1991年1月17日。
中東ペルシャ湾を「旭日旗」を掲げた艦隊が進軍していた。
隣国クウェートに侵攻したイラクに対して派遣された多国籍軍に、大日本帝国海軍から参加した艦隊だった。
主力と成る大型艦は、実戦参加成ったばかりの「ポセイドン」級航空母艦「瑞鶴」「飛竜」そしてイージスシステム艦に改装された「大和」型戦艦「武蔵」である。
イラク軍に対する第1時攻撃隊の発進準備が進む空母「瑞鶴」の艦上に、誰ぞ知ることが出来ただろうか、乙女の姿があった。
この艦に宿る心と命が形をとった姿「瑞鶴」(艦魂)だった。
その「瑞鶴」(艦魂)の軍服には、喪章が付けられていた。
ペルシャ湾に向けて日本本土を出港する直前「瑞鶴」(艦魂)とは縁のある人物の訃報が届いていたのである。
退役「元」提督、大神一郎。
かつて「瑞鶴」(初代)艦長として日米戦争を「瑞鶴」(2代)を旗艦とする第1航空戦隊司令官として日ソ戦争を戦い抜いた。
だがしかし、それだけでは無い。
彼には或る「力」があり、その「力」に因って「瑞鶴」(艦魂)と交流出来た。
そして、只「名」を受け継いだだけでは無い。
「名」の持つ言霊に導かれて「瑞鶴」「飛竜」の艦魂は、その「名」が名づけられるごとに生まれ変わってきた。
そう、彼女たちは何度生まれ変わっても「鶴竜コンビ」とも呼ばれた”あの”「瑞鶴」「飛竜」だった。
「ポセイドン」計画とも呼ばれた建艦計画に因って、3度生まれ変わった「瑞鶴」「飛竜」の命名にかつての「瑞鶴」の関係者代表として招かれたのが、大神一郎と「瑞鶴」(艦魂)との最後の邂逅と成った。
1903年生まれの大神にとって、1990年まで生きたのは人間としては天寿を全うしたと言えるだろう。
そして多くの艦船は、それよりも短い生涯を終えることが多い。
だがしかし「瑞鶴」「飛竜」は3度生まれ変わり、大神一郎の生涯を見届けた………。
……。
…1980年代の日本海軍の主力戦闘機F14Jと1つ前の主力でもあるF4J改支援戦闘機が「瑞鶴」「飛竜」のカタパルトから次々と打ち出されていく。
F14Jは其の積もりに成れば国産の空対艦ミサイル6本を搭載出来るが、今回は地上への空爆の為、制空隊は空対空ミサイルを、爆撃隊は対地上爆弾を搭載していた。
サウジアラビアの基地からも、空中管制機E767の誘導下に帝国空軍のF15J戦闘機とF4J改が発進していた。
アメリカ軍のオリジナルと日本のライセンス生産機との相違点と言えば、四方を海に囲まれた日本列島の守備隊としてF4J、F14J、F15Jと国産対艦ミサイルの搭載能力を持っていた。
だがしかし、イラン海軍などは多国籍軍の前では無力に等しく、この能力は取り敢えず無用と成りそうだった。
イージス戦艦「武蔵」でもVLSの蓋が開き、トマホーク巡航ミサイルが撃ち出された。
未だ、その46cm主砲の出番は此れからの様だった………。
……。
…イラク軍占領下のクウェート海岸を「武蔵」とアメリカ戦艦「ウィスコンシン」の艦砲射撃が撃つ。
それは、あたかも”ここ”から多国籍軍が上陸しようとしている、その事前援護かとも思えた。
だがしかし、多国籍軍を率いるノーマン・シュワルツコフ米陸軍大将の狙いは、クウェート領内に展開するイラク軍の後背をサウジ領内から電撃的に急襲する「左フック」だった。
”この”艦砲射撃は、真の目的から敵の眼を逸らす陽動ともいう意味を持っていた。
ここまで海岸に接近されながら、イラク海軍は無力だった。
それでも油断なく、水中から密かにそして沈黙のうちに監視する者たちがいた。
その中の1隻が日本海軍の原子力潜水艦「黒潮」だった。
アメリカ海軍の「ロサンゼルス」クラス攻撃型原潜を手本に建造された哨戒型原潜の1隻である。
その艦に宿る「黒潮」(艦魂)は、日本の艦魂としてはアジア系と異なる容姿をしていた。
実をいうと「黒潮」(艦魂)の「前世」は「ガトー」クラス潜水艦「ミンゴ」である。
日米停戦の条件の1つ「アメリカ製兵器の日本市場への解放」に因って、アメリカ海軍から日本海軍に売却され「伊号600」潜水艦と呼ばれた。
その後、潜水艦にも駆逐艦に準じた命名基準が適用される様に成ると、日米戦争中に戦没した「陽炎」型駆逐艦の艦名を受け継いだ。
そして、艦齢を全うした後に生まれ変わっていたのだった。
その「黒潮」を含む原潜たちの監視は、遂に監視に終わった。
そして、多国籍軍艦隊はペルシャ湾の海上から陸上を叩き続け、そして遂に「シュワルツコフの左フック」がイラク軍を追い詰めた………。
……。
…21世紀が明けて2003年のイラク戦争には、日本軍は最初からは参加せず、戦後の平和維持活動からの参加と成った。
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