神が首を乞う   作:端取合

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なら三日後、甲板で!

 鯨を模した船主は群立つ数を亡くし、船頭の色を違えた。

 けれど悠然と海原を往く。

 

 戦争の幕は閉じても船上はいまだ戦地。

 どこか暗く、張り詰めた空気が満ちている。だが、いつの世も生きていくうえで必要な業務というものは存在するもの。現状傷病者の治療と被害状況の確認が主な業務として占められるとて、衣食住に関連するものは抜かしてはおけない。

 食事に関しては、食糧庫の在庫と補給部隊を確認調整しながらも、最低限が確保できるよう、動ける料理人(コック)たちが走り回っている。

 

 衣と住、これは特に傷病者と切っても切り離せない。

 医療の場において、まず環境として求められるのは清潔(とは言え船上ではよほどでない限り清潔区域を設けることは不可能だろうが)であり、少なくとも血塗れ煤塗れな衣服も船内も罷り通らないわけだ。重傷者が優先して治療されるのは当然。しかし程度がどうであれ負傷者が多い割に物資が豊満でない分、そこから重症化してはたまらない。大所帯だからこその悩みとも言えるが、日頃より保清の心得などの指導はそれなりに行っており、かつ元より屈強な男共の集まりであるため治癒も早い。

 そんなこんなで、どうにか動ける者は他環境を整えるために精を出している。

 

 

 

 

 

  酔ってもいないし水夫でもなかったが、ウタは朝早く起きるのは得意だった。

 〈モビーディック号〉に乗船して四日目。船長の宣言により客人として公認されているウタであったが、シャルリアのように内職続きでは息が詰まると主張、結果掃除や洗濯といった仕事(暇潰し)を与えてもらった。ウタ一人増えたところで一人前には遠く及ばないと理解しているものの、せっかく仕事を振られたからにはと今日も今日とて勤しんでいる。

 

(客人だとしても、別に仕事に期待してもらってるわけじゃなくても、でも希望通してもらった以上頑張らなくていい理由にはならないんだよね)

 

 白ひげ海賊団の船員(クルー)にとって、ウタは余所者だ。知っている。

 そして、古き良き海賊というのは仁義を大事にするのだということも、ウタは()()知っている。

 手土産も不充分であれば名乗りも不完全な状態のウタとシャルリアだ。二人の厚遇があるのはひとえに船長ニューゲートの厚意であり、ニューゲートの意を汲んだマルコの尽力の賜物であり、船長の意思によって統率された船員(クルー)の忍耐と努力の結晶である。

 せめて言い渡された業務ぐらいは消化せずには誠実でないだろう。

 

「ヨシ!」

 

 降り注ぐ日差しの元、ウタは気合を入れた。

 甲板掃除三日目にしてモップはすでに相棒。昨日と同様の持ち場は乗船当初よりも綺麗になっていることが見てとれ、連日の頑張りからか愛着さえ感じるような気がする。

 

 空は高く青く。

 帆は高く白く。

 

 日を受けながら磨く甲板は、なるほど世界一の海賊団の船に相応しく作りも材質も良いのだろう、歩を進めるたびに良い音がする。

 木目、傷、補修跡、塗装。軋むことなく、足音が低く響く。

 

「あ」

 

 積み重ねてきた歴史を思わせる甲板は、エレジアの古い劇場の舞台を思わせた。

 同じくして記憶に浮かんでくるのは、赤い船主のガレオン船のことであり、育ての親でありながらもウタを捨てた赤髪の男のこと。

 そうなれば自然と、かつての船の上での生活が脳裏に流れてくる。

 

(マストには、一人じゃ登らせてもらえなかったな)

(抱えてもらって、そしたら一緒に水平線見て……あ、海王類とか、いや鳥も? だいたいヤソップかベッグがすぐに見つけてさ、なんで望遠鏡も持ってないのにって不思議に思ってた)

(時々大きいの捕まえたら甲板に引き上げて、ルゥが料理して、もうそっからはお祭り騒ぎだよね。一番飲んでたのシャンクスだし、ホンゴウが飲み過ぎんなって怒るまでがお決まり)

