神が首を乞う   作:端取合

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怪物の愛した星


怪物の逆鱗

 船は、たびたび持ち主を破滅させる。

 手に入れるための費用は勿論のこと。見栄えと補強のために必要な塗装は化粧、持ち主あるいは使用者の象徴として欠かすことのできない船頭は冠。冠婚葬祭に応じて飾り立てられる姿は、まるで貴婦人のよう。持ち主の多くが男性であることも踏まえ、入手よりも維持のための費用と時間がかかることから彼女(she)と称される。

 男を破滅に導く女を運命の女(ファム・ファタル)と呼ぶのなら、船もまたそう呼ばれて然るべきなのだろう。

 金と時間を費やしてなお砂金の粒ほども惜しくない、それだけの価値があるということ。陸地より海洋が割合を占める偉大なる航路(グランドライン)での価値など言葉にするべくもない。国と国は、つまり島と島、国交とは島同士のやり取りである。長距離の移動手段も流通の要も陸路より海路であり、であれば船はよほどの鎖国国家でない限り必需品だ。

 

 手に入れなければならないもの。

 持ち続けなければならないもの。

 威信として在らねばならないもの。

 

 求め、焦がれ。手にしてもおざなりに扱うことは許されず。

 無限大の海は、世界そのものと言っても過言ではない。広く、深い。その世界を船は自由に渡り、持ち主に見せてくれるのだから、やはり貴婦人のようにもてなさなければ失礼にあたるに違いない。

 たとえ破滅に怯えようとも、だ。

 

「ようこそ、我が愛しの〈運命の女神(グラン・テゾーロ)〉へ」

 

 偉大なる航路(グランドライン)後半の海――新世界。

 選ばれし猛者だけが自由を許される海に浮かぶ黄金船〈グラン・テゾーロ〉もまたファム・ファタルである。

 (彼女)は、世界最大のエンタテイメントシティとして名高い。全長六マイル(十キロメートル)に及ぶ大きさは、まさに島。流行の最先端であり超一流の設備――ホテル、ショッピングモール、アミューズメントパーク、巨大スパ、プール、水族館、劇場、ゴルフ場、遊園地――が整っていることから、世界貴族を含む政府の権力者にも贔屓され、政府公認で中立地帯とするほどに愛されている。

 

 ――それだけでは運命の名を冠するに相応しくない?

 

 否である。グラン・テゾーロは決して見目の煌びやかさと中身の華やかさだけで(かしず)かれているのではない。住人あるいは客人が迎えるのは幸運か、それとも破滅か。設備のひとつであるカジノ――所謂賭け事(ギャンブル)の場、その船体(母胎)として運命の女神(ファム・ファタル)の称号を(いただ)いているのだ。

 

 持ち主の名はギルド・テゾーロ。

 

 彼はカジノ王の異名を持つ。運命の女神を味方にした、ギャンブルの王様。

 彼は黄金帝の異名を持つ。創り上げた〝動く夢の国〟、黄金の都の帝王。

 彼は新世界の怪物の異名を持つ。恐れられるは能力か、それとも権力か。

 

 ゆえに、テゾーロは神を自称する。

 自らの望む通りに動く国(グラン・テゾーロ)を思えば頷けるものであった、が。

 

「貴方が案内人?」

 

 同じく神を自称し、けれどこの世界で神に等しい権力を持つ一族――天竜人を前には、礼節を尽くさなければならない。

 たとえそれが(よわい)十ほどの姿をしているのだとしても。たとえそれが他の天竜人とは種類の違った、変わり者であったとしても。

 

 

 

 

 

「面白いことをしていると聞いたの」

「流石シャルリア宮、今日いらしたというだけであるのによくご存知でいらっしゃる!」

 

 見慣れない。

 幼い顔立ち、育ちきっていない身体。一級品の装い。

 グラン・テゾーロに住まう子供の多くは敗北者の家族であり、借金を負った親兄弟の家族として労働に従事している。だからこそ天竜人であろうと、子供が、それも身なりの整った子供が黄金の都を闊歩するのはどうにも見慣れなかった。

 

(どういう経緯でこんなガキがおれの国(グラン・テゾーロ)を知った? 相当な箱入りと聞いていたはずだが……)

 

 天竜人というだけで頭が痛いにも関わらず、しかも子供ときた。

 テゾーロは真顔と微笑みの間の表情を張り付けながら心の内で舌打ちをした。

 なにせ子供というものは大変扱いが難しい。大人であれば、我儘勝手に振る舞うあの天竜人でさえ多少の理性がある。機嫌が悪かろうと興味のありそうな物を差し出せば、意識が横道に逸れた内に取り繕うことができる。

