乙女たちの戦記~艦魂~(架空戦記)   作:高島智明

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戦艦「長門」の後半生

日米太平洋戦争の結果は、それまでの戦艦に代わって航空母艦を主力艦とした。

それでは、新たな時代の戦艦の役割は、どう成ったか。

 

日米戦争後半でも戦艦の持つ砲力は、例えば陸上に対する艦砲射撃などで有効とされ、それは日米休戦後の日本が戦った対ソ連戦争でも実証された。

 

その対ソ連戦争も終決した戦後、最新鋭の「大和」型を除く従来の戦艦たちには、新たな任務が与えられた。

「特殊警備艦」に艦種変更され、ソ連軍の侵攻が予定される各地に”浮き砲台“として係留されて、何時か来るかも知れない侵攻に備えたのである。

 

戦艦改め特殊警備艦「長門」も、島根県隠岐諸島に配置された。

隠岐諸島の位置は島根県の沖合、日本海に小さくなく離れた位置にあり、もしもソ連軍が日本海を渡って日本列島に侵攻しようとした際、その通り道に成る危険が在ったのである。

 

隠岐諸島は、島後と呼ばれる比較的大きな1つの島と、それよりは小さい3つの島が港湾を抱き込んでいる島前から成る。

その島前の、外の日本海よりは波静かな湾内に「長門」は、係留された。

「長門」の主砲である41cm砲ならば、ここから島前、島後の全域を射程に収めることが出来た。

「長門」(艦魂)は回想していた。

戦艦として誕生して以来の、自分の前半生を。

巡り会った戦友たち。何よりも可愛い妹のことを。

そして”あの”戦争を………。

 

……。

 

…1920年11月25日。

戦艦「長門」は完成した。

当時、世界最大の戦艦であって、世界で最初に41cm主砲を搭載した「長門」は姉妹艦「陸奥」とともに

「「長門」と「陸奥」は「日本の誇り」」

とまで呼ばれた。

「長門」と「陸奥」は、アメリカ・イギリスの前後して建造された16in,(インチ)(41cm)主砲戦艦と共に「世界のビッグ7」とも呼ばれた………。

 

……。

 

…1941年12月。連合艦隊の集結地、瀬戸内海柱島拍地。

通信回線を内蔵した旗艦ブイに係留された、連合艦隊旗艦「長門」から通信が発せられた。

「新高山登れ1208」

それは、日米太平洋戦争の開戦決意を連合艦隊指揮下の各艦隊に通告する電文だった………。

 

……。

 

…アメリカ太平洋艦隊の拠点、真珠湾への奇襲攻撃は成功した。

だがしかし、それは戦艦に代わって航空母艦が主力艦と成る時代の始まりだった。

 

「長門」は待機し続けた。

ようやっと出撃の機会が訪れたのは、ミッドウェー作戦だった。

 

ミッドウェー海戦の後半、戦艦対戦艦の戦いは実現したが、この時主役として活躍したのは新たに旗艦と成っていた新鋭戦艦「大和」だった。

 

その後のソロモン攻防戦でも「大和」と新たに参戦した姉妹艦「武蔵」には、ガダルカナル沖での敵戦艦との夜戦の機会があったが「長門」は臨時の旗艦としてトラック泊地に待機していた………。

 

……。

 

…1943年4月。

心労に倒れた山本五十六に代わって連合艦隊司令長官と成った古賀峯一は、旗艦「武蔵」以下の戦艦部隊を率いてアメリカ艦隊と決戦する機会を窺(うかが)っていた。

そして、前年ようやっと奪還したガダルカナル島に再侵攻しようとするアメリカ艦隊との決戦を決意し、旗艦「武蔵」と「大和」「長門」そして「長門」の妹「陸奥」といった戦艦戦隊を率いて出撃した。

 

だがしかし其の結果、アメリカ航空隊の攻撃を受けることに成ったのである。

古賀の目算では、戦艦は案外しぶとい。何とか耐えられる筈だった。

けれどもアメリカ航空隊は、只1隻に攻撃を集中した。

それが「陸奥」だった。

 

回避し切れなかった魚雷が、遂に「陸奥」の横腹を襲った。

姉妹艦「長門」は、そんな妹を守ろうとするかの様に、戦訓にしたがって増強された対空機銃を撃ちまくる。

自分をも狙おうとするかの様な爆弾や魚雷を、絶妙の操艦で回避しながら、尚も妹を守ろうと銃火を撃ち続けた。

だがしかし、アメリカ航空隊の集中攻撃は、更に「陸奥」に魚雷を叩き込んだ。

遂に、重なる魚雷命中に耐えかねた「陸奥」が傾斜し始めた。

 

とうとう、古賀長官は「陸奥」の乗員救助と、艦隊の撤退を命令した………。

 

……。

 

…隠岐諸島、島前の湾内。

「長門」(艦魂)は回想していた。

 

その「長門」(艦魂)を、この港に所属する漁船や本土と往復する連絡船などの船魂が訪問していた。

まるで旗艦だった当時、艦魂たちが訪問していた時の様に。

その船魂たちと交流しながら、時に悔恨が「長門」(艦魂)の心を過(よ)ぎった。

妹を守れなかったことに………。

 

……。

 

…何時か来るかも知れないと備えていたソ連軍の侵攻は遂に無く「冷戦崩壊」の時が来た。

「長門」たち特殊警備艦の任務も終わった。

だがしかし、戦艦の持つ力強さのイメージは、新たな行き先を示してくれた。

記念艦である。

 

「長門」も艦名に所縁の山口県の沿岸で、記念艦として公開されることに成った。

それに先立ち、保存工事を受けるために隠岐諸島を離れる日が来た。

 

その日。

泊地を離れる「長門」を隠岐の住民たちは、万歳3唱と

「有り難う さようなら」

という横断幕で見送った。

 

何処かの誰かが、自分のイデオロギーを主張するならば、言えば言え。

この隠岐の現地では、確かに「長門」と現地の住民たちは共に暮らしていたのだった。

 

その住民たちに対して「長門」(艦魂)は、黒髪を靡かせ、しっかりとした敬礼で答えた。

誰知らずと言えども………。

 

……。

 

…記念艦としての公開地に赴く前に「長門」は造船所のドッグに入渠して、保存のための工事を受けた。

その結果、往時の姿を取り戻した。

 

やがて御披露目された記念艦「長門」の姿は、七脚檣の艦橋構造物が城の天守閣の様で、如何にもスピード感溢れた湾曲した第1煙突が特徴的な

「「長門」と「陸奥」は「日本の誇り」」

と呼ばれた当時の姿だった。




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