乙女たちの戦記~艦魂~(架空戦記)   作:高島智明

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『旧作』の執筆当時では、テレビ小説『ゲゲゲの女房』の放送より時が遠くなく、水木しげる先生も健在でした。
改めまして、水木先生を讃えます。


さらばモレスビー

後年のパプアニューギニア独立国の首都ポートモレスビー、第2次大戦当時でもニューギニア島の最重要都市だった此の珊瑚海に臨む要港都市を、日本軍はミッドウェー攻略に先立って攻略する予定だった。

だがしかし、ミッドウェー作戦と順番が入れ替えられ、そしてミッドウェー海戦で空母機動部隊に小さからぬ損害を受けたことで延期されていた。

それが、ガダルカナル島の奪回と、それに付随する海戦でアメリカ海軍に少なからぬ打撃を与えたことで、モレスビー攻略が再開されることに成ったのである。

 

だがしかし此の侵攻作戦は、直ぐに困難に直面することに成る。

 

ソロモン諸島沖の海戦でアメリカ空母の撃滅には成功したものの、ミッドウェー海戦の大損害からまだまだ再建途中の空母機動部隊を、オーストラリア本土からの空軍機による爆撃下に進出させることは躊躇(ためら)われた。

その為、先行した攻略部隊こそモレスビー近郊への上陸には成功したものの、後続すべき補給船団は敵空軍の反跳爆撃(スキップボミング)に因って阻止された。

 

ならばと、陸路からの連絡を試みようにも、日本軍が何とか確保したニューギニア北部とモレスビーのある南部との間は、密林と4000m級の山脈に遮られていた。

こうして、モレスビー攻略部隊は完全に孤立したのである。

 

その攻略部隊の中に1人の兵士が居た。

戦後、漫画家「水木しげる」として世に出る、だがしかし現在は無名の1兵士に過ぎない若者である………。

 

……。

 

…1943年の夏。

既に日本軍は攻勢終末点に達し、あるいは其れを越えていた。

もはや攻勢どころか、来るべきアメリカ軍を始めとする連合国軍の反攻に備え、如何に守勢をとるべきかを考えさせられる段階に入っていることが、次第に明らかに成っていた。

そのため日本軍は「絶対国防圏」を設定し、これを死守すべく、攻勢によって広がり過ぎた前線の整理を決断する時を迎えていた。

 

ミッドウェー島からも、連動して攻略したアリューシャン群島からも守備軍が撤収させられた。

こうした整理に因って、幾分なりとも余裕の出来た戦力は、連合国軍の反攻に備える中部から南の太平洋へと転進させられた。

その中に、第1水雷戦隊が在った………。

 

……。

 

…戦線の整理を進める日本軍では「進み過ぎた」形に成り、突出しているモレスビー攻略部隊も撤収すべきとの議論が起こったが、だがしかしモレスビーへの進路である珊瑚海は連合国空軍の制圧下だった。

この敵制圧下の海を往復して、味方を撤収させる困難な任務に於いて、1人の提督に白羽の矢が立てられた。

 

モレスビー攻略部隊への補給船団を護送中に負傷し、その傷が癒(い)えたばかりの海軍少将木村昌福である。

学校での成績席次こそ低いが、陸上勤務よりも艦隊勤務に鍛えらえた「海将」であり、開戦後は実戦部隊で経験を積んできていた。

木村は退院と前後して、第1水雷戦隊司令官として旗艦「阿武隈」に着任した………。

 

……。

 

…珊瑚海が雨季を迎える時を待って、第1水雷戦隊の軽巡洋艦2隻、臨時の増援を含めた駆逐艦10隻の合計12隻の撤収部隊は進発した。

レーダー技術で連合国軍に後れを取る日本軍としては、撤収作戦の頼みは「スコール」と呼ばれる熱帯の雲と雨だった。

 

