子ゴルシとの交流をしながら過ごしているとあっという間に春が過ぎて、暑い夏を過ごし、そろそろ秋が来るかという頃。私ことエクレアは、いよいよ競走馬としてデビューするため、レースに向けての調教が始まった。
人間が乗るために必要な馬具や手綱をつけるために必要なハミをトレーニング初日にすべてを一発で装備することができたので育成牧場の関係者からは不思議がられた。
普通の馬ならばもっと嫌がったり怖がったりするらしい。しかしこちとら元人間であるため多少苦しくとも我慢ができる。蹄鉄をつけるにも装蹄師の人の邪魔にならないようにしているとこれまた不思議がられてしまった。
あんまりにも人間の言う事を素直に聞いて動いているから育成牧場のスタッフからは『競走馬らしくない。本当にステイゴールド産駒か?』と言われる始末である。
どれだけステイゴールド産駒に手を焼いていたのかがわかるが私の中身は元人間なのでステゴらしい振る舞いはできないことはわかっているが……こうも続けられると少し気落ちしてしまう。
そんなこんなでトレーニングを開始し始めるとあっと言う間に年をまたいで2010年になり私は2歳となった。あいも変わらずにトレーニングをこなしていると私に来客がやってきた。
はて?私に会いに来る人間の知り合いなぞいないと思っていたがやってきたのは牧場で厩務員をしていた大河のおっちゃんともう一人スーツを来たおじさんがいた。
「久しぶりだなエクレア。元気にしてたか?」
大河のおっちゃん撫でられるので大人しく撫でられている。もう一人の人は見た事がない人であった。
「どうです?大林さん?可愛げがあるでしょう」
大林と呼ばれた人が近づいて撫でてくるが……随分と撫でてくるかれこれ10分ぐらいは撫で続けているんじゃないか?いいかげんうざったくなってきて振り払ってしまうが大林さんはずっとニコニコとしたままである。
「エクレア。この人は大林栄一さんと言ってな。お前さんの買い主さんだ」
おや、そうだったのか。振り払ってしまったのは大変申し訳ないことをしたな。代わりに近づいて撫でさせてあげよう。私が頭を差し出すと再び撫でだした。
「随分と人懐っこいですね。ステイゴールドの仔と聞いてどんなじゃじゃ馬だと思っていたのですが……」
「はは、人懐っこいだけじゃなくこいつは人間の言葉を理解していますよ。将来は大物になるんじゃないですか?」
ははは、そんなに褒めたって何も出ないぞ。大林さんはひとしきりなで終わって満足したのか今日来た目的があったそうである。
「エクレア。お前さんの名前が決まったんだ」
本当か!エクレアもいい名前だと思い始めていたけど幼名だったから、ちゃんとした名前はありがたい。
「お前の名前は、『フラグシップ』だ。本当はフラッグシップにしたかったんだが数年前に同名の競走馬がいてな……由来はご先祖様に星旗という馬がいるんだがそこからとったんだ。いい名前だろ?」
大河のおっちゃんは、私にそう説明してくれた。……『理解できるかわからんけどな』と付け加えて名前の由来を説明してくれた。
星旗……1931年に米国から輸入された繁殖牝馬で下総御料牧場の基礎輸入牝馬の一頭と称されて今日までその血統が脈々と続いている。
元々大林さんという人物はポイントフラッグ母さんの近親、スイートフラッグという馬に惚れ込んでいて、その血統の馬を持ちたいと決めていたらしい。
ようやく馬主となって最初に所有した馬がポイントフラッグ母さんの母、私から見れば祖母に当たるパストラリズム御婆様で、以降すべての産駒を大林さんが所有している筋金入りであった。
そんな惚れ込んだ馬がいるなんて知らなかった。その名誉ある馬の名前を一部でもいただいたのは畏れ多い。
だけど……フラグシップか。本当はフラッグシップであるが意味としては艦隊の旗艦という意味もあるが最も重要なものや最上級という意味も持ち合わせている。大林さんはいい名前を付けてくれたと思う。いつかは大林さんの中で一番、フラッグシップとなれるよう、そして名前負けしないようにがんばらなければならない。日本、いや世界に名を轟かせるような活躍をしよう。
「よろしくね。フラグシップ」
「ヒィン(おうともよ)」
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私ことエクレア……いや今は新しく名前をもらってフラグシップに改名して1週間後、また大林さんが会いに来るらしい。今度は調教師の先生の先生と一緒に来るらしい。
大林さんが期待を寄せているからということなのかもしれないが……果たして調教師の先生のお眼鏡に叶うのだろうか。これでも暴れん坊として名高い「ステイゴールド」の子供である。
厩舎で働く厩務員にどれだけ危害を加えるかが未知数な気性難馬を預かるのである調教師の先生からしたら手を焼くのは勘弁して欲しいと思う。誰だってそう思うし俺が調教師の先生だったら引き受けたくはない。
そんなことを考えていると、こちらに歩いてくる二人の姿、一人は大林さんだけどもう一人は……はて、痩せているが何処かで見た事があるような人物である。その時はもっとふくよかだったはず。
「大林さん。この馬がフラグシップですか?」
「ええ。まあ今のところは親に似ず大人しいし賢い馬ですよ。フラッグシップ久しぶりだね。元気にしてた?」
近づいていくと大林さんはいつものように顔を撫でていく。まぁ、撫でられるのは嫌いではないから別にいいが。
「菅井さんもどうですか。ポイントフラッグの仔でハニーフラッグの妹ですよ」
菅井……?あっもしかしてゴールドシップの調教師の菅井直弼さんか!まだ騎手を辞めて調教師に転向してから数年しか経ってないからまだ痩せているのか!……これからどんどんとふくよかになっていくのを見ていかなきゃならないのはちょっと辛い。
「ポイントフラッグの娘ですか。……にしては随分とおとなしいですし、体格もポイントフラッグと比べてしまえは小柄ですね」
菅井さんは近づいてくる。おっかなびっくりという感じであるが私が近づいていけば首筋に手をやって撫でていた。
「どうですか?少し乗ってみませんか?」
育成牧場の担当者が菅井さんに促して遠慮したものの、押しに負けたのな背中へとまたがる。まだそんなにふくよかになっていないからかそんなに重さは感られない。
「本当におとなしいですね本当にポイントフラッグとステイゴールドの子どもなんですかね」
「正真正銘ポイントフラッグとステイゴールドの仔ですよ。走ってきてみてください」
流石に本気では走らんしかるーく流す感じでいいか。
ダートコースに出た私と菅井さんはジョギングをするように周回をする。初めは乗馬のような感じで歩いていたが次第に菅井さんのスイッチが入ってしまったのかコーナーから直線を全力で走ってみた。
「うおっと!」
と菅井さんが体制を崩し落馬しかけたものの、流石は元騎手というだけあってすぐに体制を立て直して最後の直線へと入る。そのまま見学していた大林さんと担当者の前を今出せるトップスピードで通過してからクールダウンをかねて減速する。
「どうでしたか?」
「……ポイントフラッグとは全然違う。同じ父のドリームジャーニーなんかと比べたらだけどおとなしい。いやおとなしすぎますね」
菅井さんは不思議そうに首をかしげていた。まあステゴ産駒でここまで素直にいうこと聞く馬も珍しいんだろう。
「でもこの仔は走りますよ。さっきの走りで確信しました」
そう言い放った。これには大林さんも自身満々にうなづいてた。
「実はね……フラグシップを菅井さんの厩舎に預けようと思っていたんだが……どうかね?」
「私でいいのですか?ぜひ、ぜひお願いします」