ヤンデレ幼妻(雪女)と超方向音痴の考古学 作:葱ラーメン大盛A定食セット(旧竜騎兵)
トイレに行こうとして扉を開いたらそこはロッキー山脈だった。
室内から屋外に何時の間にか出ていたことにも驚きだがそれ以上に驚かされるのはこの澄み切った青空。私が入ってきたはずのドアが
航空機のチケット代が高騰してる昨今、飛行機に乗らずに日本からアメリカに移動できるのは得した気分になれる。
そう、それこそは福袋を買ったら大きめのぬいぐるみが入っていた時ぐらいのお得感だ。
因みになぜロッキー山脈だと分かったのかについては錆び切った観光案内の掲示板が置かれていたからだ。この錆び具合からもはやこの地域一帯は人々から忘れ去られた地域であるという事を物語っている。
「……うん、現実逃避はやめよう、上手い例えが出るはずもない」
すぅー、と深く深呼吸。見据えるは山脈を覆う銀化粧。
「なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! またかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「!? こんなところに人が居るのが驚きデース。youは何しにこの場所に?」
胸の布地が悲鳴を上げている。アメリカって本当に金髪美女が星条旗ビキニ着て歩いてるんだ。話してる言葉は当然英語。いや、そうじゃなくて。早く家に戻らないと妻に未来の考古学者が喜ぶような凍った人間標本にされてしまいかねない。
私の事を異世界へと誘おうとしたトラックだけを氷像模型に変えた彼女怒らせるのは人間がゴリラに喧嘩を売るようなものだ。
「ちょっとトイレを探して歩いてたらこの場所に……。方向音痴でして……」
「死に直結しかねない方向音痴の人現代で初めて見たデース。えーと……ここから最寄りの空港まで直線距離で100マイルはありますヨ?」
「そうですか……。スマホも持ってきてないし、これ本当に死ぬんじゃないのか?」
冷や汗が背筋を伝う。自宅だと思って完全に油断していた。スマホを寝室に置いてきてしまったのだ、詰んだ。助けも呼べないし。
「……外と通信できる場所まで案内してあげたいのは山々なんでスけど、あたし、この地域から離れることができなくて……。人々から忘れられつつあるせいで格を保てないんですヨね。力があったら案内もできたんですケド……」
ああ、なるほど……これは私の力が必要という事だな!
「お任せください。これも何かの縁。伝承をまとめて論文にすることで貴女の名を現代に蘇らせましょう。人から『観測』されれば『神』である貴女が消えることはありませんよ」
「本当ですか!? ありがとうデース! じゃあじゃあ、早速村まで来てくだサーイ! ……貴方はあたしの事を見えるみたいですけど、村の人達はそうじゃなくて……」
安請負して確信した。これは家に戻ったら嫁が過去一番でブチギレるだろうと。……どこかで連絡するタイミングがあればいいんだが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで戻ってきたのは数か月後だったという訳ですわね」
「はい」
「何か言う事はありますか?」
「アメリカ土産要りますか?」
もう1発張り手が飛んできた! 頬に襲い掛かる激痛! 悶絶! 地面を転がる!
「ワーオ……日本の雪女サンって過激なんですネ」
一通り畳の感触を堪能した後に何とか起き上がる。そしてこちらの正面に正座して鬼瓦のような形相で睨みつけてくる我が愛しい妻の目を見据える。今すぐにでも私の事を凍てつかせようとしているかのような若干の殺意が混じった目!
