神が首を乞う   作:端取合

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白と赤


戦場の子供

 海兵たちにとって、誇りとは白い色をしている。

 揃いの制服は下官上官問わず白を基調としたもの。身に纏う衣装の自由度が高くなる級位だとて、背に〝正義〟の二字が刻まれた外套(マント)は、海軍の象徴たる信念(正義)に相応しく清白で重みのあるものだ。

 

 とある海賊たちにとって、誇りとは白い色をしている。

 この海で最も偉大なる男――白ひげに由来するもの。血ではなく盃で繋った子供たちにとって、親の色とは(庇護)であり、恩恵を受けたからこその通すべき仁義(信念)の象徴そのものであるのだ。

 

 誇る色を同じとしながら、異なる信念を掲げる海軍と海賊。海の均衡を保つ勢力同士が相見(あいまみ)えた海軍基地本部(マリンフォード)、常日頃は海兵の領域でありながらも今日ばかりは海賊の蔓延る地で、陸と海にかけて繰り広げられる戦を何と例えようか。

 

 至上ただ一人の海賊王ゴール・D・ロジャー、その子供が火種となった戦模様はまさに劫火。

 

 血で血を洗う戦場は、赤い。

 鉄錆と硝煙が臭う。弾丸と砲弾が降る。厄災と見間違わんばかりに明々とした溶岩と煌々とした氷岩、燦々とした光線が落ちてくる。かと思えば、地と海のみならず空までもが津々と揺れる。

 戦火は、止まるところを知らなかった。

 武器も人間も、であれば思惑も。激戦のなかでさえ等しく流動する様は、意思を持った生き物が彷徨い歩くのにも似ているのかもしれない。個々に描き、味方で共有した戦術はあれど、同等の力を持つ者同士の争いというものはいつの時代も膠着状態が続くもの。戦争の前の下準備でお互いがお互いに()()()をしていた以上、勝敗の行方が決まらないのは当然のことだ。

 薄氷の上に成り立つ均衡。どこの戦線がどちらに崩れても可笑しくない戦場で、膠着状態に亀裂を入れたのは、海軍元帥センゴク並びに三大将の耳に届いた一報である。

 

「戦争にかからせてほしいとあれほどお伝えしたはずでは……っ、待ってください! それは本当ですか?!」

 

 と、同時に。

 

聖地(マリージョア)へ大将派遣などできる現状ではございません!」

 

 赤く染まった戦場(生き物)の足の、その爪先に飛び込んできた、――戦場には相応しくない純白だった。

 

 

 

 

 

 多くの花嫁にとって、約束された幸福とは白い色をしている。

 どこかの世界では聖母の象徴とされる百合の花のように、白は穢れなき純潔を表すとされる。純白の婚礼装束に込められた想いは、花をも恥じらう乙女の、相手に向けた言葉なき切なるものだ。

 

――あなたの、色に染まります(貴方に、知ってほしい)

 

 あなたを愛している。だから私を知ってほしい、だからあなたをもっと知りたい。献身であるのか。支配欲であるのか、庇護欲であるのか。その愛が、どんな姿をしているかは当人たち以外にはわからない、けれど。

 ときに富の象徴、ときに純真無垢の表象。ときに悪しきものを祓う色彩。そんなふうに様々な意味を持たされてきた白ではあるが、その根本にあるのは祝福であり、どれをとっても花嫁の幸せを願うものに他ならない。そして花嫁もまた、人生を共に歩む相手と言葉を重ね、手を取り合って、より善き未来を築いていくのだろう。

 少なくとも世間一般普遍の花嫁像とは、剣戟の音高く響き弾丸飛び交う戦場とは無縁のものである。

 しかしながら、今このとき。後の歴史に刻まれることとなる大戦争、つまり血みどろも血みどろな戦場に足を踏み入れたのは、純白の婚礼衣装に身を包んだ神の一族の子供であった。

 

 

 

 

 

 直通の伝電虫を介しての一報は、戦争を止めこそしなかったが、司令塔の思考を乱すには充分であった。

 

