神が首を乞う   作:端取合

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正しい力の使い方


きみのこえ

 轟々と揺れる聖地(マリージョア)

 赤く染まった神々の住処を後に、視界を滲ませて叫ぶしかなかった。落とさないように抱きかかえられた体勢では手を伸ばすこともできず、凄まじい速度で駆けていく身体の、その首にしがみつくことしかなかった、――なんて。

 

 そんなはずが、ない!

 

 シャルリアは一度だけ、祈るように固く瞼を閉じた。唾を呑み込んで、そして前を見る。

 

 笑え(泣くな)

 笑え(泣くな)笑え(泣くな)笑え(泣くな)笑え(泣くな)笑え(泣くな)

 

 涙を落とす権利がないことを自覚しろ。

 嗚咽を溢すな。口角を上げろ。

 

笑え(泣くな)

 

 喚いて何になるというのだ。

 シスターやドクターたちの命が返ってくるか?

 否である。命は不可逆、失ったらもう二度と戻ってこない。それに聖地(マリージョア)が毎日毎日繰り返し繰り返し教えてくれたじゃないか、泣き叫んだところで誰かが無条件に助けてくれるわけじゃないってことは。

 だとすれば、シャルリアが為すべきことは。

 

笑え(泣くな)

 

 妖精の二つ名がごとく、愛らしい姿で微笑んでみせて。素直に我儘で(お馬鹿で)、純粋に傲慢で(愚かしく)無垢に狂気で(お可愛らしい)、これまでのように理想の子供で在って然るべきなのだ。

 

 妖精に、悲哀の声は似合わない。

 

 だから、シャルリアは柔らかに表情を緩める。

 口角が上がれば、目尻が下がる。顎を引けば、少しだけ喉が締まって、嗚咽ひとつこぼしてなるものかと意地になる。

 

(考えるの)

 

 生き残るための策を練らなければ。

 無垢な子供の毛皮は、冷たく滾る腹の底を隠すための仕掛け。銃も鞭も持てなかったシャルリアが、聖地(マリージョア)で磨くことのできた爪――思考という武器は、この十二年間誰にだって奪えやしなかった。

 そうやって生きてきたのだから、これからだってそうやって生きていく。

 

(この子のことを巻き込んでしまったのは誤算)

 

 思考。

 

(単独で行動するには考えなしが過ぎるし、思い付きで私を連れてくるには手際が良い。シスターと前々から計画してた可能性、……有る

(でも理由は? 私を連れてく理由

(方角からして海軍基地本部(マリンフォード)に向かっているのは確定事項。会うことを諦めたわけじゃない

(このまま何もなかったら普通に会えてた、それはわかってたはず。元々下りる予定だったし、しかもこんな大事が起こったんだから一人でならもっと楽に下りられたのに。どうして私まで連れてるわけ?)

 

 思考。

 

(いや、今は)

 

 嘆いている暇もなければ、一緒に下りようとしている理由を考えている暇もない。

 

(聖地が燃えたのは奴隷たちの抵抗。つまり私は人質。ひとまず上は〝シャルリア宮が攫われた〟という認識にあると考えて良い。考えあぐねてはいるだろうけど)

 

 考えるべきなのは聖地を抜け出た後のこと。

 歴戦の猛者が集う戦場に下りてなお、自分たちが生き残ること。かつ、安全地帯まで無事に辿り着くこと。

 たとえば、海軍側に付く。

 

(保護はしてもらえる)

(戦場でだって天竜人(シャルリア)の命は最優先事項。三大将はもちろん、元帥さえ死刑囚(エース)より私に注意を向けるしかなくなる。だって海軍全体が睨まれるわけにはいかないもんね?

