東雲家次女の日常   作:白雪琉衣

12 / 39
一番星を繋ぎ止める檻——東雲彰人の場合

夜、リビングの片隅。

彰人は練習から戻り、一人でストレッチをしていた。ふと見ると、星名が窓辺の月明かりの下、夜風に吹かれながら外を眺めている。

風に揺れる淡い髪、夜の闇に吸い込まれそうなほど白い肌。

彼女がふう、と静かに息を吐いた瞬間、彰人の脳裏に最悪のイメージが過ぎった。

(……今、こいつを掴んでおかないと、このまま光に溶けて居なくなるんじゃねぇか?)

その思考は、もはや本能に近い恐怖だった。

「……おい」

彰人は立ち上がり、背後から星名を強く抱きすくめた。

普段の彼なら絶対にしない、余裕のない、力任せな抱擁。

「あ、彰人……? 急にどうしたの、苦しいよ」

驚いて身をよじる星名の肩に、彰人は深く顔を埋める。その腕は、妹をこの世界に縛り付ける「檻」のように強固で、一切の隙間もなかった。

「……黙ってろ。少し、こうさせろ」

「彰人、手が震えてる……。何か、怖い夢でもみた?」

「……夢ならどれだけマシだったか」

彰人は、腕の中に伝わる星名の微かな体温と、トクトクと脈打つ鼓動を確かめるように、さらに腕に力を込める。

こいつは、料理を作ればプロを凌ぎ、歌えば世界を変え、描けば魂を写し取る。あまりにも多くの「天賦」を持ちすぎているからこそ、いつ天に連れ去られてもおかしくない——そんな、理不尽な確信が彰人の喉元を締め付けていた。

「……いいか、星名。お前は俺の半身だ。……どこにも行かせねぇ。空が呼ぼうが神様が呼ぼうが、俺が絶対に離さねぇからな」

その声は、誓いというよりは、自分自身に言い聞かせる悲鳴に似ていた。

星名は、自分の胸元で強張っている兄の大きな手に、そっと自分の手を重ねた。

「……うん。どこにも行かないよ。私、彰人のご飯、明日も作らなきゃいけないもん。彰人が美味しいって言ってくれるのが、私の幸せなんだよ」

「……当たり前だ。明日も、明後日も、ずっと言わせてろ」

彰人は返事の代わりに、妹の首筋に顔を押し当てた。

自分の指先に残る確かな感触と、鼻をくすぐる彼女の匂い。それだけが、今この瞬間、星名という少女をこの「現実」という場所に繋ぎ止める唯一の錨だった。

月明かりの下、彰人はいつまでも妹を離さなかった。

一番星が夜空へ帰ってしまわないように、彼はただひたすらに、その熱を閉じ込め続けていた。

 

  姉・絵名の反応

• 絵名の独り言: 「……あんたも、やっと気づいたわけ? あの子が時々、この世のものじゃないみたいに見えるってこと。……でも、セナを抱きしめていいのは、私なんだからね。あんたは外の敵だけ追い払ってればいいのよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。