――聖地(マリージョア)、襲撃。

――天竜人、拉致。

 

 聖都は天竜人の住まう地だ。神々の住処に見合った守護が敷かれている。にも関わらず、まるで十五年前を彷彿させる襲撃という報せに、加えて拉致ときた。海軍が迅速な対応を出来ないタイミングで、否、逆におざなり成らざるをえない今日(こんにち)を狙ったのかもしれない。厄介としか言いようがない状況で、なんにせよまずは眼前の戦場に片を付けるしかない。

 戦況は動き続ける。

 海賊王の子は解放された。共に、世界最悪の犯罪者の子が暴れている。傘下海賊(息子)たちが逃げ道を作り、白ひげが殿(しんがり)を務めようとしている。こちらとて犯罪者たちの逃亡をそう易々と許す正義の海兵(申し子)たちではない。数多罪人の首を取ろうと己が武器を振りかざし、退路を断とうとする。

 一進一退を繰り返す攻防。瞬きの間も惜しい命のやり取りが横行する戦地。惨状の最中、君臨する正義を掲げたセンゴクは、戦に相応しくない白を、見た。

 

「あれがシャルリア宮か?!」

 

 思考の処理量を増やした情報と一致する姿は、聖地(マリージョア)襲撃の拉致被害者シャルリアに間違いないだろう。そんな花嫁姿の天竜人の娘を、どこか既視感のあるような少年が連れている。

 

(どこのどいつだ……?)

 

 肩に掛けた外套(マント)は、黒い。

 ゆるく着崩した白シャツ、少しばかり飾り気のあるズボン。大粒の紫水晶(アメジスト)を二つはめ込んだ顔貌は端正で、上がった口角と眉尻からは勝気さが見て取れる。

 爆風の余波になびく髪は、経過していく血のように、赤かった。

 

 

 

 

 

 聖地(マリージョア)戦場(マリンフォード)

 惨劇を前に、――どちらが地獄なのだろう、とウタは思った。

 血が流れ、悲鳴が響く。両者ともに血生臭さは変わりがないのに、内容ばかりが違うような気がしている。関わる人によるのか、それとも思いによるものなのか。はたまた土地柄であるのかもしれなかったけれど、今はまだ、答えは出せない。

 出せずとも、この足は止めない。若かりし頃の養父の恰好を模したウタは、駆ける。

 腕に抱えた純白は、この惨状には似合わないなあ。とも、戦場の合間をぬって進むウタは思った。

 花嫁であるからこそではなく、暴力ではない武器で戦ってきたシャルリアであるからこそ、戦場が似合わないのだ。

 自分に出来ぬことをやってのける者は嫉妬の対象でありながらも、同時に憧憬の対象と成り得る。聖地(マリージョア)襲撃の件を事前に知らされているわけではなかったのに、泣きも喚きもせず、ただウタに次の行動指針を与えたシャルリア。すぐさま適応してみせた姿は、かつて泣いてばかりだったウタには眩しく映った。そんな彼女の希望に応えなければ、戦争中の海軍基地本部(マリンフォード)まで来た意味がない。

 誰に微笑みかけるかわからない運命の女神を強引に振り向かせる。拳と剣だけではなく溶岩やら氷岩やら光線やらまで降ってくる激戦地を、幸運(ラッキー)なことに無傷で乗り切って、ようやく辿り着いた先は。

 

「ルフィ、久しぶり!」

 

 昔の面影をそのままにした幼馴染み。

 その一歩前――ではなく、肩を並べた隣であった。

 

「誰だお前?」

 

 首を傾げたルフィに、まあ無理もないと頷いた。最後に会ったのが随分前とは言え、あのときのウタは赤と白の髪(ツートンカラー)であったし、間違ってもシャンクスと似たような服装なんてしなかったものだから。

 

「ウタだよ、ウ、タ。フーシャ村でのこと忘れちゃった?」

「あー! え、ウタなのか?! ひっさしぶりだなあ。……ん、でもお前ェいつ男になったんだ? イワちゃんか?」

「? イワちゃん……? 誰それ……って、そんなことよりこれからどうか決まってるの?」

 

