特級食事師、夏油傑   作:タチハラ

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よあけのうた
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こわけのぶた


嵐の前の前菜

初夏の陽気が、アスファルトをじりじりと焼く。

東京・原宿。

若者たちの聖地であり、流行の発信地。極彩色のファッションとクレープの甘い香りが漂う竹下通り。

その雑踏が、不自然なほど綺麗に二つに割れていた。

まるで海を割るモーゼの如く、あるいは暴走トラックが突っ込んできた如く。

人々は恐怖ではなく、ある種の「圧」に押されて道を開けているのだ。

「ちょ、見てあのアベック……」

「デカすぎない? 横幅……」

「隣の白髪の人、モデルみたいだけど……縮尺おかしくね?」

ひそひそ話がさざ波のように広がる中心を、二人の高専生が歩いていた。

一人は、長身痩躯、サングラスに白髪の美少年・五条悟。片手にはチョコバナナクレープを持っている。

もう一人は、同じく長身だが、横幅がその倍はある巨漢・夏油傑。

彼の両手には、クレープ屋の「全メニュー」が花束のように抱えられていた。

「傑ぅ〜。お前さ、それ全部食う気? さっき回転寿司で皿タワー作ったばっかじゃん。」

五条がクレープを齧りながら、呆れたように横を見る。

夏油は、ストロベリー、チョコ、ツナマヨ、カスタード……計10個のクレープを、器用に指の間に挟んで持ちながら、爽やかに微笑んだ。

「甘いものは別腹だよ、悟。それに、呪霊という名のメインディッシュがない平和な休日は、カロリーで心を満たすしかないだろう?」

「お前の心、どんだけカロリー必要なんだよ。」

「それにね、悟。このクレープの生地の柔らかさ……まるで三級呪霊の皮膚のような弾力だ。愛おしいね。」

「食いモンを呪霊に例えるやつ初めて見たわ。営業妨害だろ。」

夏油は一番端の「バナナチョコ生クリーム全部乗せ」に、カバのような大口を開けて食らいついた。

バグッ!!

一口で、クレープの上半分が消滅した。

クリームが口の端につくが、彼はそれを呪霊(低級のコバエのような呪霊を使役している)に舐め取らせるという、高度かつ最悪な呪術の使い方を披露する。

「うわ……汚ねぇ……」

「SDGsだよ、悟。資源(クリーム)の無駄をなくしているんだ。」

「使い方が間違ってんだよ!」

二人は喧嘩腰ながらも、並んで歩く。

先日のグラウンド半壊事件以来、なぜかこの二人はよくつるむようになった。

「最強」ゆえの孤独を知る五条と、「暴食」ゆえの孤独(物理的に席が狭い)を知る夏油。

歪な形ではあるが、奇妙な友情が芽生えつつあるのだ。

 

 

「……で? 次どこ行くの? 俺もう歩きたくないんだけど。」

五条がダルそうに言う。

「ああ、次はあそこのパンケーキ屋に行こうかと思っているんだが……」

「また食うのかよ!!」

「待ちなよ悟。あそこのパンケーキは『空気のように軽い』と評判だ。つまり実質カロリーゼロ。深呼吸するようなものさ。」

「お前の理論、サンドウィッチマンよりタチ悪いぞ。」

その時だった。

人混みの向こうから、一人の少女が声をかけてきた。

「あ、あの……! もしかして、スカウトの方ですか……?」

逆ナンか? と五条がサングラスを少しずらしてニヤつく。

しかし少女の視線は、五条を通り越して、夏油の腹に釘付けになっていた。

「す、すごいです……! その体格……! もしかして、お相撲さんですか!? 私、相撲部屋の女将になるのが夢で……!」

「ぶっっ!!」

五条が吹き出した。クレープのクリームが鼻に入る。

夏油は一瞬きょとんとしたが、すぐに僧侶のような慈悲深い笑みを浮かべ、少女の肩に(巨大な)手を置いた。

「お嬢さん。私は力士ではないんだ。」

「えっ、あ、そうなんですか……すみません……」

「私は、ただの『美食家(グルマン)』だよ。この体は、ちゃんこ鍋ではなく、日々の小さな幸せ(呪霊とジャンクフード)の積み重ねでできている。君の夢が叶うことを祈っているよ。」

