神が首を乞う   作:端取合

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生存戦略


妖精の誕生

 昨日は銃声で目が覚めた。

 今日は人間の悲鳴で目が覚めた。

 

 記憶のなかのお姫様像は、同じDでもジャンル違いのDである。眠りから覚めるのは小鳥の囀りであったり、愛する相手の口付けだ。間違っても錆臭く物騒なものではない。

 天竜人がお姫様扱いになるのかどうかは別として(なにせ神を自称する一族である)、銃声も悲鳴も、情操教育上幼子に聞かせるべきものではないと思う。大事にしたいのであるのなら余計に。

 

(……痛い)

 

 シャルリアは瞼を閉じた。縮こまって、耳を塞ぐ。

 とろけるような肌触りの包布にくるまり、朝が来るのを嫌がるみたいにして時間が過ぎるのを待つ。訪れた不完全な静けさ。暗がりのなかでは、否応なしに思考が進んで仕方ない。

 

(なんで、誰も何も言わないの)

 

 天竜人だからだ、と原作を知るシャルリアは知っている。

 だけど。だけど、そういうことではないのだ。

 もしも、もしも政府に「世界を正しく導いていこう」という意思が真の意味で正しく在るとすれば。この現状――奴隷しかり天上金然り海軍の護衛然り――を放置したりはしないだろう。

 

『自分がされて嫌なことは、相手にもしない』

『やったら、やり返される』

 

 シャルリアの記憶では、生きる上で当たり前として在った前提条件だ。子供だって知っている。

なのに天竜人にはそれがない。

 

『自分が偉いから何をしても許される』

『逆らわれる理由がわからない』

 

 選民思想を選民思想と気付いていない。そして本気で、他者から搾取して生きているという自覚がないのだ。

 図体ばかりが大きくなった子供のよう、否、子供とは比べ物にならないほど性質が悪い。

 この世界に生まれ、何不自由なく生きているというのに、他者と関わらずにいることなど不可能だ。出会いと別れを何度も繰り返すなかで、知る機会など星の数ほどもあるのに。知らなかったでは済まされない状況にあるのに。

 疑問を持たないようにされているとしか考えられない。

 

――特別で在りなさい。

――何も知らずにいなさい。

――与えられるものに疑いを持ってはいけない。

 

 そういうふうに在れよ、と。

 天竜人の置かれた環境はつまるところそういうことだ。

 世界貴族の思考は悪習としか言いようがない。一夕一朝で身に付くものではなく、また独学で身に付くものでもない。間違いなく、そうなった始まりがあるはずだ。

 それが何か、今も昔もシャルリアは知らなかったけれど。

 

 

 

 

 

 絹の肌に、薄桃の頬。焦がし砂糖の瞳、柔らかなハシバミの髪。

 子供ゆえに小さく、加えて同年代の子たちに比べてもずっと小柄な身体。

 花の(かんばせ)と華奢な体躯。この条件に「日々のお手入れ」「着飾る」が追加されるのである。日を重ねるたびに磨かれる可愛らしさは当然のものだ。麗しく育つシャルリアは、まるで生きるお人形のようだった。

 

「シャルリアは可愛いえ」

 

 父と兄は、事あるごとに言う。

 シャルリアもそう思う。だって鏡を見てみろ、ド級の美幼女がいる。

 しかも都合の良いことにシャルリアには()()がある。大人が思う〝子供の可愛い仕草〟も〝グッとくるセリフ〟は何通りも思い浮かべられる。何も知らないのだと装うなんて基本装備、その上で愛らしい幼子を演じてみせるのがシャルリアだ。

 

 ――汚いのは嫌。もっとキレイなのがいい!