 性転換していることになっているのは一旦置いとくとして、問いかければ「決まってねぇ」と答えが返ってくる。

 

「でもエースんとこの仲間が助けてくれてんだ。絶っ対ェ大丈夫だ!」

「……本当に兄弟なの?」

「おお! おれたちは盃を交わしたんだ。だからエースはおれの兄ちゃんだ!」

「ふーん」

 

 ああ、ウタの知らないルフィがいる。シャンクスの頭上にあった麦わら帽子の存在も、嬉しそうに笑う顔が見知ったものとはちょっと違ってるのも、それにルフィの隣で戦う男の子(エース)だって、ウタは知らない。でも。

 

(ルフィがこれだけ慕ってるんだから良いヤツなんだろうし、それに……)

 

 麦わらにつこうと、シャルリアは言った。彼女が立てた策のなかにエースが勘定されているのなら、同じようにウタも動こう。

 

「つまりルフィの兄弟ってことは、わたしの弟ってことでしょ」

 

 声高な主張は、けれどどう考えても無茶苦茶である。

 こじ付けも(はなはだ)だしい論をルフィは豪快に笑い、

 

「はあッ?!」

 

 エースは叫んだ。

 

「どう考えてもアンタが歳下だろ!」

 

 突発的に出来た兄弟への異議申し立てかと思えば序列についてだった。

 

「でもわたしのほうがルフィと先に会ってるし?」

「んなこと関係あるか、大事なのは事実だろ!」

「あはは、負けおしみ」

 

 軽口を叩き合う姿は誰がどう見ても旧知の仲だ。とても初対面とは思えない。しかもこの二人、なんだかんだと向かってくる攻撃を避け、ときに迎撃しているのだから、会話の内容を含めとんだ似た者同士である。

 

「で、ウタ、そいつ誰だ?」

 

 どっかで見たことある気がすんだよなあ。どこだったかなあ。

なんて小首を傾げる様子は、ちっちゃい頃と全然変わってない。なんだかほっとして、でも問答はしていられないから、正解を口にしようとした。

 

「え? シャボンディ諸島で会ったって聞い……――」

 

 瞬間、地響きのような声が戦場を切り裂いた。

 

 

 

 

 

「赤毛の男よ! 名もなき犯罪者よ!」

「貴様に告げる、――即刻シャルリア(ぐう)を解放せよ‼」

 

 

 

 

 

 途端、戦場が水を打ったように静まり返った。かと錯覚するほどに、不自然な緊張感が満ちた。

次いで、戦のための広場がけたたましく鳴る。

 

(ぐう)……? 天竜人か?!」

「はあ?! 戦場だぞ、何言ってんだ!」

聖地(マリージョア)はとうの上だぞ!!」

 

 誰の耳にも等しくもたらされた情報が真実であるのか、あるいは戦線を乱すための()()であるのか。

 海兵であればこう考えるだろう、――海賊を誅殺するのが先か、天竜人の救出が先か。海賊であればこう考えるだろう、――海兵を殺傷するのが先か、天竜人を避けるのが先か。もしくは海兵とも海賊ともまた違う思考を持つ者はこう思うのかもしれない、――愉快だ、と。

 混乱が走ってなお味方敵両者ともに攻防の手が一時たりとも止まないのは、流石としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 ではここで、シャルリアの現在地について振り返ってみよう。

 男と見間違わんばかりの恰好をしたウタの腕のなかであり、ウタは主人公と主人公の兄の横を並走している。ウタによって運ばれ続けるシャルリアの身柄は、モンキー・D・ルフィ及びポートガス・D・エースの付近――つまり、戦争の渦中真っ只中にあるのであった。

 

(ほんっと綺麗に嵌めてくれちゃって)

 