 子供は真逆、どう転ぶかがてんでわからない。純粋で素直な分、何が逆鱗となるか。ついでに今日来た天竜人の娘シャルリアは、聖地(マリージョア)でも輪に掛けて狂っている――礼装を重たくって苦しいと切り裂いた。奴隷が汚いと言って魚人と同じ水槽に入れた。同年の天竜人がシャルリアの物を欲しがったときには殴った。……などとエピソードは事欠かない――と伝え聞いている。

 あらゆる理不尽を他者に課すことが許される立場の子供、重ねてイカレている。そんな存在に癇癪でも起こされたらと考えると背筋が冷えた。

 とは言え、表面に出すテゾーロではない。

 

(おれはエンターテイナーだぞ)

 

 言葉は黄金に劣らぬ価値があり、性質は金貨でも買えない。

 テゾーロには才がある。言葉を自在に操り、その言葉に確かさを持たせる振る舞いができる才能だ。このグラン・テゾーロが舞台であるのなら、天竜人(世界)相手にだって完璧に演じ切ってみせる。

 しかしながらテゾーロの仮面には良くも悪くも溶かされることとなる。

 

 

 

 

 

 八星ホテル「THE REORO」――()()()()()()しか足を踏み入れることのできない場所――ハイパースイートで、シャルリアはこれほどまでにない歓待を受けていた。

 白を基調とした内装は、聖地の城のそれらに似ている。ただ所々隙あらばと金細工が施されていることが違うくらいだろう。

 グラン・テゾーロが黄金帝の呼び名に相応しく煌びやかであるなら、最上階は世界貴族の肩書きに合わせたかのように(おごそ)かだ。これが優遇ではなく隔離だとしても、負の思惑を補ってなお特別感を使用者にもたらす。

 腰掛けた途端、身体が沈み込むソファ。

 机を挟んで向かい、品の良い笑みを浮かべるテゾーロと目が合う。

 身長差があるはずなのに、テゾーロの視線のほうが低い。あえて目線の低い位置に彼自身がくるようにソファの座高を調整し、かつ若干背を屈めている姿は、なるほど天竜人の機嫌を損ねないよう最大限気を遣ったものである。

 世界政府公認ながら、一国の王さえも平伏せさせてしまう天竜人という身分。自身の血筋の()()()。改めて認識してしまうとまた腹底が冷たくなってくる。

 シャルリアは吐き出したくなる溜息を呑み込んだ。かじかんだ唇を動かしてみる。

 

「お前たち、ちょっと出て行ってよ」

 

 心は震えていたけれど。

 声は気丈だった。

 

「シャルリア?! 危険で!!」

「ロズワード聖からも護衛を任されております、離れるわけにはいきません」

 

 退室しろと命じられた黒服の護衛は慌てた。そりゃそうだ。彼らが不在のときに百万が一にでも天竜人の子供(シャルリア)に何かあれば、不祥事の責任を負わされるのだから。

 こちらの身を(おもんぱか)る言葉の耳当たりは良いが、要は護身のためという心情は想像に難くない。恐れられているのは百も承知でシャルリアは権威を笠に着る。

 

「――言うことを聞いてくれないの?」

 

 こてん、と小首を傾げて。

 心底わからないというふうに。

 

 ――ねえ、逆らうの?

 

 無垢に。純粋に。

 そんなふうに、見えるように。

 にっこりと笑えば、護衛たちは青い顔をした。

 

「とんでもございません……! すべてはシャルリア宮のおっしゃる通りにいたします」

 

 一も二もなく謝罪。そうして、胸に手を当てて一礼。

 不安そうに顔を歪めながらも彼らは音も立てずに退室した。

 護衛たちがいなくなれば、当然室内に残っているのはシャルリアとテゾーロの二人だけ。神と、神――他称であれ自称であれ、世界を相手取る、毛並みの違った怪物同士。二人の間に深い溝はあれど、まずは言葉を交わさなければ何も始まらない。

 テゾーロに向けて、シャルリアは紡ぐ。

 

「黄金帝」と、二つ名を呼び。

「カジノ王」と、二つ名を呼び。

「新世界の怪物」と、二つ名を呼び。

 

 ひと息、吐く。これは賭けだ。

 シャルリアにとって、一世一代の賭け。

 敗ければ地獄、勝っても地獄。同じ地獄なら少しでもマシなほうを。選び、掴み取るためにこの国までやって来た。

 無辜(むこ)の人であれ罪人であれいたずらに他者の命を弄ぶ血族の娘として受けた生は、いつかの日に血溜まりを前にして、必ずや失墜し地獄よりもひどい結末を迎えるだろうと悟った。悟ったうえで死にたくないと願って、どうにかこうにか生きてきた十年。