夏油はそう言うと、残りのクレープを一口で飲み込み、スッと去っていった。

少女は顔を赤らめながら見送る。

「か、かっこいい……あんなに太ってるのに、背筋がピンとしてて……!」

「……傑、お前実はモテんだろ。」

「『実は』は余計だね。包容力(物理)がある男は好かれるのさ。」

「うぜぇ〜〜〜〜!! マジで腹パンしてぇ〜〜!」

 

 

夕暮れ時。

二人はファミレス『ジョナサン』のボックス席にいた。

いや、正確には夏油がボックス席の片側を一人で占領し、五条が向かい側に座っている。夏油側の席は、ミシミシと悲鳴を上げていた。

テーブルの上には、空になった皿が山のように積まれている。

「食った食った……」

夏油が爪楊枝を使いながら、満足げに腹をさする。制服のボタンはとっくに限界を迎え、第二ボタンあたりが弾け飛んで行方不明になっていた。

「お前、俺の財布だと思って遠慮なさすぎじゃね?」

五条が伝票を見て眉をひそめる。金額が、一般家庭の食費一ヶ月分を超えている。

「五条家にとっては端金だろう? それより悟、そろそろ真面目な話をしようか。」

夏油の雰囲気が、ふっと変わった。

ただの食いしん坊デブから、特級呪術師の顔になる。

「……なんだよ。」

五条も察して、少し姿勢を正す。

「私たちは、強い。」

「知ってる。」

「だが、この世には『味のしない弱者』がたくさんいる。非術師のことだ。」

夏油は水を一口飲み、静かに語りかける。

「呪術は、非術師を守るためにある。……と、夜蛾セン公は言うけれどね。」

「お前は違うのかよ。」

「私は思うんだ。弱者とは、料理で言えば『白米』だ。」

「……は?」

また食べ物の話かよ、と五条が顔をしかめる。

「白米だけでは味気ない。だが、白米があるからこそ、濃い味付けの『おかず(呪霊)』が輝く。私たちは、そのおかずを平らげる捕食者だ。しかし、白米を守らなければ、おかずを楽しむ食卓そのものが崩壊してしまう。」

夏油は真剣な眼差しで、テーブルに落ちたフライドポテトの欠片を指先で拾い上げた。

「だから、強者は弱者を守らなければならない。美味しい食事を、永続的に楽しむためにね。」

「……要するに、お前がこれからも美味いもん食いたいから、一般人を守るってこと?」

「言い方は俗物だが、まあそういうことだね。これが私の『大義』だ。」

五条はしばらく夏油を見つめ、やがて「ハッ」と鼻で笑った。

「やっぱお前、イカれてるわ。ま、いいんじゃね? その『大義』とやら。俺は面倒くせーから嫌いだけど。」

「君はまだ、本当の空腹を知らないだけさ。」

 

 

その時。

夏油のスマホが震えた。着信画面には『夜蛾正道』の文字。

「……嫌な予感がするね。デザートを頼もうとしたタイミングで。」

夏油が電話に出る。

「はい、夏油です。……ええ。……今、悟と一緒です。……はい。……え? 本当ですか?」

夏油の目が、カッと見開かれた。

それは恐怖でも緊張でもない。獲物を見つけた猛獣の目だ。

「わかりました。すぐ戻ります。……悟、注文はキャンセルだ。」

「あ? なんでだよ。俺パフェ食いたい。」

「任務だ。それも、極上の……特級案件だよ。」

 

 

 

高専に戻った二人は、教室で夜蛾から説明を受けていた。

家入硝子はすでに黒板の隅で気だるげに座っている。

「天元様のご指名だ。」

夜蛾が重々しく告げる。

「二つの依頼がある。天元様との適合者、その少女の『護衛』と『抹消』だ。」

「抹消? なんで?」

五条が尋ねる。

「天元様が今の肉体のまま進化してしまえば、人の形を失う可能性がある。だから、500年に一度、適合者である『星漿体(せいしょうたい)』と同化し、肉体をリセットするんだ。」

難しい話が続く中、夏油が手を挙げた。

「先生。質問があります。」

「なんだ、夏油。」

「その……天元様が進化したという、高次元の存在……それって、食べられますか?」

夜蛾の拳が、夏油の頭に振り下ろされた。

ゴォン!!

