乙女たちの戦記~艦魂~(架空戦記)   作:高島智明

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大神一郎の戦記


大神一郎という海軍軍人の経歴には、秘密が存在する。

海軍と劇場を行ったり来たりしている割には、昇進が速い。

卒業年次で言えば、10年程の先輩に追いついているのだ。

成程、彼は主席卒業ではあったが。

それが「実戦」における実績に因るものだとは、知る人ぞ知る秘密であった。

 

その日も、大帝国劇場の支配人室で大神が受け取った辞令には、海軍への復帰命令と共に海軍大佐への昇進と新たな職務が記されていた。

「軍艦「瑞鶴」擬装員長を命ず」

 

ここでの「擬装」とは、造船工事に於いて進水後、完成引き渡しまでの工事を言う。

この段階から、完成後の乗組員候補者をユーザー側から送り込み、造船側と協力させて艦船を完成させるのだ。

したがって、擬装員長とは、完成後の初代艦長を意味した。

 

速やかに大神は、妻でもある副支配人に大帝国劇場での業務を引き継ぎ、川崎造船所の存在する神戸市へと向かった………。

 

……。

 

…神戸市、川崎造船所の擬装岸壁。

着任した大神は、次第に形を成しつつある航空母艦の甲板上に立っていた。

その大神の視界内に、1人の乙女の姿が映った。

大神と似た軍服姿の様な、そして大神には何処かデジャヴのある乙女。

(さくら?それとも桜花?帝都に居る筈なのに)

だが、疑問は1舜だった。大神の持つ「霊力」が乙女の「正体」を教えてくれた。

「君は「瑞鶴」だね」

大神が指揮することに成る艦に宿る命と心が形を取った姿だった………。

 

……。

 

…1941年某日。

空母「瑞鶴」の全力発揮試験が行われた。

「女誑(たら)し」

試験中に副長が艦長にかける言葉としては、不穏当かも知れない。

 

だが副長、加山雄一海軍中佐の言う通りだった。

この艦長は、自分の指揮する「ふね」を、既に誑し込んでいたのである。

その為かどうか「瑞鶴」は既に、設計上の最高速度を超える性能を発揮していた………。

 

……。

 

…1942年5月末。

ミッドウェー海戦から、連合艦隊が帰還して来た。

しかし、凱旋とは言い難かった。

「瑞鶴」の姉を含む空母4隻が未帰還だった。

 

それでも、戦争は続く。

「瑞鶴」は同じく生き残った「飛竜」と共に、新たな機動部隊の主力を担うことに成り、旗艦と運命を共にした南雲忠一長官に代わった山口多聞新中将が乗艦してきた。

 

大神は引き続き「瑞鶴」の指揮を取るとともに、旗艦艦長として山口長官の幕僚の1人を務めることに成る………。

 

……。

 

…ソロモン諸島沖を戦場とした日米空母の決戦の結果、日本海軍の「瑞鶴」「飛竜」は生き残り、アメリカ海軍が開戦時に保有していた6隻の空母は撃滅された。

 

だがしかしアメリカ合衆国の工業力は、対日戦争の決勝兵器というべき「エセックス」クラス空母の大量生産を始めていた………。

 

……。

 

…1944年6月。

日本列島東方の太平洋で戦われた日米最後の決戦は、アメリカ合衆国そして「エセックス」クラス空母機動艦隊の実力を、日本国内の主戦派の頭に冷水を浴びせる程に見せ付けた。

 

8月。遂に戦争は終わった。

大日本帝国は「負け逃げ」の形で、対米戦争を終えた。

 

講和条件の1つとして、幾つかの兵器の引き渡しが要求された。

その中に、空母「瑞鶴」「飛竜」が入っていた。

確かに、長く連合艦隊の象徴だった戦艦「長門」や其れに取って代わった「大和」「武蔵」以上に名を轟かし(アメリカ側からすれば悪名とも言えたが)そんな「幸運の瑞鶴」「武運の飛竜」だからこそ、逆説的ながら其の価値があるといえた。

