乙女たちの戦記~艦魂~(架空戦記)   作:高島智明

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釣堀を持っていた空母

その船「あるぜんちな丸」と姉妹船「ぶら志゛(じ)る丸」は、日本海運界が昭和戦前に持った豪華客船だった。

その名が示す通り、日本と南米を結ぶ国際航路に活躍することが期待されていた。

 

「あるぜんちな丸」のエピソードとして、この船が「釣堀」を持っていた、ということが上げられる。

国際航路に就く豪華客船の例に漏れず甲板上にプールを持っていたが、当時の日本人乗客には態々(わざわざ)海に囲まれた船上でプールに入って泳ぐ、という習慣に馴染めなかったのだろうか、プールに魚を放って乗客に釣らせた処、好評を受けたのだった。

 

その名の通り、南米アルゼンチンを経由する世界1周航路に就役した「あるぜんちな丸」だったが、第2次大戦勃発後の国際情勢は、遠洋航海を困難にした。

「あるぜんちな丸」も南米航路から撤退して、満州までのより日本本土に近い航路に就くことに成ったのだった………。

 

……。

 

…そして大日本帝国は、アメリカ合衆国を含む連合国と開戦する。

これに伴い「あるぜんちな丸」と「ぶら志゛る丸」姉妹も軍に徴用され、兵員輸送等にあたることに成る。

 

例えば、ミッドウェー攻略にあたって、上陸部隊を輸送した。

その後も、軍とともに輸送任務に就き続けた………。

 

……。

 

…その間も、戦争は激しく成っていく。

遂に「ぶら志゛る丸」はアメリカ潜水艦の攻撃で失われ、残った「あるぜんちな丸」は航空母艦「海鷹」に改造された。

主力艦の不足を補うべく、少なくない水上機母艦、潜水母艦そして大型客船が空母に改造された。

尤も、商船船体の護送空母を数10隻も量産してみせたアメリカ合衆国の工業力には及ばなかったが。

 

主力艦と成る正規空母「エセックス」クラスすら量産して対日戦争に於ける決勝兵器としたアメリカ合衆国に対して、遂に大日本帝国は「負け逃げ」を選択することに成る。

日米戦争は終わった………。

 

……。

 

…停戦条件の1つとして、改造空母は空母では無くなり、元の艦船に再改造されることに成った。

「海鷹」も「あるぜんちな丸」に戻った。

そして、平和に成った海で、再び乗客を運ぶ航路に就くかと思えたが…

 

ソ連軍が満州に侵攻し、今度は日ソ戦争が始まった。

 

「あるぜんちな丸」は、今度はチャーター契約船として日本本土と満州を結ぶ航路に就くことに成る。

それは奇しくも、南米航路から撤収して後、徴用されるまで就いた航路だった………。

 

……。

 

…そうした航海の日々の中の或る日。

 

若い船員が、交代と休憩の為に甲板上に出ていた。

その時、彼は甲板上のプールの側に”彼女”の姿を見付けた。

この船の高級船員と同じ服装の、若い乙女の姿をした”彼女”が、プールに釣り糸を垂れていた。

そう、彼には見えていた。

この船に宿る心と命が、乙女の姿をとった其の姿が。

 

「姫さん、どうした」

人は豪華客船を「海上のプリンセス」とも言う。

その呼び掛けに「あるぜんちな丸」(船魂)は、釣りの手を休めぬまま答えた。

「私は「あるぜんちな丸」なのに、もうずっとアルゼンチンになんか行っていない」

そう答える「あるぜんちな丸」(船魂)の瞳には、光るものが見えた気がした。

「あるぜんちな丸」が南米航路から撤退して、もう何年もが経っていた。

 

船名にも期待されていた筈の本来の航路から外され、戦争に駆り出され、妹を失い、空母として戦わされ、そして現在また戦争の為に兵士を運んでいる。

行きはまだ好い。

帰りの航海では、本土に送還される負傷兵などが乗船していた。

どうしても、身体の1部を欠損した「お客様」を運んでいた。

 

そんな自分の船歴を思い返して、何かを思ったのだろう。

「あるぜんちな丸」(船魂)は只、魚も居ないプールに釣り糸を垂らしていた………。

 

……。

 

…対ソ戦争も遂に終わり「あるぜんちな丸」も南米航路に復帰する日が来た。

 

その復帰最初の航海、目的地であるアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへの入港を祝って、船内に赤飯が振る舞われた。

あの若い船員が「あるぜんちな丸」(船魂)にも赤飯を振る舞おうと、プールの側を探していた。

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