「戦車前へ(パンツァー・フォー)」はWWII時代のドイツ陸軍戦車部隊に始まる掛け声である。
WWII後、アメリカ文化の影響もあってナチスドイツが悪役扱いされた戦後日本に於いても、1般にも定着した。
1つには、某アニメの影響もあるともされる。
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およそ、人間が発明し使用する道具には、その使用目的に合わせた機能が存在する。
その為、目的別の道具が存在するのだ。
もしも、大工道具の箱の中の道具が種類の多いと文句を言う若い大工が居たら、かつての時代ならば師匠に殴られていただろう。
戦車、という機械も例外では無い。
戦車という機械の目的とは、戦場で生き残ること、敵に勝つことである。
その為に、攻撃力、防御力、機動力などが要求される。
特にWWIIが始まって以降、戦車対戦車の戦いが当然の様に成り、敵戦車の攻撃に耐える防御力と敵戦車を撃破出来る攻撃力が、矛盾の故事そのままに要求された。
さらに言えば、この2つのみを追及して機動力を犠牲にすれば、戦術的、戦略的に重荷に成りかねない。
全てのバランスが求められた。
こうしてMBT(主力戦車)という概念が生まれ、WWII以後の戦車が開発される頃にはMBTで無い戦車は淘汰される様に成った。
MBTの原点と成ったのは、WWII時代の中戦車である。
ナチスドイツのIV号戦車やV号戦車パンター、ソビエト連邦のT-34、アメリカ合衆国のM4中戦車シャーマン等が其の代表だろう。
帝国陸軍も対米戦争中はM4に負けていたが、対米停戦後は停戦条件の1つ「アメリカ製兵器の日本市場への開放」に従ってM4を購入し、4式戦闘戦車と名付けて日ソ戦争でソ連軍のT-34に対抗させた。
従来の日本戦車などでは到底勝てないT-34だったが、4式戦闘戦車は互角以上に戦うことが出来た。
IS(ヨシフ・スターリン)重戦車は強敵だったが、少数であり、数量上の主力であるT-34に負けない戦車を持っていることは重要だった………。
……。
…WWIIが終結して、冷戦の時代が来た。
各国陸軍は、この新たなる対立の時代に敵戦車に勝てる戦車を求めて、MBTの開発を進めた。
帝国陸軍も、4式戦闘戦車の後継を求めた。
MBT第1世代こそ、アメリカ製のM48パットン戦車を購入していたが、1960年代に至って各国MBTに追いつく60式戦車の国産化に成功した。
ちなみに、ほぼ同時に部隊配備されたアメリカ陸軍のM60パットン戦車に匹敵する戦車だと評価された。
その後、アメリカ陸軍は開発費の削減問題などから同盟国との次期戦車の共同開発を意図したが、挫折した。
この失敗の原因は、日本側との開発要求の擦り合わせが上手くいかなかった為とも限らない。
確かに、帝国陸軍は日本本土の地勢に合う戦車を求めたが、アメリカ陸軍とて世界中に展開する軍の為の戦車を求めていたのだ。
失敗の大きな原因は、余りにも最新の技術を詰め込み過ぎ、それが未成熟だったことにも在った。
この開発失敗の後、日米両陸軍は、新たに新世代の戦車の開発を始めた。
旋回の失敗の教訓を取り入れて、軽戦車に近いものから重戦車に近いものまで、様々な試案が提出され検討された後に、将来の発展余地を大きく持った試作戦車が採用された。
ドイツ第4帝国のX号カイザーティーガー(ティーガーⅣ)戦車やソ連のT-72戦車に勝つことが出来、そして其れらの将来の後継戦車に対抗出来る戦車が求められた。
そして、それは成功した。
完成したM1エイブラムス戦車、日本でのライセンス生産名1式戦車は、その後に改良を重ねて文字通りの最強戦車へと成長して行った。
湾岸戦争に於いて、多国籍軍の発表を信じるならば、イラク軍のT-72戦車を1方的と言うべきキルレシオ(撃破対被撃破比率)で撃破したのだった………。
……。
…その後、帝国陸軍は新たな戦車の開発を始めた。
成程、1式は最強とも言うべき戦車だったが、日本本土の地勢や交通インフラに適合しているとは、確かに言い切れなかった。
更には冷戦崩壊の結果、ソ連軍が大挙、樺太や千島に侵攻して来る、と言った想定は薄れた。
そして其れよりも、都市内部などでのゲリラコマンドへの対応や、全国的な戦略機動が求められた。
また、日本本土の地勢や交通インフラに対応しての全国展開や将来の情報戦に対応出来る情報共有および指揮統制能力の付加が求められた。
こうした要求に応えて、21世紀が明けて後、新戦車が開発された。
完成した新戦車は、主砲の口径こそ1式と同じ120mmだが、新開発のより高性能の砲とより進化したFCS(射撃統制システム)を備えて、最高速度での走行射撃でも必中を実現した。
全体で12%の軽量化を実現しながら、進化した装甲に因ってむしろ防御力も増した。
何より、軽量化に因って日本の交通インフラに対応した戦略機動性を得た。
そして、C4Iシステムに因って、総合戦闘力を進化させていた。
これらの性能を備えた新戦車に対して、兵器である以上は実戦での証明が必要との異論もありはする。
だがしかし2026年現在、幸か不幸か、その機会は訪れていない。