転生コミュ症水属性魔術師少女は自由気ままに異世界を暮らしたい!   作:守次 奏

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過去からの挑戦

 お肉も無事に売れて、畑の修繕費と一緒にいくらかが私の取り分として舞い込んできた。

 正直、四十万プラムは丸々ギルドの借金を返すのに充てたほうがいいと思っていた。

 でも、ミカエラさんはちゃんと約束通りの取り分として、当面の生活に困らないだけの額を私に分けてくれたのだ。

 

 優しいなあ。

 ……優しいから、借金地獄に陥っちゃったのかもしれないけど。

 世の中は残酷だ。いつも、真面目で優しい人が損をするようにできているんだから。

 

「よし、っと。これで少しはうちの店にも箔がつくかな?」

「……あっはい、わ、ワイルドだと思います」

「ふふん、アンゼリカもありがとね。『燃える彼岸花亭』は、結構話題になってるみたいだし」

 

 私が落としたダイナミックボアの頭は、剥製に加工してある。

 ミカエラさんは、剥製をカウンターの後ろの壁に、そのど真ん中に飾っていた。

 確かになんだかベテラン冒険者が所属しているギルド、って雰囲気が、ぐぐっと上昇した気がする。

 

「……わ、私は大したことなんて。ダイナミックボアを仕留めて解体しただけで、えへへ」

「まーた褒められると調子に乗るんだから、もう。でも、真面目な話、アンゼリカが『燃える彼岸花亭』にきてくれて大助かりだよ。ありがと」

 

 ミカエラさんはにっ、と快活な笑みを浮かべて、小さく頭を下げた。

 そ、そんな。

 改まってお礼を言われるようなことなんて、本当にしてないのに。

 

「……あっあのその、あっあの、お、お礼を言われるようなことでは」

「んーん、アンゼリカがきてくれなかったらうちのギルドは借金地獄から抜け出せなかったし、最悪わたしもお風呂に沈んでたからね。だから、冗談でもなんでもなく、アンゼリカには感謝してるんだ」

 

 ……人からちゃんとお礼を言われるなんて、いつ以来だろう。

 前世でも、雑用係を引き受けていた最初の頃はお礼を言われていた記憶があるけど、いつしか誰もそれが「当たり前」になって、言ってくれなくなったのを覚えている。

 寂しかったし、悲しかった。

 

 ミカエラさんはこのギルドに所属する冒険者が欲しかっただけだ。

 別に、私という個人が──アンゼリカ・アクアマリンが必要だったわけじゃないのは、わかっている。

 それでも、嬉しいものは嬉しくて、つい涙が滲んでしまう。

 

「な、泣かないでってばアンゼリカ! そんな感動するようなことじゃないって!」

「……いっいえ、私にとっては……」

 

 嬉しかった。

 そこまで言葉に出そうとしたときだった。

 

「ここが『燃える彼岸花亭』か、フン……いかにも詐欺師の巣窟らしい陰気な店構えだなあ?」

 

 ばたん、とドアを乱暴に開け放って、ローブ姿に、黒く塗られていない、最低限素材をやすりがけしてニス留めした樫の杖を持った男の人が割り込んできた。

 思わず、びくり、と肩が跳ねてしまう。

 だって、だって。その人は。

 

「久しぶりだなぁ、『ドブネズミのアンゼリカ』? なにをしていたかと思えば詐欺の片棒を担いでいるなんて、アクアマリン家の家紋に泥を塗って追放された挙句に『黒杖持ち(ブラッカー)』として王立魔法学園を落第したお前らしい末路だよ」

「……っ」

「ちょいちょいちょい、いきなり割り込んできてなに寝言言ってんのさ。アンゼリカが詐欺? うちが詐欺師の巣窟? 寝言は寝てから言ってほしいんだけどなー」

 

 ミカエラさんは私を庇うようにカウンターから出てきて、臆することなく言い放った。

 

「寝言? ハッ、僕は事実を言っているだけだが?」

「その顔、見覚えがあるよ。確か『踊る人魚亭』のパーティで魔術師やってる──」

「覚えているか。いかにも僕がマイカ男爵家の長男にして、『荒れ狂う暴風』のセヌ・マイカだ」

「ふーん。で、そのセヌくんがうちのギルドになんの用かな? 事と次第によっては官憲のお世話になってもらうけど」

 

 ミカエラさんは、セヌを前にして、一歩も引く事なく毅然とした態度で断言した。

 でも、セヌはこの程度で大人しく引き下がってくれるような人じゃない。

 標的を見つけたら死ぬまで棒で叩かないと満足しないような人だからだ。

 