 もしもシャルリアを()()()救出する気があるのなら、天竜人の所在を明かすのは悪手に他ならない。

 神の末裔である世界貴族が、たとえ世界の嫌われ者であろうとも、絶対的な権力者であることは変わらない。エース(息子)救出のために絶対秩序(謂わば世界)を敵に回した白ひげが今さら天竜人を恐れるとは思わないが、わざわざ地雷を踏みに行く必要はない。が、そんなふうに割り切れない人間だって存在するわけだ。どさくさに紛れて天竜人をうっかり殺してしまった、なんてことが起こり得るのが戦場だ。そして海軍にとっての此度の戦争とは、海賊王の血筋(ポートガス・D・エース)の首さえ取ることが出来れば勝利なのである。バギーによる、という誤算はあれどこの戦争は世界に向けて現在進行形で放送されている。

 海軍が戦争に勝った場合、彼らは世論をこう持っていきたがるはずだ。放送を観た民衆に対して「これほどまでに犠牲を出した戦争」で「果敢に戦った海軍」が「悪逆非道の海賊に勝利した」のだからと意識付け、最後には「死者は尊き命」であり「必要な犠牲であった」と語るようになるだろう。()()()歴史を()るのは勝者の特権だ。都合の悪いことは全部敗者に責任転嫁して処理することができる。

 つまるところ、この戦場でシャルリアが死んでも海賊のせいにできる、ということ。

 

(生きてたら生きてたで良い。拉致被害者の救出、っていう輝かしいエピソードにできるもんねえ)

 

 これはいよいよ戻れなかった。

 さて、絶体絶命のシャルリアが海軍基地本部(マリンフォード)に身を躍らせる前に、ウタに最低限求めたのは全部でみっつ。

 

 ――ひとつ、エースとルフィの近くを駆けること。

 ――ふたつ、ルフィの関係者であると意識付けること。

 ――みっつ、海軍に対しては誘拐犯である態度を貫くこと。

 

 条件は無事全部満たされた。結果、放送伝電虫を使って戦場中への告知。この時点で、世界貴族上層部五老星からも父ミョスガルドからも連絡があったであろうセンゴク並びに三大将は、シャルリアの命を切り捨てることを選んだと推測される。

 

(無理もない)

 

 ここでエースを逃せば、向こう()()は確実に海賊の時代になる。その間に無辜の民の血がどれほど流れるだろう、平和や平等が守られていた国がどれほど怯える日々を過ごすだろう。海軍の掲げた正義という肩書きはあまりに、重い。

 

(私の()ひとつ、そして元帥の()がひとつ)

 

 推定二年の無法時代と、その二つ。天秤にかけるのだとすれば、()()()()海兵は後者を選ぶ。どうせセンゴクが元帥の座を辞するのは時間の問題であるのだし、そうとなれば余計に選択は後者に傾くというもの。

 

(でもね、それは白ひげだって同じなんだよ)

 

 世界政府に加盟することのできなかった島々のなか、白ひげの領海(シマ)となることで安寧をい得た国がある。海軍の手の届かない場所に手を伸ばしてきた実績は、今回の戦争で海軍が勝とうとも、美しい勝利になどさせないだろう。

 お互いがお互いに負けられない立場にある。立場が故に妥協点を見出すことができず、これ以上の犠牲を出さないために互いの首に剣を向け合っている。

 だが、シャルリアにはそんなことのために死ぬ気など朝露の粒ほどもないのである。

 

(でも話そうったって私じゃ耳も傾けてもらえないだろうから)

 

 なにせシャルリアは死んだ義兄弟の仇の血筋、傍若無人な一族の娘である。センゴクの放送が鳴り響いた後から、気付けばずっと射殺すような視線が肌に刺さってる。

 だから、仕掛け通りウタに代弁してもらう。

 

「ね、ポートガス・D・エース」

 

 かつて死ぬ寸前になってようやく欲しかった()()が理解できた、海賊王の子供に。

 父親を慕う息子に。愛を欲しがった子に。

 

「お父さんのこと、助けたくない?」

 

 現状最も心に刺さるであろう問いかけを、世界一美しい声が囁いた。

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