カワイイナインティ 作:匿名
かじかむ手をポケットに入れることで寒さをこらえながら、電車をスムーズに降りる。イヤホンから流れるどこか単調でありながらもリズミカルな曲を、脳内で反芻しながら帰り道を行く。時間も既に夕方で、それにしては暗すぎる世界に季節感を思い出す。
「やっぱハウスやってみようかな…細かく音とれるのうらやましいし」
肩に下げたバッグを片手に、歩道橋につながる階段を上っていく。
寒かったからか、感覚の薄い足が階段に差し掛かったとたんもつれ、地面に勢いよく倒れこむ。
「あぶな…」
けがこそしていないが、足のすねを階段の角にぶつけ、わずかに足が痛む。
その上、足元にはバッグから溢れてきた参考書及びノート類が散らばり、その光景につい眉を顰める。
「めんどくせ」
白くなったため息を観測しつつも、拾わなければ先には進めないので一つ一つ拾ってはバッグに入れなおしていく。
青年は、後ろから迫る誰かの存在に気づくことができていなかった。
「手伝います」
少し低い声が冷たい空気を通ってこちらに伝わる。それを女性の声であると認識しつつも、振り返ってみる。
短めの桃髪に、どこかボーイッシュな服装。背こそ低いが、ずいぶんと様になっている。
「ああ、ありがとうございます」
一瞬見とれつつも、口をついて感謝が出てくる。膝を曲げ、ノートを拾う様子は、自然と視線が誘導される。綺麗なまつ毛に、愛らしいたれ目。
「初星学園の生徒さんですか?」
ふと、勘で聞いてみた。所作や声の綺麗さなどから、どこかアイドルっぽさを感じたから。
「!そうですよ。よく分かりましたね」
「まあ、近所ですしね」
会話をはずめつつも、文房具や帽子などがバッグに戻っていく。
「この後、どこか行くんですか?」
さりげなく、自然に質問が彼女の口から出てくる。それを聞いて、良いことを思いついた。
「…折角なので、ついてきませんか?アイドルを目指すなら、少なからず学びがあると思いますよ」
「…?」
俺が立ち上がると共に、自然と彼女もついてくる。階段を登り、歩道橋を進む。
「貴女、お名前は?」
「あ、言ってませんでしたね。ボクは有村麻央、初星学園に通う三年生です」
「…同い年だ」
「タメ、ってやつだったね。ボクも敬語を外させてもらうよ」
どこか芝居じみたセリフを聞きつつ、有村さんのキャラクター性を理解する。歩道橋を降りると、目的の場所が見えてきた。
「今から、あそこの白星公園に行く。あの公園、夕方になると子供がいなくなるから、目的のイベントが開かれてるはず」
公園に入り、少し進む。そこには、少し開けた、まだ明るい広場のような場所があった。
30人程度の人が屯していて、全員が男性である。
僅かに不安を感じた麻央は、青年に聞き忘れた質問を投げる。
「君は、誰で、何者なんだ?」
バッグを地面に下ろし、中からキャップを取り出し、頭に被る。それに気づいた広場で騒ぐ男たちが、一気に声を上げる。
「ツバ君じゃん!!やっと来たよ〜!」
「え、ツバ君ってあの、化け物B-boyの!?」
「そーそー。この公園でよくやってんのよ。ネットで活動もしてねえしさ、激レアだよ?」
不思議な空気が出来上がるとともに浮かぶ、麻央自身の異物感。自分は誰についてきてしまったのかと、動揺が隠せない。
軽く準備運動をした青年は、振り返り、麻央に向かう。
「さっきの質問に答えるね。俺が何者かだっけ…」
「青海翼。しがないダンサーだよ」
夕陽が翼と名乗った青年の背中を照らし、逆光が自然と視線を呼び込む。圧倒される麻央を尻目に、向き直り、男たちが囲むことで出来上がった広めのダンスバトルリングに歩き始める。既に音楽は流れていて、対戦相手であろう相手もニット帽を弄っている。
「じゃ、行ってくるね」
「最初っからハイボルテージで行こうか」
ボク、有村麻央という人間は、そこまでダンスが得意ではない。得意ではないというより、歌や仕草に比べれば、という話だけれど。
学校で教わるアイドルらしいダンスしか知らないし、三年間勉強してきたにしてはそこまで専門用語も詳しくはない。
それでも理解できる。彼は、ダンスバトルに出ている人間で、しかも、有名なダンサーだということだ。
青海という名前に反して赤くくすんだような髪色に、黒いキャップがよく似合っている。童顔で背も高いとは言えないのに、振る舞いにカッコよさが詰まっていた。
加速すると共に、ジャンプした青海君。そのまま片手を地面について、一瞬斜めになった逆立ちのようなの体勢になると、音楽の一小説が終わるタイミングで、丁度足と肘を曲げてポーズを決める。
それに沸く観客を気にせず彼は体勢を崩し、足を動かしてブレイクダンスらしい動きをする。
専門用語を用いるのであれば、空中からエアチェアーに繋げ、崩してそのままトーマスに繋げる。最初から危険度と難易度共に異常なレベル。しかし、それを麻央は知らない。
(ウィンドミル、6歩でテキトーに繋いで、ノーマルチェアー)
(と見せかけてヘッドスピン!!)