「君の嫉妬と形容される感情に比例して物理的に気温が下がっている。客人もいるのだから一旦矛を収めてはいかがかな?」
「殺していいですか?」
「すいません」
「殺すのはダメデース! この人は私のフィアンセなんですから!」
「フィアンセになったつもりはないんだがね」
押し付けられる布が悲鳴を上げる女性の象徴。心なしか気温がさらに5度下がった気がする。このままでは私の四肢が凍らせて氷像にされて彼女に愛でられることになる。それだけは避けたい。
フィールドワークができなくなるじゃないか。
弁明。そう、この場を切り抜けるには弁明する必要がある。
「インディアンの人達の話をまとめてぇ……。それを超特急で論文にしてぇ……。親友の小説家にインディアンたちの女神についてインフルエンサーの地位を活かして宣伝して貰ってぇ……」
「と、言う訳で私は生き長らえた訳デース! 人々から認知されてるお陰で力も取り戻して日本まで渡ってこれました!」
「殺していいですか?」
「すいません」
同じ論法を二度使うのは、学会では即座に論破される悪手だったな。さて、更に心なしか気温が5度下がった気がする。畳に悪いぞと茶化そうと思ったがそんなことしたら本気で殺されかねないな。
「――あまり調子に乗ったらダメだよ? あたしの方が強いんだから。 一地方の小娘風情が正妻面しないでくれる?」
「ふざけた格好をしてる人に負けると思いますか? 貴女なんてわたくしの力があれば瞬きする間に現代アートにすることができますのよ?」
「しかしだねぇ……ここで暴れるとローン組んで建てた新築二階建てが崩れかねないのだから……。私が愛するのは冷心だけなのだから……」
半分命乞いだが後者は嘘偽りない本音だ。
「ちょっと待ってくださいデース! 私、貴方を夫として連れ帰るまで日本に戻るつもりはないんですヨ~?」
「土着の神としてここで生きていくしかないですねわね、貴女様は」
バチバチと2人が睨みあう事によって火花が散ってる気がする。その火花の中へと挟まる。これが女の子の間に挟まる男という奴だ。命がけなので非難は勘弁して貰いたい。
「とりあえず今日はもう遅いのだから帰ったらどうかな? 夜更かしは肌に悪いよ?」
「貴方となら夜更かしするのもやぶさかじゃないですヨー?」
「妻に殺されかねないから帰ってくれ!」
ぶーぶーと文句を垂れる彼女を何とか帰らせる。残ったのは異常に冷え切った部屋の中と真冬に吹く吹雪のような人に対する怒りを滲ませる我が愛する妻。
ここからが私の真骨頂、学会で磨いた舌の周りを活かす局面だ、やってみせろよ私!
「まず、君は誤解している。浮気などしてるはずがない。何故ならば私が愛するのは何度も言うが君だけだからだ」
「言葉では何とでも言えますわよね?」
更に気温が5度下がった気がする。近所からこの家だけ異常に寒いぞと評判になりそうだ。あるいはもう評判になっているのか。
この異常に嫉妬深く、事あるごとに私の事を監禁しようとしてくる狂愛の妻を何とかしないと今回ばかりは本気で凍り付いた化石となり生命活動を永遠に停止するか四肢を切断されて地下室で永遠に監禁される事になるかもしれない。
以前、未来予知ができるという能力を持つ世間一般では妖怪と定義される者と出会った事がある。彼女曰く、私には彼女の手によって監禁されるか、それとも凍り付いて永遠に彼女のものになるか、『ナマコ』にされるかなどの合計108通りの未来が待ち受けてるとの事だ。
つまり彼女の機嫌は私の生き死にがかかってる重要事項。この選択を間違えれば私の未来はない。
――そして私が出した答えはこれだ。
「あの~……そもそも私、
「はい。慣れましたけどその神隠しにあってるとしか思えない方向音痴には困ったものですね」
「空港からは160マイル離れた距離に私は飛ばされてしまったんですよね。で、そこから生きて帰るには現地の人々との協力が不可欠でした。そしてあの人の力を借りて生き残れた。中々刺激的な経験でしたよ、はい」
まぁ実際は私が自分から考古学的な興味から首を突っ込んだ面は多分にあるが。それはあえて現在口に出すべきことではない。この場では口先をこねくり回して生き残るのが先決だ。
「……」
「で、ここからが本番なんですけど……」
こほん、と咳払いを一つ。注目をこちらに集めさせる。ハッタリを利かせる時は顧みないことだ。
「私が彼女と行動を共にしたのは、あくまで『君』という正妻の尊さを再確認するための、比較文化人類学的なフィールドワークに過ぎない! アメリカの女神という強烈な異文化を浴びることで、私は君という日本の美の結晶を、より鮮明に愛することができるようになったのだから」
学会で大胆な論点ずらしを行えば周囲からボコボコに叩かれる事になるだろうがこの手の詭弁は胸を張って声高に叫ぶのがポイントだ。
「なるほど」
「分かってくれたかね」
ちょっと得意気にドヤ顔。我ながら100点満点の詭弁だ。