 悪い意味で聖地(マリージョア)と縁深い者たち――ドンキホーテ家、フィッシャー・タイガー、ボア家三姉妹、コアラ――とは、どんな手を使ったって自然には縁の繋げない時系列の出身(シャルリア)だった。主人公(ルフィ)への足掛かりとして何かしらのきっかけは欲しいと歯噛みしていたとき、原作のパラレルワールドである可能性の高い映画版の登場人物の名を耳にして、ようやく運命の女神が振り向きかけたのだと拳を握ったのは記憶に新しい。

 

「ギルド・テゾーロ」と、名前を呼ぶ。

 

 これから声にする内容は、かつての記憶で()()ことのある彼の過去――心の柔らかい部分に他者が無遠慮に踏み込むものだ。

 黄金の王様の、その火傷。生涯消えることのない爛(ただ)れでありながら、彼自ら太陽の如く熱い星で上書きした。傷に傷を重ね、それでも立ち上がった姿を記憶が知っている。知っていて、なおシャルリアは「(ステラ)は美しかったから、だから貴方は――代わりが欲しいの?」斬り込むのだ。

 

 

 

 

 

 テゾーロにとって幸せとは(ステラ)の形をしていた。

 これまでも、そしてこれからも。あれほどまでに尊いものは、きっと今後の生涯でも出会うことはない。

 

 裏社会での荒んだ毎日が諦めだったのか憎しみだったのか、今ではもう覚えていない。どちらでも良いのだとさえ思う。ただあの抜け出せない泥沼での日々で、確かにステラが、彼女だけが柔らかく煌めく星だった。

 奪われるときでさえ幸福(ステラ)は眩しかった。

 繋がれた鎖に引き摺られながら、彼女は日差しのなかで微笑んでいた。鳥のような声でテゾーロの名を呼び、不幸であっただろう自身の身の上をテゾーロのおかげで幸せであったと紡いだ。

 

(幸せなのはおれのほうだった)

 

 親ですら罵った夢を笑わず、どころか素敵だと言ってくれた。

 暗く深い社会の裏側に落ち、どっぷりと足を浸していたテゾーロは。たぶん、そのとき生まれて初めて明るく、あたたかな世界――恋に落ちたのだ。

 だと言うのに。

 

(ステラの代わり?)

 

 そんなものが存在してたまるものか。そんなものを作ろうとなどしてたまるものか。

 

 たったひとり、テゾーロの一等星(ステラ)

 この手のから零れてしまった、おれの唯一の幸せ(ステラ)

 

 誰に何と言われようと、ステラはテゾーロの至上の逆鱗だった。

 

 

 

 

 

 テゾーロの笑顔が固まった。途端、沈黙のままであるのに凄まじい怒気がシャルリアの皮膚を刺す。

 

(でも貴方は何もできないはず)

 

 黄金帝の地位を築き上げ、政府にすら認めさせた国家を、一時の激情で手放すテゾーロではないはずだ。

 ()()()テゾーロが神ではなく、王ですらもなかった頃。むしろ家畜か、家畜以下として扱われていた時代。彼がその身を以って天竜人の非情さと残虐性を体験していることを、この世界で二番目にシャルリアは()()()()()

 世間知らずな子供(シャルリア)相手に激高し、再起不能にするのは容易(たやす)い。小さく、まろみがあると言っても細い身体は、大人の拳ひとつで簡単に壊れてしまう。だが、天竜人の娘(シャルリア)に手を上げるのは一番の悪手だ。今日暫し己が娘がグラン・テゾーロに滞在することをロズワード(天竜人)は知っている。可愛がっている我が子が傷付けられたとなれば国の取り潰しは免れず、関係者諸共罰せられる。待ち受けているは、行き着く果てが死刑の、地獄のほうがまだマシだという仕打ちだ。つまり、今この場においてテゾーロはシャルリアに傷ひとつ付けられない。

 さぞ悔しかろう、と思う。云わば、愛した女の仇の血筋。行いは違えど権威を盾に好き放題する理不尽の権化に、こんなふうに触れられたくない過去を振りかざされて。

 黄金の指輪で飾られたテゾーロの両手が、膝の上で固く組まれている。爪立てられた皮膚の表面を、力なく血が這う。

 

「手、大丈夫?」

 

 怒りを堪える仕草だと理解しつつも、向けた心配はただ一言。煽りとも取れる言葉をあえて掛ける。

 

「……ああ、申し訳ありません。もしかして〝GOLD STTELA SHOW〟のことですか? すぐに理解が追いつかなくて考え込んでしまいました」

 

 満点に近い誤魔化し方は、けれどシャルリアには通じない。

 無知を装うには知り過ぎた彼女にとって、黙って抱え込むにしてはテゾーロの過去(秘密)は利用価値が有り余る。

 