大きく足が回り、地面についたかと思えばまた激しく動き、頭を床につけたかと思えば三点倒立の形になり、頭を起点にくるくるとその場で回り始める。
(何回転行くかなーっ!!数えてらんねーけど、とりまそろそろ…)
回転を両手で地面に手をつき止めようとしたかと思えば、
(ハンドスプリングで音ハメる!!)
そのまま地面を押し上げ、体が大きく空中に上がり、空中で頭と足が元の位置にひっくり返る。
そのまま着地しようと、軽く下を見て、
(ラストだ、普通に終わるわけが…)
空中で足を大きく真横に開脚、右手を顔に当て、ポーズを取る。
(ねーだろうがっ!!)
音楽が止まると共に、開脚した足がそのまま地面に落下する。ピッタリ音が合い、会場は異常な盛り上がりになる。
「…いや、それはやべーってお前!!ツバ君上手すぎるだろ!!」
対戦相手は顔に手を当て、脱帽とでも言わんかのようなポーズ。観客たちも、興奮がかなり高い。最初と最後を除けば、意外にオーソドックスなセットプレイではある。が、一つ一つの技術の完成度が異常であり、それを理解するダンサーたちは興奮が抑えられなかった。
「まさか締めがロッキンとはな、何でもありかよツバ君」
「着地するだけってのは芸がないからね。こんくらいやんなきゃ」
それから約15分ほど、青海翼は踊り、会場を後にすることにした。
「君、本当に何者なんだい?」
バッグのタオルを顔に当てながらクールダウンを行う翼に対し、麻央もまた興奮を抑えられなかった。まさか、ここまでのダンスバトルが見られるなんて。
「いや、だからただのダンサーだよ」
「にしては、ネットで名前が出過ぎだよ」
証拠を突きつけられるように、麻央にスマホを画面を見せられる。「青海翼」「ツバ君」で検索したようだ。
そこには、やむなく翼が名前を乗せたダンスバトルの優勝歴。ヒット数こそ少ないが、伝説のような扱われ方だ、と麻央は感じた。
「…まあ、趣味でダンスやってんのよ。それ以上でも、以下でもない」
「…あの」
「?」
何か、覚悟を決めたような顔をする麻央。しどろもどろになりながらも、言葉を紡ごうとする。
「…あー、えっと、」
「もしよければ」
「ボクにダンスを教えてくれないかな」
これは、有村麻央がカッコいいダンスを習得しようとして始まる、2人の恋愛劇。
「ところで麻央さん。翼くんとはいつになったら付き合うんですか?」
「!!#@!!#!@$#$@!?な、ナナナ、何を言ってるのかな、プロデューサーさん!?」
「何人かの生徒から「惚気が多い」って文句が来てまして」
「へぁ!?そ、そんな、そんなななつもりは」
「まあ実際、イケメンですしね、彼。ダンスもできて、頭もいい。優良物件なんですから、さっさと取らないと奪われますよ」
「う、ぐ、…それは、嫌です」
(…まあ、青海君の様子を見れば、そうならないことは明らかですが。にしたってコーヒーが甘すぎます)
同時に、その様子を見てラブコメのように楽しむ、その他大勢との物語でもある。
「まず筋トレやろうか」
鏡付きの小さなダンススタジオに入って早々、青海君はそう言った。完全にダンスをする気できていたボクは、思わず転けそうになる。
「…ダンスじゃないんだね」
「ああ、ダンスは教えるよ。でも、部屋とかで筋トレもやってもらおうかなって」
「なんだ、そういうことか。それなら言ってくれれば良かったじゃないか」
良かった。今日を筋トレで潰すわけじゃなくて、追加メニューか。…いや、良かったのかな。メニュー増えたけど。
「そういうわけで、メニュー送るからライン教えてね」
「了解です、先生」
そうしてラインを繋ぐと、徐に青海君がTシャツを捲った。そこに上裸があることを理解したため、咄嗟にボクは目を逸らした。
「俺がブレイキンの人だからってのもあるけど、頑張れば女性でも俺くらいには…って」
両手を青海君に翳し、お腹が見えないようにする。
「わーーーー!!わーー!!ボクは見てないからな!!」
「……見せてるんだけど。筋肉は裏切らないってことを証明するために…」
「とにかく!!隠して!!」
「しょーがないな…はい、戻したよ」
その言葉を聞いたボクは、安心して手を下げ、焦点を戻す。
…しかし、これは不覚だった。ボクは一番最初に見てしまった。青海君の見事に6つに割れた腹筋を。くそお。顔が熱い。
「…ともかく。ダンス練習をいくらしてもミスすることはあるけど、筋トレはやっただけ筋肉がつくからね。やり得ってわけ」