 

 奴隷の扱いは基本変わらない。が、男と女、人間とそれ以外、で差があるのは事実。

 男の恰好はみすぼらしいことが常だ。買ったときのまま、あるいは聖地に()()()()()ときのまま、破棄されるまで同じ服を着倒すのも珍しくない。まあどこから調達したのか、囚人服に着替えることもあるのだけど。

 女はそれなり着飾らせたりもする。美しい容貌のために召し上げられた者であることが多いからだ。が、いつの時代も女の扱いは変わらない。同意のないままに暴かれ、食われた後はほったらかし。後片付けも己でするしかない。

 人間以外に分類される種族は所有主の性癖次第。人間相手には幾分か働く理性(ブレーキ)も途端に仕事を放り出す、とだけ言っておこう。

煮るも焼くも、全ては天竜人の気の向くまま。そんな扱いであるのだから、健康状態は、心身ともに極悪の一言に尽きる。

 

 ――服も流行遅れ! この絵本みたいなのにする。

 

 宇宙服と着物を足して三で割った服装は正直遠慮したいものだった。ついでにマリーアントワネットの作った流行を和風に歪めた髪型も好みじゃない。だってこんなにもセンスバリ高な服装や奢侈品が溢れる世界でなぜこんな格好を……? というのが本音。

 

 ――ホント⁈ ありがとうパパ、大好き!

 

 つまるところ、美幼女特権を駆使して勝ち得たものは少なくないということだ。

 シャルリアは好きにした。精神年齢をおいてけぼりにして駄々を捏ね、我儘を叶えてもらってきた。

 

(天竜人としては変わってる)

 

 ときに乗り物にし、ときに鞭で撃ち、ときに理不尽に殴り、ときに心なく犯し、ときに殺す。そのすべてが天竜人だからこそ許される。

そして同じくして、ときに優しくすることも。天竜人だから許される。

 

(でも)

 

 可愛いから。子供だから。

 何も知らない子供だから。純粋で無垢で、優しい子供だから。

 

(私は許される)

 

 血筋も幼さも愛らしさも、

 力を持たないシャルリアの武器だ。

 好き放題して、我儘に。天竜人らしく、けれどちょっとだけ方向を違わせて振る舞うこと。

 

(変わり者として可愛がられるのはいいとして、)

 

 よくある権力使って改変なんてものは不可能だ。

 いや、可能には可能なのだ。奴隷を買って、心と身体を癒してあげてから、元居た故郷に帰してあげる。同じ人間だからと言って優しくして、天上から地に降りて一緒に仲良く暮らす。あとは悪魔の実を手に入れて食べるだとか、鍛えるだとか。結構、それらは確かに美談であり夢である。

 ただし、そんなことが許されるかどうかは別の話だ。

 ドンキホーテ家の末路を思い出して見ろ。足並み揃えてワンツーしてる選民思想のなかから一歩踏み出せば、異物とみなされて排斥されるのがオチだ。出る杭は打たれるのだと歴史(と原作)が証明している。

 聖地での鍛錬とかも頭沸いてる。師はどうする? 場所はどうする? よしんば師が見つかったとして、ついでに鍛錬場が確保できたとして、妨害が入るとは思わないのか。

 

()は愚かで在ってほしいんだ)

 

 ホーミング聖なんか良い例だ。人間に成った天竜人は、地上だけではなく、聖地での安全も保障できないことが証明されている。

 

(まあその理由は知らないわけだけど)

 

 記憶のなかの物語は、まだ真相を明かしていなかった。

 続き(未来)を楽しみにしていた、ところでシャルリアのかつては終わった。

 イムの謎も。ポーネグリフの謎も。政府の謎も。悪魔の実の謎も。Dの謎も。古代兵器の謎も。戦士の謎も。空白の歴史の謎も。言語の謎も。聖地の謎も。ラフテルの謎も。世界の謎も、――全部は作者(神様)の御心のままに。

 古今シャルリアは天才ではない。良くて秀才、実際にはただの凡人。誰もが唸るような考察はできやしないし、信条でさえ推し図ることもできない。でも、イムだの五老星だのに目を付けられることが悪いことだとだけは理解できる。

 何が正しいのか、誰が正しいのか。知らないし、考えもつかないながら、天竜人の在り方の根底には後ろめたさがある。

 こびりついていた罪の意識が形になったものが、

 

『悪い子は〝ディー〟に食べられてしまうぞ』

 

 くだんの言い伝えなのだろう。

 一族の子供たちを諭す決まり文句は、きっと天竜人の未来を示唆している。

 

 

 

 

 

 つまるところ『死にたくない(食われたくない)』などと決意したところで、幼いシャルリアに出来ることなど高が知れているのだ。

 かの主人公、モンキー・D・ルフィでさえ初登場時は七歳であり、少なくとも身を守る力を身に付けようとしていたところ。現在のシャルリアはその半分をようやく過ぎたところ。しかも弱っちいときた。何を出来るわけでもなし、まあ百歩譲って出来るとすれば愛想を振りまくくらい。