「んーと、知らない?」

「綺麗な女性(ひと)だよ」

「優しくってね」

 

 それで。かつて画面(記憶)内側(物語)で。

 最期の最後まで、彼女は。

 

「たったひとり、唯一の誰か(貴方)の歌を愛してたよ」

 

 運命の歯車が嚙み合っていれば、ステラとテゾーロは結ばれた二人になっていたはずで。

 でも、そうはならなかった。そうは、ならなかったのだ。

 

 

 

 

 

 年齢も身分も。

 そもそも育った環境も。およそテゾーロと人生が重なることのない子供が、何を知っているのか。

 

「何を知っている?」と、問うことは容易かった。勿論目の前の子供が天竜人という身分でなければ、と但し書きが付くが。

 叶うなら、尋ねたい。むしろ問い詰めて、何が何でも吐き出させて。関わった人間を尽く殺してやりたい。知った風な口をきかれて腸が煮えくり返りそうだ。

 だと言うのに、第三者によってもたらされた台詞がテゾーロの心をうったのも事実。

 

 ――たったひとり、唯一のテゾーロ(貴方)の歌を愛していたよ。

 

 子供の戯言かもしれない。本当かどうかもわからない。

 でも。嘘偽りだと吐き捨てるには、あまりにも声音が真っ直ぐで。

 テゾーロの口から溢れたのは、

 

「――おれだって(ステラ)を愛していたさ」

 

 疑問でもなく、詰問でもなく。罵倒でもなく、嗚咽でもなく。

 両手の指では足りない年月をかけて降り積もった、愛の言葉だった。

 

 

 

 

 

 俯いたテゾーロの肩は震えていたが、吐息に湿度はなく、顔を覆った指の隙間からも水滴は見えない。それでも彼は泣いているのだろうと、諸悪の根源であるシャルリアは思った。

 慰めは、しない。むしろここで畳み掛けなければグラン・テゾーロの地を踏んだ意味がない。

 

「で、ものは相談なんだけど――世界を敵に回してみない?」

 

 流石にぶっ飛ばし過ぎた。これじゃただの狂人である。まあ間違っては、いないけれど。

 さて、仕切り直して。

 

「マッスルガメのごとく働いてみない?」

「……勧誘の仕方がなっちゃいねえな、おい」

 

 対してテゾーロの切り返しはごもっともであった。

 

「じゃあ言い方を変えるね」

 

 さらにシャルリアは仕切り直す。

 今さら表面は取り繕わない。天竜人の仮面を放り投げ、子供の毛皮も脱ぎ捨てる。

 ここに在るのは生き汚い人間(シャルリア)。殴られれば痛くって泣き叫んで、傷が出来れば赤い血が流れる、ただの人。にしてはちょっとばかし無駄な知識があるだけの、この世界に生まれてたった十年ぽっちの世間知らず。

 シャルリアという名の人間として、

 

「私と手を組もう」

 

 求めてみる。

 

「ギルド・テゾーロ」

 

 裏も表も。世界の大物相手に商いをする、その度胸と器量を持ったこの(ひと)が欲しい。

 世界を知り、世界貴族に辛酸を嘗めさせられ、どころか命よりも大事な者を奪われた。世界を相手取るために手を取るのなら、そういう経験がある人間(貴方)がいい。

 

「取引でも同盟でもなんだっていい、その黄金(カネ)才能(センス)を貸してほしい。勿論使った分は返せるよ。なんてったって私は妖精(無垢な子供)だからね、――聖地(マリージョア)への繋がり(コネクション)を正式なものにしたくはない?」

 

 (貴人)としての利用価値、その使いどころを間違うシャルリアじゃあない。ここぞとばかりにアピールしてみる。

 

「ね、()()()()()だってひっくり返せば柄だけ(役無し)だよ。まともじゃないのはお互い様だけど、真っ当じゃないのが度を過ぎればいつか絶対尻尾(ボロ)が出る。そうなったら切られるのは貴方のほうだ」

 

「糸だって黄金を裂くよ」少なくとも強者が強者を食らう、この世界では。

 ここまで踏み込んでもテゾーロの顔色が変わることはない。

 知っている。目的のために国家を得て、上手く回しているテゾーロを。同じようなことをしているドフラミンゴと現在進行形で繋がっていることも、そんな彼に共感と警戒を抱きつつも敬意を持っていることも。

 知っているからこそ。何も為せず、何も思い出せず、映画のようにただ落ちる(倒される)のは勿体ない。

 世界(原作)(テゾーロ)を捨てると言うのなら、世界の嫌われ者(シャルリア)が拾ったっていいじゃないか。

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