「はい…わかりました」
まだ始まってないというのに、随分と疲れてしまった。けれど、ここからは切り替えたい。
「まずなんだけど、カッコいいダンス、と言っても色々あるんだよ。というか、ダンスのジャンルでカッコよくないのはチアとかバレエとかくらいな物でね。他は大体かっこいいところがあるのさ」
「…ボクが学校で習ってるのは?」
「うーん…ヒップホップと、ポッピンに可愛い動きを加えたものが、アイドル系のほとんどだね。しかもそういうのも「ダンス系アイドル」がやるタイプのものだし」
続けて、
「もはや、「アイドル」という一つのジャンルと言えるかもね?」
「なるほど…でもボクは、カッコいいダンスがやりたいんだ」
「まあ、真っ当にカッコいいのは…」
青海君が立ち上がり、いくつか踊りを見せてくれる。確かに、どこかで見たことのある動きや、学校で習ったことのあるものもあった。
「今やったのがロッキン。アイドルでロッキン踊る人もいるくらいポピュラーだけど、明確にジャンルとして学ばないと技量が透けるジャンルでもあるね」
たしかに、
「あれ、でも青海君は、ブレイクダンスだったよね?」
「俺はブレイキンの血が流れてるけど、出てるバトルが大体オールジャンルだから。自然とブレイキン以外もある程度はできるようになったんだよね」
軽く頷くと、青海くんはさらにいくつかダンスを見せてくれる。
「今のが全然出来ないハウスで、」
「これがタット。ロボットダンスとかもこれに近いけど、タットダンス上手い人は渋い印象があるな」
「ジャズ。何でもありのイメージが強いね、分類できないダンスはジャズになりがちだから」
「アクロバット。正直かなり危ない。アイドルでやってる人はごく少数だと思う」
「で、ブレイキンってわけ」
確かにこう見ると、青海君はブレイキンが一番得意なのだろう、ということがよく分かった。動きの止め跳ねがしっかりしていて、やりこみを感じられた。
「メジャーなのはこれで大体抑えたはず。あとはワックとか、サルサとかもあるけど正直全然見ないね」
これからボクは、ジャンルを選ぶことになる訳だけれど…どれが正解なんだろうか。ブレイキンへの憧れはちょっとあるけど、ロッキンもやってみたいし…。
「どのジャンルもある程度出来るようにするルートか、一個のジャンルを極めるルートが無難だと思う。臨機応変に対応はするけど、どうしたい?」
「悩むな…」
「まあ、今日はどっちにしろ出来ることを確認する日になるだろうし、一旦持ち帰って友達に相談するとかでもいいんじゃない?」
「…そうさせてもらうよ。幸いボクにはプロデューサーもいることだし、助言に従おうかな」
その言葉を聞いた青海君が、首を傾げる。
「プロデューサー、っつうのは俺の想像するやつで合ってるの?」
折角なので軽く初星学園のプロデューサー制度について話してみた。アイドルを目指す生徒と、それを補助する役回りのプロデューサー。彼らが一蓮托生となってこそアイドル業が成立するのだ。
「その人って、練習メニューとかも把握してたりする?」
「そうなるかな」
「会わせて。流石に知らず知らずのうちにメニュー増やすわけにはいかないわ、他のトレーニングもあるだろうし」
確かに一理ある。プロデューサーはボクの調子を鑑みて逐一メニューを更新しているわけで、連絡もなくメニューが増えては困るだろう。
その時は思いもしなかった。まさかこんな、気まずいことになるなんて。
「有村さんがカッコいいを目指したいって言ってるんだからそれを尊重すべきじゃありませんか」
「いいアイドルを目指すならカワイイも味方につけなければいけないんですよ、青海君」
ファミレスの席で対立するように火花を散らせる二人。ボクは、どうしたらいいんだ。
ダンス描写難しすぎませんか。一応筆者が経験者なのもあって妥当なセットプレイを組めているとは思うんですが、如何せん出来ない技も登場させざるを得ないので、難しい…。ゆっくり書いているので次回は遅くなるかもしれません。あと筆者の育成が追い付いてません。
ところで初期有村麻央って最高では?
青海翼:受験生のくせにダンスバトルに明け暮れる高校三年生。ダンスは趣味であり、仕事にする気はないのでどうにか受験と両立させている。が、そもそも頭がいいので当人も「どうにかなるやろ」と思っている。
有村麻央:今度はブレイキンを嗜むことになるかもしれない人。まだ「かわいい」への躊躇いがある。