だがしかし、モレスビー攻略部隊との合流予定地点を遥かに前にして「スコール」どころか、青天白日としか言いようの無い晴天の下に撤収部隊は姿を晒した。

それでも、指揮下各艦の艦長は次々に、

「突入されたし」

との意見具申を送ってきたが…

 

「帰ろう」

木村は決断した。

「帰ろう、帰ればまた来られるから」

そう部下たちを諭して、木村は撤収部隊を反転させた………。

 

……。

 

…泊地に戻った第1水雷戦隊には、

「臆病者」

と言わんばかりの非難まで浴びせられたが、木村は沈黙して好機を待ち続けた………。

 

……。

 

…やがて、再度の進発。

 

「スコール」から「スコール」をぬって隠れながら、ニューギニア島に近づく撤収部隊。

座礁を心配する部下に、木村は言い放った。

「沖へ出たら、敵さんのレーダーに捕まるぞ。もっと陸に寄れ、もっと寄れ」

艦隊はまるで綱渡りの様に、海岸スレスレを1列に成って進んだ。

それでも事故が起きなかったのは、木村司令以下、操艦の腕を存分に発揮したからだろう。

「グズ髭も時に変じてムチャ髭に成る」

後には、そうとも言われた。

 

先頭を進む「阿武隈」(艦魂)は綱渡りの綱を辿る様に、緊張しながら進んでいた。

その後方に11隻の部下たちが、1列に成って続いていた………。

 

……。

 

…ニューギニア島南部の、とある海岸の波辺。

集合し整列する部隊の前に、直前までの「スコール」が晴れ上がった沖合から、1隻また1隻と艦隊が現れた。

「乗船、急げ!」

エンジンを暖めていた「大発」(日本軍の開発した上陸用舟艇)に次々に兵士たちが駆け込み、そして海岸を離れて沖合の艦隊へと1斉に向かっていく。

遂に待ち望んでいた帰還の時が来たのだ………。

 

……。

 

…1人の参謀が、人気の少なくなった砂浜から、奥の密林へとメガホンを口元に当てて呼び掛けていた。

「誰か居ないか!残っている者は居ないか!」

 

その声に誘われたかの様に、1人の兵士がヨロヨロと密林から出てきた。

足元は覚束無(おぼつかな)く、そして左腕は…失われていた。

その隻腕の兵士は覚束無い足取りを止めると、砂浜に崩れ落ちるかに見えた。

 

参謀は駆け寄ると、あえて乱暴にも見える様に引き起こし、喝(かつ)を入れるかの様に呼び掛けた。

「見ろ!艦隊が迎えに来てくれたぞ。

日本に帰りたいなら、貴様を待ってくれている人が居るなら立て!歩け!」

隻腕の兵士は、ヨロヨロとしながらも立ち上がり、再び海岸に向かって歩き出した。

 

彼の眼には、海軍の軍服姿の乙女たちが1列に成って並んでいるかの様に見えていた。

それは旗艦「阿武隈」を先頭にした「艦魂」たちだと彼は知っただろうか。

ニューギニアの密林で遭遇した精霊に次ぐ、後の妖怪漫画家の体験だった。

そして更に彼には、会ったことの無い筈の、しかし何故か懐かしい感じのする背のすらりとした女性が手招きしている様にも思えた………。

 

……。

 

…これが指揮官先頭とばかりに最後まで残っていた司令部たちを乗せた最後の「大発」が海岸を離れ「阿武隈」に接舷した。

「収容、完了しました」

先任参謀から報告を受けた司令官は命令した。

「よし、帰ろう」

 

かくてモレスビー攻略部隊を収容した撤収部隊は、1路、拠点へと………。

 

……。

 

…その後に日本軍が居る筈の陣地を攻撃するべく進軍してきた連合軍は、散々猛攻撃を加えた末、そこには1兵の日本軍も居ないと知った。




映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』はDVDを持っています。
作中の司令官のセリフにはCV:三船敏郎での幻聴が聞こえたりしました。
また「キスカマーチ」のBGMも聞こえました。
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