってますので、その……震えないように、手を握ってくれると」
私なんかがしていい提案なのか一瞬迷ったけど、それでもがくがくと怯えながら立っているよりは、堂々と立っていた方が信頼性も上がるだろうし、「箔」もつく。
もしもミカエラさんが嫌だと答えたら、即座に土下座する準備はできている。
びくびくと怯えながら、私が様子を伺うように、俯いた顔を上げたときだった。
「なーんだ! それなら、お安いご用だよ! 行こっ、アンゼリカ!」
「はっ、はい……っ、ありがとうございます……っ!」
カウンターを飛び出したミカエラさんは、嫌な顔一つせず、空いていた私の左手を取って駆け出していく。
あたたかくて、柔らかくて。
久々に感じる人のぬくもりに、ちょっとだけ、泣きそうになってしまった。