 

これに対し、日本側の代表に成っていた山本五十六は「エセックス」クラスとの等価交換ならば、と条件を付けた。

 

アメリカ側に引き渡された「瑞鶴」「飛竜」は、自沈処分とされ「ふね」として、そして艦魂としての生涯を終えた………。

 

……。

 

…筈だった。

 

アメリカ合衆国東海岸の、とある海軍工廠。

2隻の軍艦が、進水式を迎えていた。

対日停戦により1度はキャンセルさせられかけたが、今度は同盟国と成った日本海軍への引き渡しの為に工事続行と成った「エセックス」クラス空母の2隻である。

 

日米折衷の式次第が進み「瑞鶴」に「飛竜」と命名されたとき、参列者の中で「力」を持つものは気付いた。

甲板上に光の粒子が集まり、乙女の姿を取った。

海軍少将、第1航空戦隊司令に昇進し、この2隻の指揮を取る立場から参列していた大神一郎にはデジャヴのある乙女たちだった。

 

そう「艦名」という「言霊」に込めた思いに導かれ”あの”「瑞鶴」「飛竜」が還って来たのだった………。

 

……。

 

…1945年8月8日。

大神司令は、日本に回航された、生まれ変わった「瑞鶴」「飛竜」と護衛の駆逐艦数隻を指揮して訓練に励んていた。

 

彼が艦橋から見守る甲板上の搭載機は、1新されていた。

 

艦上爆撃機と艦上攻撃機は、急降下爆撃も雷撃も出来る高速艦攻「流星」に統合されていた。

「流星」の量産は、搭載エンジンの問題もあって難航したこともあった。

「誉」エンジンは「奇跡のエンジン」と呼ばれる程に小型化と高出力に成功したエンジンとされていたが、いざ量産し実戦機に搭載すると、不調に悩んでいた。

この為、このエンジンを搭載した新鋭機の多くが本来の性能を発揮出来ず、稼働率や生産性を落としていた。

それが、アメリカ製の良質な潤滑油や高性能を発揮出来るガソリンを輸入出来る様に成ると、本来の性能を発揮する様に成り「流星」を含む搭載機の量産が進んだ。

 

片や、ゼロ戦の後継機「烈風」艦上戦闘機は、元々「誉」よりも高出力の自社製エンジンを前提に設計がスタートしていた。

それが新エンジンの開発遅れを懸念した海軍側の強要で、1応は既に生産されていた「誉」に変更されそうに成ったことがあった。

だがしかし、この回り道が却って実戦部隊への配備を遅らせるとの意見が部隊から出たこともあり、計画通りのエンジンで開発が進んだ。

何よりも、日米停戦に因って、アメリカ側からの空爆などの妨害が無くなったことが大きかっただろう。

 

こうして「エセックス」クラス空母2隻分の「烈風」「流星」が、現状、間に合っていた。

 

それらの飛行甲板に並ぶ搭載機が、プロペラを羽ばたかせエンジンを暖め出した時だった。

大神司令の「霊力」に訴えかける予感があった。

更に、念の為上空から付近の海上を警戒させていた、空母搭載も可能な対潜哨戒機「東海」からも”国籍不明”の潜水艦らしきものの潜望鏡を発見したとの報告が上がってきた。

 

大神は大事を取り、司令権限で訓練を引き上げさせて、戦隊を瀬戸内海に戻した………。

 

……。

 

…翌9日の午前0時を過ぎて、戦隊先任参謀の加山雄一大佐が大神の寝室に飛び込んで来た。

「1大事だ!」

口調が司令に対する参謀のものでは無く、同期の親友同士の物に成っていた。

「ソ連が日本に宣戦布告した!満州に攻め込んで来たぞ」

 

戦争が再び始まった。




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