今回は終生のライバルと相棒となる騎手さんとの出会いとなります。
私の新しい名前、『フラグシップ』そして面倒を見てくれる調教師の菅井さんが決まり、いよいよ育成牧場を離れて滋賀県の栗東トレーニングセンターまでトラックで長距離移動をしていよいよデビューに向けての調教を進めていく事となった。
最近のトレーニングはもっぱらプール調教と坂路での調教が中心である。特にプールがお気に入りで潜ったりして遊んでいるのを溺れていると勘違いされて職員から手綱が引っ張られ逆に溺れそうになったりもしたが今では潜るのは普通だという風に手綱を大きく伸ばしてのびのびと泳がせてもらっていた。
そのおかげからか持久力、スタミナは育成牧場にいた頃よりもついたし坂路で坂道を登っているのでパワーも十二分についた。
……だけど調教する時の鞍上はほとんどが菅井さんが乗っている。たまに調教助手が乗ったりもしているがほとんど菅井さんだった。
これ多分だけど将来ふくよかになったりラーメン屋風とかチンピラ風になっちゃう未来変えちゃったかなーとは思いつつもゴルシの全姉がいる時点で今更か、とあまり考えないようにしよう。
今日も菅井さんを背中に乗せてダートコースで調教である。隣で並走していた同期の馬を千切って先着する。
【は、はやーい……】
私がちぎった馬は驚いているが重賞やG1レースじゃ私より早い馬がわんさかいる。これぐらいで驚いてたらキリがないしレースで勝てんぞ。
「よし、今日はここまでだ。馬房に戻って飯だ」
「ヒィン(あいよー)」
菅井さんの言葉に返事をして厩舎に戻ろうとしたところで何やら厩舎の方が騒がしかった。大声で叫んでいるようであったがよく聞こえず一人と一頭で首をかしげる。
「……厩舎の方が騒がしいが一体どうしたんだ?」
菅井さんがそう呟くと同時に厩舎の影からこちらに向かってくる一頭の栗毛馬の姿が見えた。
「放馬です!離れて!」
栗毛馬を追いかけていた厩務員が息も絶え絶えになりながら叫ぶ。その栗毛馬はまっすぐ私と菅井さんの方へと向かってきていた。菅井さんは私を逃がそうと必死であるが人様に迷惑をかける馬には黙っていれない質なものでね。
【どいてーどいてー!どけって言ってるの!】
栗毛馬がそういう
【ホントにどいてー!あの人間たちから逃げないと!】
『うるせえ!ガキンチョ!いい加減にしろ!人様の迷惑になるからやめなさい!』
と大声で鳴くとさっきまで暴れていた栗毛馬は一瞬にして震え上がりその場に立ち止まる。そして息を切らしながら追いかけてきた他の厩務員によって確保された。
「すいません菅井さん助かりました」
「いや、自分から動いたのはフラグシップだけど……どうした?フラグシップ?」
びびって動けない栗毛馬に話しかけにいく。ひどく怯えているが優しく話かけてやれば落ち着くだろう。
【お前名前は?】
【お、オルフェーヴルと、言います……】
まーじか、オルフェーヴルか。お前暴君って呼ばれてたからボス馬的な存在かと思ってたが臆病で人間が怖いだけだったのかよ。
【オルフェーヴル。人間は怖くはないぞ。ただ、お前が逃げ出したから追いかけてただけで別に取って食おうとしている訳ではない】
【……本当?】
【ああ本当だ。おまえが暴れて逃げ出したからだ。暴れたりしなきゃ人間は追いかけたりしない。もう少し人間を信じてみたらいい】
【うーん、難しいかもしれないけどがんばってみる!ありがとうお姉さん】
【私は同い年なんだが……まぁいい。私はフラグシップだ】
【フラグシップお姉さんまたね~】
厩務員に連れられてオルフェーヴルは自分の厩舎へ戻り私も自身が所属している厩舎に戻った。
「やるじゃないかフラグシップ。暴れる同期の馬を収めるなんてな」
だよねー。2008年生まれだからもしかしてと思ったけどやっぱりオルフェーヴルと同期かぁ。牝馬だから牡馬クラシックに向かわないとは思うけど一番のライバルではあることに変わりない。……いつかはオルフェーヴルと対峙する時が来るのかもしれない。
「ああそうだフラグシップ。お前さんのデビュー日が決まったぞ。7月の函館競馬場だ」
ついにデビューか。……まてよデビューするには鞍上がまだ決まっていないがアテはあるのだろうか。
「安心しろ近い内にお前に乗ってくれそうな人が見に来るきっと快諾してくれると思うぞ」
それから数日後、菅井厩舎に来客があった。トレーニングジーンズにパーカージャケットを身に着けた人物であったがこの人が私の背中に乗ってくれる騎手さんなんだろうか。顔を見ればはて?どこかで見たことがあるような人だ。
「おはようございます菅井さん。この馬がフラグシップですか?」
「ええ、どうです?まずはトレーニングがてら少し乗ってみてみませんか」
「お願いします。 よし行こうかフラグシップ」
私に声をかけてから軽々と背中に乗る騎手の人、やっぱり競馬中継で見たことある。何度か人間時代にお世話になったような記憶がある。
そのままダートコースへと向かい。菅井さんに預けられた馬と一緒に並走トレーニングを行う。今日は先輩馬たちと一緒に行うこととなった。
【よろしくな】
【はいよろしくおねがいします】
距離は1200メートル、ゲートを使って模擬レースを行うようであった。
私と先輩馬2頭がゲートに収められてスタート、一頭先輩馬が出遅れたが私はきれいなスタートを切れたので先頭でレースを引っ張り、2馬身後ろに先輩馬たちがいるという体制でコーナーへと入る。気持ちよく逃げるが鞍上の人が少し手綱を引く。息を入れよという指示なので少しスピードを落とす。
後ろから先輩馬が迫ってくるがここはいったん騎手の指示に従おう。第四コーナー手前で半馬身差まで詰め寄られてしまうが騎手の手綱が緩んだので再び加速していく。しかし、まだ作り終わっていない身体では加速も鈍いため先輩馬たちに追い越され結果は追い込んできた先輩馬とクビ差の3位。まだまだトレーニングが足りなかったのが敗因であろう。
菅井さんの元に戻って来ると満足そうな顔をしていた。背中から降りた騎手の人も首をかしげつつ戻ってきた。
「どうですか乗り心地は?」
「ステイゴールド産駒にしちゃぜんぜん暴れませんし、操縦性は今まで乗った馬の中じゃピカイチですね。本当にステイゴールド産駒なんですか?」
ステイゴールド産駒には違いはないぞ。という返事をするように軽く鳴く。
「こいつはどうも人間の言葉をある程度理解できるみたいでね。今返事をしたんじゃないですかね」
「なるほど……ということは今日僕を載せてくれたのは……」
「
横岾?もしかして
やっぱりそうだ!見たことあると思ったら何回かお世話になったことがある。メジロライアンやセイウンスカイ、そして私の弟であるゴールドシップに騎乗してた騎手さんか。気性難にも多数騎乗して結果を残してきた騎手さんだからと乗り役に抜擢されたからかもしれない。
「僕でいいのであれば喜んでお受けしますよ」
こうして私の鞍上は横岾典宏騎手へと決まり、メイクデビューへ向けてのトレーニングを積んでいくこととなる。
はい、相棒は横岾典宏となりました。次回はいよいよメイクデビューです。