神が首を乞う   作:端取合

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時代のおわりとはじまり


頂上の終焉

「死に目で会えそうでよかったぜ、オヤジィ!!」

 

 白ひげ海賊団船員(クルー)にして鉄の掟(家族殺し)を犯し、親の名を捨て、否、ある意味では拾うようにして自らを〝黒ひげ〟と名乗るティーチは、事もなげに挨拶を投げた。勝敗の天秤を傾かせるどころか跡形もなく壊す第三者の乱入に、白ひげが吼える。

 

「ティーチ……!!」

 

 子の名を呼ぶ親の声ではなかった。

 我が子を殺された親の嘆き声だった。怒りに震える、親の叫びだった。

 

 時代最強の怒髪衝天に大気が戦慄(わなな)いた。共鳴するかのように大地が割れる。

 四方に広がる蜘蛛の巣のごとき地割れ。地の裂け目から溢るる海水は際限がなく、止まることを知らない様子は、子を失くした親による無念の涙を代弁するかのようだった。

 

 元、親子。

 現、敵。

 

 互いに知り尽くした相手を前に、能力者同士が衝突する。意地(面子)をかけた男同士の戦闘に、第三者が水を差すことは許されない。

 が、黒ひげにとって必要なものは意地でなかった。

 求めたものは力。自身の厄介な体質をも利用した悪魔の実の併用、〝ヤミヤミの実〟と〝グラグラの実〟を手中に収めるという、他の追随を許さない最強の能力。

 

 何者にも縛られることない勝利が得られるのであれば、どんな手段を用いようとも構わない。

 

 白ひげは仁義を通す男だ。

 知っている。他でもないかの男の息子だったティーチだからこそ、白ひげは裏切者(ティーチ)相手に一騎討ちを仕掛けてくると読みきったうえで、部下たちに援護射撃を指示していた。慢心(ヘマ)は、しない。白ひげによるティーチへの理解度も折込済みで、こんな痛い思い(殴られて)まで、油断を誘ってやったのだ。

 

 ここで確実に〝白ひげ〟を、討つ。

 

 海千山千の凶悪さで評判のある(つわもの)ども。並ぶ光景は悍ましいほどに壮観で、仄暗い歓喜が心を満たす。

 強さに憧れた。強さに比例する懐の深さに憧れた。それ以上に憧れた(夢見た)のは、自分こそが世界を相手に強さを発揮することだった。

 

(アンタを殺すのがおれでなくったっていいさ!)

 

 欲しいものは奪い取る。

 それこそが。

 

(海賊の流儀ってもんだろ?)

 

 一発の銃撃音は、鐘の音にも似て。

 時代の幕引きをするように、幾重にも銃撃音が降り注いでいく――

 

 

 

 

 

 ――なんて、知っててそんなことさせるはずがないでしょう?

 

 勝てば官軍、敗ければ賊軍(卑怯だろうがなんだろうが勝てばいい)。力があるにも関わらず、それでも確実性を優先して名誉よりも実を取る精神がティーチに許されるのであれば、シャルリアたちにも同じことが許されていいはずだ。

 

 シャルリアは、すでに(さい)を投げている。

 

 十二年前に、惨たらしく殺されたくはないと怯えたあの日から立ち止まったことはない。

 聖地(マリージョア)が炎上したことも自分が今こうして戦争の渦中にいることも、まったくの計算外であったけれど、何が起こってもいいように自分の意志で転がり続けている最中なのだ。無茶ぶりだろうが()()()()だろうが、運命の女神だって強引に振り向かせてみせる。

 

 シャルリアの代行者ウタが、賽子(さい)を投げる。

 

 ウタが投げた賽子(ダイス)()()()だ。

 角を丸く削った正六面体は、全面数字や絵柄が記されておらず、どの目が出ても等しく優劣はない。勝敗を出さざるを得ない卓上遊戯(ボードゲーム)賭博(ギャンブル)にはおおよそ使えそうになかった。

 しかしそれは裏を返せば、特定の面を狙わなくてもいい、ということ。

 全ての面に等しく定義付けてしまえば、確立という幸運(ラッキー)がなくとも、常に最善で最良の結果を出すことができる。

 たとえばそう、今回なんかは〝海軍基地本部(マリンフォード)での戦闘におけるシャルリアとウタと白ひげの身の安全の保証〟と定義付けるのはどうだろう。

 

 ――さあ〝黒ひげ〟、豪運の貯蔵は充分か?