 女は愛嬌、の言葉がかつて知る世界にはあったほどだ。女で子供。ないよりあるほうが断然良いだろう。ということで、シャルリアは今日も今日とて笑みを浮かべては好き勝手に走り回っている。

 これがまた評判が良い。ロズワードやチャルロスは勿論であるが、奴隷としてかわれている人々からの反応が少しばかり柔らかい。無理もない。走り回るとは言ってもシャルリアは銃も鞭も持たなければ、父や兄のように理不尽に怒鳴ったり、無茶な命令をすることもなく、きゃらきゃらと笑っているだけなのだから。

 むしろこれだけで評判が上がることに驚きが隠せない。

 幸福の閾値が下がっていることは、長く虐げられたことの証明である。不良が雨の日に子犬を拾って株が上がるみたいなもの、もしくは犯罪者が善行をしたときに必要以上に持ち上げられるようなもの。最初から善人であることのほうが、よほど善人としての証明であるというのに。摩耗した心は思考力をも削ぎ落とす。

 先は長い、とシャルリアは溜息を吐いた。 

 

 さて、ここで時系列について考えてみよう。

 初登場時のシャルリアは十五歳、ということは原作の約十二年前。

 冒険家フィッシャー・タイガーによる聖地襲撃は十五年前、つまり奴隷解放から約三年後。であれば、すでにゴルゴン三姉妹は聖地にはいない。もっと遡るのであればドンキホーテ家もいない。海軍と繋がりがあるのは父であるし、シャルリアが外出を強請るのは年齢的にまだ早い。

 時間はあってもあっても困らない。動き出すなら早ければ早いほど良い。理解はしている。が、周囲に怪しまれてしまっては大損だ。

 

 シャルリアは子供でいなくてはならない。

 

 無垢で。

 純粋で、可愛くて。

 守ってあげたくなるような。

 でも、とてつもなく変わり者で。

 天竜人として狂っていて、なのに目が離せなくて。

 

 思わず我儘を聞いてあげたくなるような、この子のお願いなら仕方ないって頷いてあげたくなるような、可愛がらずにはいられない、そんな子供でなくてはいけなかった。

 

 

 

 

 

 昨日は小鳥の囀りで目が覚めた。

 今日は蕩けるような歌声で目が覚めた。

 

 シーツの海から出たくなくて、でも起きたからには支度をしないと叱られてしまう。シャルリアではなく、手伝いをする奴隷たちが、である。

 

「んー、おはよう!」

 

 爽やかな覚醒に見合う声を上げれば、同じように挨拶が返ってくる。それも畏まった感じのやつ。それをどうこうしようとは、今はもう思っていない。だってこれがシャルリアたちの在り方だから。

 

「今日はどうしましょうか?」

 

 頭を下げ、用件を伺うのはシャルリアに従して長い女性だ。流浪の修道女だった過去を持つ彼女は、旅先で培った才なのか、いつだって心躍るようなコーディネートを提案してくれる。腕の良い彼女に着飾らせてもらうために、シャルリアがまずすることと言えば。

 

「先にお風呂行ってくる!」

 

 寝起きの身体を負から零にしてくることだ。

 夜眠って見た夢と昨日の疲れを、猫足のバスタブに満たされた花びらの浮かぶ湯で洗い流して。雲のように軽いバスローブに身を包んで。世話係たちに肌と髪のお手入れをされて。

 化粧台の正面、ひとり。着飾る前の待ち時間。

いつものように、今日を恙なく過ごすためのおまじない。

 

可愛い私(シャルリア)子供な私(シャルリア)

聖地(マリージョア)の生んだ永遠の子供」

素直に我儘(お馬鹿で)純粋に傲慢(愚かしくて)無垢に狂気(お可愛らしい)

 

 紡ぐのは、戒め。

 間違っても賢くはない自分が、決して勘違いしないように言い聞かせる。

 特別な人間ではないこと。許されるのは天竜人であるからで、個人の力ではないこと。守られているのは子供であるからこそで、個人の行いではないこと。

 道を踏み外さないように、シャルリアは口にするのだった。

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