東雲家次女の日常   作:白雪琉衣

8 / 39
五感を満たすアンサンブル——天才の休息と特製弁当

「……一旦休憩。東雲さん、今のフレーズ、もう少し低音の響きを意識してくれる?」

志歩がベースの弦を止め、汗を拭いながら星名に告げる。

星名は「うん、わかった。やってみるね」と、疲れを見せずに微笑んだ。

一時間、一切の妥協なしで行われた集中練習。その張り詰めた空気を緩めるように、星名は部屋の隅に置いていた大きな保冷バッグを手にとった。

1. 蓋を開けた瞬間の「景色」

「みんな、お疲れ様。……志歩ちゃん、これ、よかったら食べて。今日の練習に合わせて考えたメニューなんだ」

星名が広げたのは、四人分の色鮮やかなお弁当だった。

「わあぁ! 待ってましたっ、せーちゃんのお弁当!」

咲希が真っ先に飛びつく。一歌と穂波も、蓋を開けた瞬間の美しさに感嘆の声を上げた。

志歩の前に置かれたのは、根菜の炊き込みご飯と、山椒を効かせた鶏の照り焼き、そして目に優しいとされる紫キャベツのマリネ。

「……練習に合わせて、メニューを?」

志歩が不思議そうに尋ねる。

「うん。今日は志歩ちゃんのベースがすごく力強いから、噛み応えがあって、でも集中力が切れないように消化にいいものを選んだよ」

星名は、まるで楽譜を読み解くように、志歩の状態に合わせた献立を解説した。

2. 完璧すぎる「調和」の味

一口食べた志歩は、箸を止めて絶句した。

「…………。何、これ」

鶏肉の火入れは完璧で、噛むたびに溢れる旨味。炊き込みご飯の出汁の加減は、高級料亭でもお目にかかれないほど繊細だった。何より、練習で昂った神経が、食べるごとに穏やかに鎮まっていくのがわかる。

「東雲さん……。あなた、風景画がプロレベルで、さっきの歌も……それだけでも異常なのに。この料理、何なの? 趣味の範囲を完全に逸脱してる」

「美味しいならよかった。……私ね、彰人やお姉ちゃんが頑張ってる姿を見るのが好きだから。二人を支えたくて作ってるうちに、いつの間にかできるようになったの」

星名は当たり前のように言うが、志歩からすれば、これは「努力」だけで到達できる域ではない。対象を深く観察し、最も必要な形に変えて提供する……その圧倒的な「才能」の多重奏に、志歩は寒気すら覚えた。

3. 多才ゆえの「空恐ろしさ」

「……風景画、歌、料理。……天は二物を与えずって言うけど、あなたを見てるとその言葉が嘘に聞こえるわ」

志歩はマリネを口に運びながら、少しだけ苦笑した。

「私、ただのベース馬鹿だから……一つのことに人生懸けてる人間からすると、あなたみたいな存在は、正直……怖いくらいよ」

「怖い……?」

星名が不思議そうに首をかしげる。

「ええ。何をやらせても『本物』になれる。……でも、そんなあなたが私たちのために歌ってくれるんだから、これ以上の贅沢はないわね」

志歩の表情から、いつもの険しさが少しだけ消えた。星名の作る「優しさ」に、志歩のストイックな心もしなやかに解かされていく。

4. 結末:一番星のハミング

食事を終え、満足感に包まれるスタジオ。

星名は片付けをしながら、また何気なく鼻歌を歌い始めた。

その声は、今食べたばかりのお弁当の味と同じように、滋味深く、聴く者の心を温める響き。

志歩はベースを再び手に取り、その声に寄り添うように、静かな低音を重ねた。

「……よし、後半戦。今の『味』を忘れないうちに、もう一度合わせるわよ」

「うん、頑張ろう、志歩ちゃん」

多才な星名という「一番星」に導かれ、レオニの音楽は、今まで以上に深く、豊かな色彩を帯び始めていた。

  その日の帰り道

• 志歩の自省: 帰宅中、志歩は自分の夕食(コンビニのサラダ)を見て、「……あの味を思い出して、明日も頑張るか」と自分を奮い立たせた。

• 星名のメモ: 星名は今日のみんなの食べっぷりを思い出しながら、「志歩ちゃんはもう少し塩分があってもいいかな」と、次の練習のための「特製レシピ」をスマホにメモしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。