「我が母校たる王立魔法学園を落第し、中退し……あるいは魔術師として身を立てる証である学園に通うことすらできない落伍者の証である『黒杖持ち(ブラッカー)』のドブネズミを庇うとは、詐欺師の親玉らしい」

 

 ……世間的に、「黒杖持ち(ブラッカー)」は、セヌが言った通りに、王立魔法学園を卒業できなかったり、そもそも通えなかった魔術師に与えられる烙印だ。

 魔法学園の卒業証明がなければ、魔術師は黒く塗られた杖を持つことしか許されていない。

 王立魔法学園を卒業することで、この世界では初めて「魔術師」を正式に名乗れるといってもいい。

 

「ドブ臭いのはあんたの魂でしょうが。それに詐欺ってなに? 身に覚えがなさすぎるんですけど」

「罪から逃げるか! 言い逃れしようとしたって無駄だ! お前たちは大物のダイナミックボアを仕留めたと吹聴して回っているらしいが、落伍者のドブネズミにそんな真似ができるわけがないだろう!」

 

 セヌはアンゼリカさんを指して、糾弾するように声を荒らげた。

 ダイナミックボアは確かに慎重で狡猾、そしてかなりの膂力を持った魔物だ。

 ベテラン冒険者の中でさえ、腕の優れた魔術師がいなければ倒せないとこの辺りでは噂されている。

 

 でも、私があの個体を仕留めたのは純然たる事実だ。

 その証明として、剥製を飾っていたのに。

 更に、セヌはそれだけでは満足せず、捲し立てる。

 

「ドブネズミを庇うドブネズミも等しくゴミだ! 挙げ句、罪を認めずにしらばっくれるなど、到底許されることではない! こんなボロ小屋、廃業してしまえ!」

 

 セヌは、がんっ、と椅子を乱暴に蹴り飛ばした。

 ……そうだ。

 この人は魔法学園時代からこうで、気に入らないものがあるとなんでもかんでも難癖をつけて、退学に追い込んできたのだ。もちろん、私も。

 

 ……正直にいうのなら、怖い。

 セヌの率いるグループにいじめられていた記憶が蘇って、泣きそうになってしまう。

 足が震えて、動かない。

 

 悔しいなあ。こんなときに、私は無力だ。

 

「そのアンゼリカがダイナミックボアを倒したのは間違いないわ。あんたも気に入らないことがあるなら、貴族らしく『決闘』で証明しなさいよ」

 

 騒ぎを聞きつけてきたのか、ガヴリィルさんが「燃える彼岸花亭」に姿を見せて、セヌへと言い放った。

 開け放たれたままのドアから見える外の景色をよく見ると、店の前には結構な人だかりができている。

 野次馬根性というやつだろう。

 

「ちっ……成金貴族のクレバース家が。だがいいだろう、本当にあのドブネズミにダイナミックボアを倒す実力があるというのなら、一流の魔術師であるこの僕を決闘で倒してみせることだな、ドブネズミ」

「……」

「怖いか? 当然だろうな。所詮はドブネズミのアンゼリカ、実力がバレれば──」

「──やります」

 

 私は、震える声で、あえてセヌの挑発に乗ることにした。

 

「は?」

「……う、受けます。決闘を」

「フン、正気とは思えないな。お前がこの僕に勝てると思っているのか?」

「……勝ちます、負けたらなんだってします」

「はははは! いよいよおかしくなったとしか思えないな! なんでもするというのなら、負けたら、大人しく罪を認めてこの街から出ていくことだな!」

 

 セヌは始まる前から勝利を確信し、高笑いした。

 ……私は、人に初めて怒りという感情を抱いているのかもしれなかった。

 

「……なっ、なら、そっちが負けたら……み、ミカエラさんの借金を全部肩代わりしてもらいます」

「アンゼリカ!?」

 

 黒く塗られた樫の杖をすっ、と白手袋の代わりにセヌへと向けて、私はできるだけ毅然と……はできなかったけど、言いたいことを言った。

 

「いいだろう、万に一つもそんなことはあり得ないがな! おい、クレバース家の成金。お前が決闘の立会人をやれ」

「命令されなくても、最初からそのつもりでここにきたのよ。街の中で暴れられても困るから、正式な手続きのあとに決闘場で戦いなさい。期限は三日後よ」

「フン……いいだろう、精々その間に怯え、震えていることだな!」

 

 そんな捨て台詞を吐いたセヌは、踵を返して去っていった。

 

「アンゼリカ……」

 

 心配そうに私の名前を呼ぶミカエラさんの気持ちはわかる。

 私だって今も本当は怖い。

 でも。

 

 過去から挑まれたこの戦いを乗り越えなければ、私にきっと明日は訪れない。

 それに。

 なにより、私には決闘を受けるに足る、十分な理由があるのだから。

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