 

 向かってくる弾丸、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる拳、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる溶岩、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる刃、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる氷岩、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる煙、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる光線、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる鎖、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる英雄、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる檻、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる海兵、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる炎、賽子(ダイス)を振る。

 向かってくる海賊、賽子(ダイス)を振る。

 

 ――尽く、無地の正六面体(賽子)が投げられる。

 

 賽子(ダイス)を振って、逸れる弾丸。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる拳。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる溶岩。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる刃。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる氷岩。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる煙。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる光線。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる鎖。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる英雄。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる檻。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる海兵。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる炎。

 賽子(ダイス)を振って、逸れる海賊。

 

 自分たちに向けられていた攻撃が、逸れた先で、逆に相手の戦力を削る。

 確実に最善で最良の結果。確立に怯えなくて良い分、実に効率的だ。

 

「何の実の能力者だ?!」

 

 ウタの能力ではないことは間違いないです。と、伝わりもしないだろう心の内でシャルリアは茶化してみた。

 卑怯だの姑息だの思われようが、手札の少ない自分たちが歴戦の猛者相手に手の内を見せる必要はない。そもそもである、ここで実の能力を喋るような素直さがあるのなら、()()()能力者を連想させないような小細工もしていないのである。

 

(バカラさん、やば……)

 

 妖精の名が泣く言葉遣いも現状を目にすれば納得してもらえるだろう。

 シャルリアのいうバカラは、新世界の〝怪物〟と名高いテゾーロの優秀な部下であり、ラキラキの実の能力――触れた者の運気を吸い取ること。及び吸い取った運気を自分の運気に変えることができる――者である。テゾーロとの関係は契約とも同盟とも明言しづらい。が、本格的にテゾーロと手を組むことになったとき、かつての記憶でバカラの能力を知っていたシャルリアは考えたことがあった。

 

(前提――彼女の手で触れた者の運気を吸い取ることができ、かつ自分の運気に変えることができる能力)

(事実確認――極限まで鍛錬して心身ともに能力に追いつくと能力は()()する)

(考察――運気を第三者に付与することも可能なのではないか)

 

 試行――は、当然困難を極めた。

 なにせシャルリア自身の能力でない以上、最も負担を担うのは他者(バカラ)だ。バカラにとっては想定外の能力の使い方であり、これまでの能力の使い方とは違う。シャルリアのような第三者(傍観者)であるからこそ考え付く邪道であり、使い手にとっては手探りも手探りであったことだろう。結果――想像以上に覚醒能力が使えたことで黄金船(グラン・テゾーロ)、ことカジノ運営において貢献したのはまた別の話。

 襲撃により脱した聖地(マリージョア)であるが、ウタが赤毛の少年としてかの地を踏むのにも、ラキラキの実の能力による運気の補助が一役どころか二役も三役も買っている。

 

 ――天翔ける蹄を焼き付けられずにいられる奴隷が存在するか?

 ――骨格から違うにも関わらず、年頃の男女の見分けがつかないと思うか?

 

 否である。ただの幸運(ラッキー)とは言い難い、能力によって確立された安全性(ラッキー)が、そこには在った。

 

 

 

 

 

 ただし、いかなる能力といえども万能ではない。問題となってくるのはバカラ自身の精神力及び体力の消耗、そして運気の残量が目に見えない点だ。

 

(いつまで()つかなあ)

 

 能力者としての師であるバカラの幸運(ラッキー)を贅沢に使いながら、確立性のない(敗けることのない)賽子(ダイス)をウタは投げ続ける。

 

 ウタウタの実は最後の最後まで使うな、とシャルリアは言った。バカラもテゾーロも、同じことを言った。

 

 歌声を聴いた者の精神を仮想空間に誘うウタウタの実の能力。訓練を重ねたとは言え十全に扱うことの出来ないそれは、けれど、現在の持て余した状態でさえ、初見殺しの強さを発揮するのに。わざわざ世界政府に追われることはない。と、ウタに人前で能力を使うことを禁じた。

 解せなかった。いや、大事にされているのだとわかる。

 

(だけど)

 

 頬を、何かが掠めた。

 生温い液体が流れるのを感じる。

 

