乙女たちの戦記~艦魂~(架空戦記)   作:高島智明

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この短編は、高木彬光氏の長編小説『帝国の死角』からインスパイアを受けました。


天皇の密使

日本海軍大佐である鈴木高徳は、第2次世界大戦(World War II)の勃発から遡(さかのぼ)ること数ヶ月前、とある秘密任務の為にヨーロッパに派遣されていた。

この任務にあたり、大蔵省と外務省から出向してきた2人の同志と共にだった。

 

その任務とは、重要軍需物資である白金その他の買い付けである。

何故、秘密任務と成ったかといえば、調達する物資の重要性のみならず、スイス銀行に密かに預金されていた天皇の秘密預金からの流用が認められていた為であった。

いわば「天皇の密使」ともいうべき秘密任務だったのである。

 

だがしかし、ヨーロッパに同志3人が到着し、買い付け任務を開始した矢先にWWIIが勃発した。

単身なら兎も角(ともかく)貨車数台分の貴金属や重金属を抱えての帰国など問題外の事態に直面し、それでも数少ない協力者と共に買い付けた物資をスイスやスウェーデン等の中立国に隠匿しながら、戦線の拡大を見守る月日を送った………。

 

……。

 

…戦況がナチスドイツの攻勢から、連合国の反攻に転ずる頃。

高徳と協力者たちは、イタリアでのファシスト政権の失脚と連合国への降伏そして要人のスイスへの亡命に伴って起こった貴金属の1時的な相場暴落に乗じて、密かに白金を買い付けていた。

 

その高徳たちの前に、現れた人物がいた。

海軍次官当時、高徳に直接この任務を伝達した当の人、山本五十六である。

 

だがしかし、山本は連合艦隊司令長官として武勲に輝き、その後に心労から倒れて其の任を後任者に譲ったはずでは無かったか。

実の処、山本は療養から立ち直るなり、ヨーロッパへと潜入していたのである。

 

元々、山本が強引に(司令長官の職責を逸脱したとも脅迫まがいともいえる程に)早期決戦に邁進してきたのは、国力的に最終的な勝ち目など無い対米戦争を早期に解決する為だった。

その戦略が破綻した後、山本が決意したのは、余りにも高く成った(本人すれば虚名)連合国側からすれば悪名ともいえる、自らの名を利用してでも戦争の解決を図ることだった。

 

その為、病後の身体を引きずりながらも、先ずはナチスドイツを始めとする枢軸国とは交戦中ながら日本とは中立条約が未だ有効だったソヴィエト連邦に潜入したのである。

そして、ソ連とドイツの仲介を申し出たのだ。

 

この工作は、取り敢えずは成功した。

ソ連のヨシフ・スターリンとナチスドイツのアドルフ・ヒトラー、それぞれの独裁者の間に後年いう処の「ホットライン」が引かれたのだ。

こう成ると、お互い独裁国家同士であるだけに、トップ同士の駆け引きで解決の道が見えそうだった。

 

こうして独ソ両国に恩を売った形に成った山本は、今度は其のソ連の仲介で、日本と連合国との戦争解決に動こうとしていた。

その為には、アメリカ合衆国に自ら潜入することすら考えていたのである。

 

「危険です。それでは閣下の身が」

高徳で無くとも、そう言うだろう。

真珠湾からミッドウェーそしてソロモンと、山本の名は(アメリカ側にすれば悪名は)余りにも高く成っていた。

「だからこそ、私が行くことに意味があるのだよ」

自分の身の危険などは、とっくに超越しているかのような山本だった。

これでは、もう高徳にも止められない。

 

「それよりも、君と君の協力者たちに頼みたいことがあるんだ」

ソ連から未だ両軍が対峙中の独ソ戦線を避けて中立国から中立国へと迂回しながら、山本がここまでやってきたのは、独ソ仲介工作をドイツ側で補完する他にも、この為だった様だ。

 

現在、日本はドイツとは同じ枢軸国の同盟国として、連合国と戦っている。

特にアメリカとの戦争は、日本がドイツを巻き込んだ形に成っている。

それなのに今更、日米戦争を停戦などに持ち込めば、ドイツ側からすれば裏切りと怒るかも知れない。

 

「だから、ドイツ国内やドイツの占領下に居る日本人を中立国などに逃がす下準備をして欲しい」

確かに、そうした任務に密かに就く者も必要だろう。

「了解しました」

「それに、例の荷物もな」

高徳本来の秘密任務のことだった………。

 

……。

 

…日米戦争は、日本の「負け逃げ」の形で終わった。

この停戦の情報に接して、ナチスドイツの指導陣の中には、

「裏切りだ」

と怒り、ヨーロッパに在留する日本人を拘束するべきだ、と主張する者も居たが、既に其の多くは中立国に逃げ込んでいた。

そのことに更に怒る者も居たが、何故か彼らの頂点に立つ独裁者は怒りを表に出さなかった。

実は、彼ともう1人の独裁者との「ホットライン」では”かつて”の同盟国日本を”売る”密約が既に出来ていたとは、例えば鈴木高徳などには思いもつかなかった………。

 

……。

 

…連合国とナチスドイツとの戦争は、西ヨーロッパの解放まで続いた。

更に東アジアでは日ソ戦争が起こった。

それらの戦争も、遂には終結しWWIIも、とうとう終わった。

 

そして、何とか平和の戻ってきた国際航路に於いて、少将に昇進していた高徳たちは秘蔵してきた物資を載せる船便をチャーターすることが出来た。

日米開戦前からの連合国に因る貿易封鎖は解除されているが、戦後復興の只中にある祖国には貴重な物資だった。

 

高徳は、ヨーロッパでの数年間を共に過ごした恋人と彼女との間に儲けた2人の幼い兄妹と、別れを惜しんでいた。

「天皇の密使」その秘密任務は、数年間を経て達成されようとしていた。

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