(でも、保護してもらったところで今後がある? ないでしょ

(私の処遇がまだ決まってないにしろ、今日のことで反逆を起こすような奴隷の扱い方しかできないという評価が付いた。少なくとも監視は確実、それから行く行くは我が愛しの婚約者様と一緒に排斥されるのが目に見えてる

(それに私が無事なだけでも駄目

(わざわざ私を戦場にまで連れて来た能力者を簡単に開放してくれるほど相手も馬鹿じゃない

(この子の安全が保証されなくちゃ意味がないの)

たとえば、白ひげ側に付く。

(その点で言えば、この子の命は保証される

(能力を使えばあの広い戦場だって混乱させられる。後退も難しくもない。白ひげが仁義を通す男だなんてことはとうの昔に知ってる(原作で知っている)。手助けをした相手には恩を返すはずだ。問題があるとすれば時間の勝負になるということくらい

(逆に言えば、私の命は保証されないわけだ

(仲間の仇、その子供だから。って情報から甘言に乗せられて白ひげ(父親)裏切るような男(子)がいる世界だよ? 天竜人への恨みがひとつやふたつで済むはずがないし、結局惨たらしく殺される未来しか見えない)

 

 であれば、ここで第三の選択肢。

 

(賭けてみる)

 

 予定調和が適応されるのなら、これは負け勝負。

 なにせこの世界(ONE OIECE)が相手だ。物語というものは残酷で、主人公が最終的に勝つのだとしても、人生である以上は喪失や離別という経験を避けては通れない。成功体験を積んできた主人公(モンキー・D・ルフィ)が己の無力さを嘆き、途方もなく深い絶望の壁を越えて強さを手に入れるための、必要な犠牲が義兄弟(エース)の死。かつての記憶にある頂上戦争は、その舞台装置でしかなかった。

 でも、こちらには()()がいる。望まぬとも始まっていた二度目の生で、一度目の記憶を最大限に利用した、シャルリアにとってもイレギュラーな存在がここにいてくれているのだから。

 

(その価値はある)

 

 どう転ぶか皆目見当もつかないのだとしても、シャルリアは賽を投げる。

 

 

 

 

 

「麦わらに付こう」

 

 

 

 

 

 ねえ、ウタ。

 アフタヌーンティーのお菓子でも決めるみたいな呑気さで、明日の予定を立てるみたいな気軽さで。まるでなんてことのないふうに、とんでもないことを(のたま)ったのは、ウタに抱えられたシャルリアだった。

 正気を疑う発言だ。そもそも戦争中の海軍基地本部(マリンフォード)に飛び込むこと自体が狂気の沙汰であるのに、二分された勢力の、その誰でもない一人に加勢し、あまつさえ「付こう」などと提案するなんて自殺願望の気でもあるに違いない。事実その言葉がシャルリアの口から出たものでなければ、きっとウタとて鼻で笑っていた。

 

(わたしだけなら、ただ下りるだけだったんだけんどな)

 

 能力者であるウタだけなら。そんなウタが彼女自身の目的を果たすだけなら、海軍と白ひげの戦争と奴隷たちによる聖地(マリージョア)襲撃は、確かに充分な()――嵐の海のような戦場を無傷で駆け抜いたうえであの人に会うこと―――であったけれど。

 

(それじゃあ筋が通らない)

 

 だよね、と。

 昔の記憶、育ての親の後ろ姿。赤髪の精悍な男の、その面影に、返事がないと理解していながら語りかける。

 

 ――覚えている。

 ――潮風に靡く赤い髪。温かな手、大きな背中。

 ――ウタを生かし、育て。そうして、笑って、捨てた。

 

 どうして捨てたんだって、訊きたかった。

 どうしてエレジアを滅ぼしたんだよ、って尋ねたかった。

 

 利用するためだけにウタを生かしたんだったらどうして正しく育ててくれたんだよ、って縋りたかった。

 

 返ってくる(応え)が、聞きたかった。

 エレジアに捨て置かれた記憶は悲しくて寂しくて、何より、虚しくて。せめて理由が知りたいと、膝を抱えていたときにシャルリアに会った。最悪の過去を反芻しているばかりだったウタに「ね、赤髪に会いたくない?」と、シャルリアだけがそう言った。

