ある休日の貸しスタジオ。Leo/needの練習休憩中、咲希が弾むような声で扉を開けた。
「みんな、お待たせ! 今日はせーちゃんが、みんなに差し入れ持ってきてくれたんだよ!」
咲希の後ろから、控えめに、けれど凛とした佇まいの少女——東雲星名が入ってきた。
1. 胃袋を掴まれるLeo/need
「初めまして。咲希ちゃんの友達の、東雲です。……これ、練習の合間に食べてもらえるかなって」
星名がテーブルに広げたのは、彩り鮮やかな数種類のお弁当だった。
野菜の飾り切り、絶妙な照りの照り焼き、そして喉に優しいとされるハーブを使った特製の和え物。その見た目の美しさに、一歌、穂波、志歩の三人は思わず身を乗り出した。
「わあ……すごい。これ、全部東雲さんが作ったの?」
穂波が、同じ「料理が得意な者」としての直感で、その技術が尋常ではないことを見抜く。
一口食べた瞬間、スタジオに沈黙が流れた。
「……美味しい。味の深みが、お店の料理を完全に超えてる……」
一歌が驚きで目を丸くし、志歩も「……これなら、いくらでも練習できそう」と、珍しく素直に箸を進める。
星名の料理は、ただ美味しいだけでなく、食べた瞬間に体の疲れがスッと引いていくような、不思議な充足感に満ちていた。
2. 空気を震わせる「無自覚の旋律」
メンバーが夢中でお弁当を食べている間、星名は手持ち無沙汰にスタジオの機材を眺めていた。
ふと、咲希たちが練習していた譜面が目に入る。星名はそれを目で追いながら、ごく自然に、本当に何気なく、小さな鼻歌を口ずさんだ。
「ララ〜、……♪」
その瞬間、箸を動かしていた全員の動きがピタリと止まった。
スタジオの防音壁を透過し、空間そのものを震わせるような、透明で、どこまでも伸びやかな歌声。
一切の雑味がなく、それでいて聴く者の心の奥底に直接触れてくるような、天性の倍音。
彼女が口ずさんだのは、レオニが数週間かけて苦労して調整していた難易度の高いフレーズだったが、星名はそれを完璧なピッチと、誰も思いつかなかったような繊細な表現で歌い上げていた。
3. 訪れる「静寂」と「衝撃」
星名が鼻歌を終え、「あ、ごめんね。邪魔しちゃったかな」と小首をかしげるまで、誰も声を発することができなかった。
「…………今の、せーちゃん?」
咲希が呆然として呟く。いつも聴いている親友の声が、歌になった瞬間にこれほどの「暴力的なまでの美しさ」を持つとは想像もしていなかった。
一歌は、自分のギターを握る手に力が入った。
(……これが、歌の才能。……何も飾っていないのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう)
志歩は、プロを目指す者としての鋭い視線で星名を見つめた。
「……東雲さん、あなた。……なんで音楽やってないの? その声、宝くじに当たるより何倍も確率が低い『本物』だよ」
4. 結末:一番星の微笑み
「え……。私、ただ咲希ちゃんの好きな曲だなって思って、少し真似してみただけなんだけど……。変だったかな?」
星名の純粋な問いかけに、レオニの面々は顔を見合わせた。
圧倒的な料理の腕前で胃袋を掴まれ、天性の歌声で魂を揺さぶられる。
当の本人がその価値を全く理解していないことが、最も衝撃的だった。
「せーちゃん、変なわけないじゃん! もう、すごすぎてみんな固まっちゃったんだよ!」
咲希が星名に抱きつく。星名は少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
この日以降、Leo/needの練習には「星名のお弁当」と、時折聴ける「星名の鼻歌」が欠かせないものとなり、それが彼女たちの音楽性をより高みへと引き上げていくことになる。
メンバーの反応
• 一歌: 星名の歌声を思い出すたび、自分のボーカルを見つめ直すようになった。「いつか、東雲さんに並べるようになりたい」という密かな目標ができる。
• 穂波: 星名のレシピを教わりたいと思いつつも、あの味は一朝一夕では真似できないと悟り、純粋に「ファン」として料理を楽しむことにした。
• 志歩: 彰人と会った際、「あんたの妹、……本気でこっち(プロ)に引き込む気ないの?」と真顔で詰め寄り、彰人を困惑させた。