「不敬だぞ!! 食えるわけがないだろう!!」

「いっ……つぅ……冗談ですよ。進化の味が気になっただけです。」

夏油は頭をさすりながらも、どこか嬉そうだ。

「で、その星漿体の居場所は?」

「現在は大阪に潜伏しているらしい。明後日には東京へ移送するが、それまで現地で護衛にあたれ。」

「大阪……!」

夏油と五条が同時に顔を見合わせた。

五条:「たこ焼き!」

夏油:「お好み焼き……551の豚まん……串カツ……!」

二人の脳内から「天元様」の重要性が消え去り、「粉モン」の映像が埋め尽くす。

「悟。これは重要な任務だ。」

夏油が立ち上がる。その巨体から凄まじい呪力が溢れ出した。

「星漿体の少女が死ねば、天元様が不安定になり、結界が緩む。そうなれば日本中の飲食店が呪霊の被害に遭い、営業停止に追い込まれるかもしれない。」

「そこかよ!!」

「行くぞ悟!! 大阪の食い倒れ……いや、星漿体を守り抜くんだ!!」

「おう! とりあえず道頓堀で食い倒れるぞ傑!!」

「お前ら……真面目に聞け!!」

夜蛾の怒号が響くが、二人はすでに教室を飛び出していた。

「……はぁ。あいつら、本当に大丈夫なのか?」

残された夜蛾が頭を抱える。

硝子がタバコの煙を吐き出しながら呟く。

「まあ、強いのは確かですからね。物理的にも、胃袋的にも。」

 

 

 

一方その頃。

とある競艇場。

地べたに座り込み、外れ舟券を握りしめている男がいた。

伏黒甚爾。通称「術師殺し」。

彼の携帯が鳴る。仲介人の孔時雨からだ。

「……あ? 仕事? 今いいとこなんだよ。」

『デカイ仕事だ。星漿体の暗殺。報酬は弾むぞ。』

「へぇ……相手は?」

『高専のボウヤ二人だ。五条家の六眼と、呪霊操術の夏油傑。』

甚爾は送られてきた資料写真を見る。

五条の写真はいい。問題は、もう一枚だ。

「……おい、時雨。」

『なんだ?』

「この夏油ってガキ……写真、加工してねぇか?」

『加工? いや、最新の隠し撮りだが。』

「……なんだこの質量は。これ、人間か? トドか何かの呪霊じゃねぇのか?」

写真に写っているのは、制服がはち切れんばかりに膨張し、おにぎりを丸呑みしている夏油の姿。

甚爾は鼻で笑った。

「六眼は厄介だが……こっちのデブは動きが鈍そうだ。的がデカくて狙いやすいな。」

彼は立ち上がり、ストレッチをする。

「久々に、肉体労働(解体ショー)といきますか。」

 

 

 

大阪行きの新幹線。

グリーン車の座席を二つ使い、夏油傑は駅弁「極上黒毛和牛弁当」を5つ積み上げていた。

「悟、見てごらん。この車窓の景色……全てが私の胃袋に入るのを待っているようだ。」

「お前、窓に写ってる自分の顔見て言えよ。油でギトギトだぞ。」

二人のアオハルは、加速する。

目的地には、星漿体の少女と、かつてない強敵(と美味しいご当地グルメ)が待っているとも知らずに。




今回は長めに、次話からは3000字くらいになるかも?
ぽちゃ夏油のイメージ
https://img.syosetu.org/img/user/v2/6341/510/236734.png


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