 黒ひげが罵詈雑言を並べ立てる。気に入らない。

 ウタの前で、桜色の頭をした海兵が何かを叫んでいる。そうだよ、これ以上の目的は果たせないよ。エースは麦わらが取ったんだから。同じ〝赤〟でもちっとも安心できない、どころか逃げ出したくなるほどの寒気がする〝赤〟が、怒鳴って殺意を露わにする。

 そうだね、このままじゃあ()()()()を証明できないもんね。

 

 渇くばかりで、嫌になる。

 

 ああ、熱い。今度はどこか焦げたような気がする。

 投げただけで勝利の女神が微笑むような運気(ラッキー)は、そう長く()ちそうもないらしいから。

 

(いざとなったら、わたしは――歌う(戦う))

 

 覚悟をしよう。

 歌で新時代を作ると言った子供のわたしに、さよならをして、胸の海深くに眠らせて。代わりに、歌でこの時代を終わらせる、そんな覚悟を。

 

 息を吸って。

 長く吐いて、もう一度吸う。

 

 ひどい空気だ。鉄錆と硝煙の臭いで咽込みそうになる。それでも、もう一度、何度も繰り返して、調子を整える。

 肺も喉も。いや、この身体こそがウタのための武器(歌謳い)だ。全身で歌を紡ぐ、準備をして。

 

「……――、うそ……」

 

 同じ戦場の、先で。

 ウタは見間違えようもない〝赤〟を、見た。

 

 

 

 

 

「この戦争を終わらせに来た!!」

 

 

 

 

 

 赤髪の男が腹の底から絞り出した声音は低く、それでも高らかに宣言は戦場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海賊王ゴール・D・ロジャー、彼の死に際の一言で幕開けた〝大海賊時代〟以来最大規模となった戦い〝マリンフォード頂上戦争〟は、明確な勝敗を決することができずに終結となる。

 

 元帥センゴクが責任を取る形で、次代にその席を譲った海軍。

 空となった席を争ったのは「徹底的な正義」を掲げる〝赤犬〟サカズキと、反するかのように「ダラけきった正義」を掲げた〝青雉〟クザン。己が正義をかけた後継者争いは十日間にもおよび、死闘の末にサカズキが勝利を捥ぎ取った。

 サカズキによる僅かな悪も許さぬ過激さをいかんなく織り込んだ新体制は、同じく大将の一人であった〝黄猿〟ボルサリーノを取り込んで強固に築かれ、発足以降善良な民衆によって熱い支持を受けることになる。

 奇しくも、数多の戦死者を出した戦争は海軍にとって追い風となる。映像電伝虫による世界放送は、凄惨な戦争を共有すると同時に巨悪に果敢に立ち向かう白い背中を映し、以降正義に憧れ軍門を叩く者が後を絶えなかったという。また、名立たる〝英雄〟モンキー・D・ガープのごとき生きる伝説の海兵たちに引き続き、戦争を生き抜いた名もなき兵士たちも、自らの実力を高めんと訓練に明け暮れている。

 

 ポートガス・D・エースの奪還を果たした白ひげ海賊団。

 世界の秩序を相手に二番隊隊長を救い出し、海軍基地本部(マリンフォード)を脱するも、船長エドワード・ニューゲートは、頂上決戦後三か月を待たずして息を引き取ることとなる。

 死ぬほんの間際まで、ニューゲートは彼の息子たちと領海(シマ)の将来について時間を割いたという。偉大なる男の骨身は息子たちが弔い、その際には女の歌声が響いたとされる。

 当初、白ひげ海賊団解散の話もあったが、残った息子たちによる強い反対によりこれを断念。傘下海賊を含めた総員一致で次期船長に〝火拳〟ポートガス・Dエース、副船長に〝不死鳥〟マルコを据え、海賊旗(ジョリーロジャー)〝白ひげ〟をそのままに存続することとなる。

 

 そして戦争で多くの者の記憶に残ることとなった三名――要塞監獄インペルダウンを脱獄し、超新星(ルーキー)の身でありながら歴戦の猛者の期待を一身に受けた〝麦わら〟モンキー・D・ルフィ。激戦地を駆け、元七武海〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチを相手取ってみせた赤毛の男。世界貴族シャルリア。――の行方は、不自然なほどに存在が途切れている。

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