「つまり貴方は、異国の神をだしに使ってまで、わたくしへの愛を再証明したかったと。……その必死な屁理屈、愛おしいですわ」
冷凍マグロになるフラグはへし折られたようだ。胸をなでおろす。冷凍マグロからの『なまこ』ルートはできれば勘弁願いたいからな。
「……凍らせるのは保留します。ですけど、わたくしへの愛の証明に、これ以上他の女との比較検証とやらは必要ありませんわよね?」
「因みにフィールドワークは?」
「させると思いますか? これからは地下室で、わたくしだけを研究対象にしてくださいな」
その後彼女を説得するのに余白に記すにはインクとスペースが足りないほどの悪戦苦闘をするハメになったがここでは割愛する。
結局今後のフィールドワークは彼女同伴が義務付けられることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
湯船に浸かる。我が家は暖かいのが苦手な彼女の為に風呂は2つに分けられている。私が入るのは熱々のお湯がたっぷりと注がれた人間用のお風呂だ。
最近シャワーで済ませてばかりいたから湯船に肩まで浸かるとはふぅ、と思わず声が漏れてしまう。やはり入浴文化は人類が生み出した最も尊い英知と言って良いだろう。
「湯加減はいかがでしょうか? 旦那様」
壁越しに彼女の声が聞こえてくる。壁で仕切られた向こう側では彼女がこの寒い中水風呂に入って体を清めてる。雪女である彼女にとっては心地よい温度との事だ。
「うん、良い湯加減だ。さすがは我が妻だな」
私への狂ってるとしか言いようがない愛さえなければ非の打ち所の無い良妻だ。夏場は抱きしめながら寝ると寝苦しさも解消されるしな。冬場はちょっと寒いけど。
「ふふ、褒めても何も出ませんわよ? 本当に調子が良いんですから」
「愛する妻への誉め言葉の語彙は108通りあるぞ」
丁度君が私の事をどのように狂った方法で愛するのかと同じ数だ。運命的な偶然を感じざるを得ない。
「あらあら、全く……本当に口が上手いんですから。……でも、だからこそ、わたくしは怖いんです。私は小柄で街中を歩いていると童女に間違われます。警察の方から補導されることもあります。女性的な魅力が足りないせいで貴方からの愛が薄れてしまってるのではないかと思ってしまうんです。怖いです、ええ、狂ってしまいそうなほどに」
怒らせたらすいません……もう狂ってますよね? いやまぁ口に出したらどうなるか分からないから口には出さないけど。
「そんな事は無いと思うぞ。告白も私からしたしな」
「思い出すだけで溶けてしまいそうになりますわね。ふふ……『君の冷え切った心さえも溶かしてみせよう』でしたっけ?」
「その続きを言葉にするのはやめてくれ、二人きりと言えども恥ずかしいだろう」
思い出すのは彼女との馴れ初め。いつものように遭難して雪山に迷い込んで考古学的な知見が多数ありそうな氷像になりそうな所に彼女が現れて救われた。童女趣味と同僚から揶揄われる事もあるが、それでも私は彼女に惹かれたのだ。
まさかこんなに嫉妬深く、狂った愛を持っているとは思いもしなかったが。お陰で毎日刺激的な日々を送れてるよ。
「……わたくしも、今日やってきたあの女神と同じように旦那様に救われました。だからこそ怖いのです。旦那様が他の牝に奪われてしまうのが。わたくしだけのものであってほしい、わたくしだけのものでなくてはいや。子どもっぽいと嫌われるかもしれません。ですけど、わたくしは心の底から愛しておりますのよ、旦那様の事。行動で今から示してもいいと思うぐらいに」
おっと、途中までいい話だったのにいきなり雲行きが怪しくなってきたぞ。
「そんなに心配ならばフィールドワークについてくればいいとさっき話し合いの結果決まったばかりだろう。……流石に方向音痴のせいでどこかに飛ばされた場合はついていくことは難しいかもしれんが」
「むぅ……ままなりませんね」
不機嫌オーラが壁越しから伝わる。また彼女が拗らせて私のあり得るかもしれない未来の一つである108の結末のどれかを突きつけてくる可能性もあり得る。
「……よし、今日は一緒に寝るか。冬だがたまには君と寝るのも悪くはない」
「……ふふ、お優しいんですのね」
翌日案の定風邪をひいてしまったことについてはページの余白に記しておこう。――なお、風邪を引いて寝込む私の枕横で星条旗ビキニの女神と妻とがどちらが私を看病するかを巡って睨みあっていて症状が悪化しそうになったことについては追記するには余白が少なく過ぎるのでここでは割愛する。
某スレの概念を元に今作を作りました。
主人公は英語はそれなりにできますがインディアンの言語はそこまで詳しくないのでマイに翻訳してもらいつつ現地では身振り手振りのコミュニケーションで乗り切りました。
拙い言語よりも身振り手振りの方がコミュニケーション取れるということを理解してる程度には方向音痴です。
それと、この話はコメディです。誰がなんと言おうとコメディです(ヒロシ顔)
第2話、第3話は今日の19時、20時に投稿予定です。