(次の日なんて死屍累々だよ。そんなときの甲板掃除なんて皆してモップどころか頭抱えてさあ……なのに、ちょっと体調がマシになったら歌いだすんだから。パンチとモンスターがこれまた賑やかに奏でるの)

 

 ロープを引く歌、

 帆を上げる歌、

 酔っぱらった船乗りの歌、

 島が近付いたときの歌、

 家路につくときの歌、

 

 ――所謂船乗りの歌(シーシャンティ)は、シャンクスたちが歌うから覚えたのだ。なかでも彼らがことさら好んで歌うのが〝ビンクスの酒〟だったことを、ウタは今でも鮮明に覚えている。

 

(懐かしい)

 

 そうやって思い出しては、つい昨日みたいに勝手に落ち込んでしまうのだから、人間とはよく出来ているものだ。

 いくら気分が下がろうとも慣れた動作で手は仕事をする。幼い頃の経験とはいえ身体はコツを覚えているらしく、この二日で随分と手慣れたものになった。

 

 掛け声、リズムに乗って。

 繰り返して、調子良く。

 

 一緒に歌う人はいないし、なんなら帆を上げるわけでもないが、小気味良いテンポで問答を繰り返す船乗りの歌(シーシャンティ)は気分を上向きにするにはぴったりだと思った。

 

 

 

 

 

 自分の預かりになった以上、そして何より親父が客人として扱うと決めた以上、マルコは相手が誰であろうとある程度の便宜を図るつもりでいたのだが、想像以上に手の掛からない子供二人に拍子抜けしていた。

 

 片や、出自(ルーツ)不明の能力者である子供。

 片や、世界貴族の血を引く子供。

 

 どんな無理難題が出てくるものかと思えば大人しい。いや、厄介事という時点で大人しいも何もないのだが。

 命令だの文句だのが遠慮なしに飛んでくると思っていた分、逆に扱いづらいのが正直なところ。現時点で望まれた通りに針仕事や掃除などを与えてみたが、そんなもので気が紛れるものなのか。かと言って叶えられない要望を口に出されても困るのは目に見えているのだからもどかしい。

 

(しっくりこねえんだよい)

 

 何かが、引っ掛かる。

 現在進行形で、今の状態が。客人のことも、今後のことも、何より――船長のことも。

 

「意外か?」と親父に訊かれたので。

「そりゃあもう」とマルコは答えた。

 

 戦争から早四日、驚くほどに船長(白ひげ)の容体は落ち着いている。

 老いた身体に負った傷は深く、いまだ疲労も回復していない状態。だというのにバイタルサインは普段とは著変ない。不自然なほどに安定した現状は、けれど内容がどうであれ「〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートが生きている」という、この海の揺るぎない抑止力に他ならない。

 まさに()()としか称せない実状がどこまで維持できるか、白ひげの関係者であれば誰しもが考えていることだろう。

 

「……船が踊ってやがる」

 

 ふと、ニューゲートが呟いた。

 探ると、見つかる。甲板、屈強な男とは真逆の気配が、口遊み、軽やかに跳ね、踊る。

 どうやら暇潰しのために与えた仕事はしっかり気分転換になっているらしい。マルコは小さく笑った。

 

「あれは船乗りの子だったか」

「すっかり(おか)育ちと思ってたんだがねい、まあただの船乗りならあのお上品さは納得だよい」

 

 腕に自信のある、言葉を選ばないなら海賊なんてものは大抵粗暴者の集まりだ。てんで縁のないものと思い込んでいたが、海を全く知らないわけではないと。

 

(問題はもう一人のほうだよい)

 

 気が重い。

 が、伝えねばならない。

 

「……オヤジ、言伝があるよい」

 

 それこそマルコたちと縁のないような相手――シャルリアは、ニューゲートの認めた客人であるのだから。

 

「もう一人の客人が挨拶をしたいと」

 

 妖精のような子供の、可愛らしい物言いに見合わぬ要望を。

 正しく、違えることなく。マルコはなぞる。

 

 ――できれば二人で。

 ――少し込み入った話も。

 ――お加減がよろしいときに。

 

 数秒の沈黙の後。柔らかな地響きが、高らかに船室に満ちた。

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