 だから問いかけに頷いた。だから伸ばされた手を掴んだ。

 

 ――覚えている。

 ――日差しに透けるハシバミの髪。冷たい手、華奢な身体。

 ――ウタに問いかけ、手を伸ばし。そうして、笑って、拾った。

 

 その先で黄金船に乗り、世界を知った。

 次に聖地(マリージョア)に移り、さらに世界を知った。

 あの人――シャンクスに会うために経由した聖地(マリージョア)で学んだことは、かつて育ての親(シャンクス)が説くように紡いだ言葉『この世界に平和や平等なんてものは存在しない』がどこまでも事実であり、残酷なまでにこの世界の現状であることだ。かつて(ルフィ)と語らった夢――新時代を作るという理想がどれほど難しいかを、正しく理解した瞬間であった。

悔しかった。自分のことが恥ずかしくなった。何も知らないくせに新時代を作るだなんて、歌で世界を幸せにしてみせるだなんて。歌を聴く環境にすらない人たちがこんなにもいるのに、ウタは、知らなかったのだ。

 シャンクスとの再会をウタに約束したのは、子供であるシャルリアだった。

 彼女は、子供らしく在ってみせた。寝て見る夢みたいな言動を繰り返しながらも、決して展望も理想も語らなかった。天竜人や政府の在り方についての否定も、どころか疑問も口にしなかった。

 

(でも)

 

 シャルリアが泣けば奴隷が罰せられるから、ずっと笑ってた。シャルリアが傷付けば奴隷が罰せられるから、怪我には細心の注意を払っていた。シャルリアの我儘は全部叶えられてしまうから、残酷な無垢さを含んだ言葉で願いを口にしてた。

 

 あの何も考えていないような、柔らかな笑み。

 ゆるやかに崩された表情の下に、どんな思いが隠れていたんだろう。

 

 ウタにとって強さの象徴は〝赤〟だ。

 たとえば血、たとえば暴力。圧倒的な強さを持つ家族たち()()()から、たぶん今後も、潮風に靡く髪を連想させるものがウタの強さの基準になる。

 現在のウタの恰好が、幼い頃に見た強さの象徴を借りた姿であるように、未来永劫揺るぐことはないだろう。けれど。

 

(そういう強さだけが、誰かを助けるわけじゃない)

 

 子供だったウタを生かしたシャンクスの強さとはまた別に、シャルリアの強さだって誰かを生かした。

 戦っている。と、そう思った。

 

(ううん、今もそう思ってる)

 

 子供で在り続けてみせたシャルリアには今このときだって考えがあるのだと、ウタは知っている。だから、笑ったりしない。

 持ち掛けられた約束、そこで決められた報酬はウタがシャンクスと会うことだけだった。だと言うのに、シャルリアは、安全を保証したうえでウタに世界を教えた。武器とも言えないような武器で、化物みたいに強い相手に、勝てなくとも負けない戦い方を示唆してくれた。

 それはきっと、新しい時代を作り上げるための糧となる。

 

(ほら、やっぱ貰い過ぎじゃん)

 

 借りたものは返す。恩とて同じこと。

 そうであるのだから。

 

「麦わらを助ける、了解」

 

 シャルリアの提案に頷いて、それでいて。

 最上の結果を、最高の形でウタは叶えてみせる。

 

「なんたって、――」

 

 衣装が鎧だと言うのなら、それは自分にとっての踊り。

 美貌が剣だと言うのなら、それは自分にとっての言葉。

 言動が毒だと言うのなら、それは自分にとっての歌声。

 

「――わたしは最強!」

 

 この身体で、この声で。

 はるか真下、全貌も見えない戦場。強者しか存在しないかの地で、ウタにしかできない方法で戦おう。

 

 

 

 

 

「……って、待って、麦わら(ルフィ)?!」

 

 

 

 

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