ヤンデレ幼妻(雪女)と超方向音痴の考古学 作:葱ラーメン大盛A定食セット(旧竜騎兵)
わたくしはずっと1人だった。
神、妖怪と呼ばれる類の存在は人に『観測』されて『畏れられる』ことによって初めて存在しうる。人の子が夢想することによって我々は存在できる。
わたくしがこの世に現れたのはまだ、人口減少が起こる前の雪芽村と呼ばれる集落。その山の中。
何の特産もない山深く、冬になれば雪に閉ざされて外界から隔絶されるこの村の誰かが望んだのだろう。この村に『冬の中行き倒れてる男を助けてくれるような少女が居たらいいな』と。そう望まれた結果、わたくしは生まれた。
村の人々からはある時は冬を招く祟り神として、またある時は雪山で遭難した際に人里まで案内する童女として崇められるようになった。でも、わたくしは人々の輪に入ることはできない。
わたくしに触れれば、彼らは凍てつき、わたくしに触れなければ、わたくしは消滅する。彼らとはそんな関係だった。
人の子と共に在るにはわたくしの力は強すぎた。人の傍に長くいればその人は風邪をひくし、病となる。薬などが気軽に手入る時代でもない、その上、医者の所に行くまで山を3つ超えないといけない雪芽村には私の居場所はなかった。
人々の生活は豊かになった。豊かになるにつれて、村から離れる人は増えていった。
ずっと村をまとめていた庄屋の家系はこの村で生き続けることはできないと早々に見切りを付けて去った。かつて私が命を助けた少年の末裔は生きていくために生まれた土地を捨てる事を選んだ。
迷信深い猟師の家は、長老が猟師を引退した事を切欠に都会へと降りた。長老はわたくしのことを祟り神として憎み、引退するまでにわたくしの事を討つと息巻いていた。でも、彼が最期に優先したのは宿敵との決着ではなく家族の生活だった。
稲荷神社の家も長年神職についていた神主が病没した事によって村を離れることになった。かの神社で祀られて腐れ縁と呼んでいい関係だった神も、最期にわたくしと別れを告げた後に姿を消した。
最後の住民が住んでいた古民家に残されたカレンダーには昭和56年と書かれていた。そのカレンダーも朽ちてボロボロになり、カビによって黒ずみ、読めなくなった。
最期を待つのみだった。わたくしを知る人が居なくなって消滅するその時を。この村で生まれて、外の世界を知らなかったわたくしには外に出るという選択肢は最初から用意されていなかった。
そこにある事だけがわたくしの存在意義。夏場まで日陰で残ってしまった雪の残滓が溶けるのを待つかのように死を待つだけだった。
最後の住民が去り経年劣化と積雪によって傾いた古民家を見て、死の間際に長年心の中に抱えていた疑問が解消した。ああ、そうか……。
「わたくしって……誰かの傍で共にありたかったんですのね」
最初から自分の本当の想いに気が付いていたら、朽ちて消滅するのを待ち続けるという事は無かったのだろうか?
そんな時だった、彼と出会ったのは。
彼との最初の出会いの第一印象は困惑だった。なんで雪山の中に登山用の装備も持たずに吹雪の中ポツンと立っていたのだろうかという困惑。
九条裕翔。後にわたくしの夫となる人との出会いだった。
彼曰く、山村に残る伝承などを考古学者として調べていくうちに、気が付いたら雪山の中にいたらしい。
方向音痴が極まって呪いの域に達している人は、わたくしの長い生の中でも初めて見た。
ただ、僅かに強力な神格による因果律操作の痕跡を彼から確認することができた。
奇妙なことに、彼はわたくしの正体を知っても、これ幸いと雪芽村での調査と発掘を始めた。元の持ち主の末裔に連絡を取り、しっかり許可を取っていたのは学者らしいかもしれない。
わたくしも協力することになり、倒壊した神社の中から神像を掘り起こし、庄屋が住んでいた廃屋敷からは戦国大名とのやり取りを示す手紙などが見つけて、わたくしのことについて書かれた当時の日記なども掘り起こしてくれた。
共に居て寒くないのか? って、彼に聞いても
「寒くないかどうかで言われたら勿論寒い。だが心地よい寒さだし新鮮な経験だ。この村をずっと見てきた君と共に遺物を発掘できるのは考古学者冥利に尽きる」
と、言ってくれた。嬉しかった。冷心という名に反して、私の心も溶けてしまいそうなほど、温かい感情が心の奥底から湧いてきた。
これが人の子たちが言う所の恋であることに気が付くのにそう時間はかからなかった。
でも、わたくしには時間が残されて無かった。少しずつ消滅の足音が聞こえてくる。まともに立てなくなる。
調査の最中、倒れたわたくしの事を心配そうに覗き込んできた彼に、自分の事情を伝えた。もう、長くは無いという事を。せめて、わたくしがここにいたという記録も残して欲しいと伝えた。
「悪趣味な脚本家が書いたようなくだらん結末だ――そのような結末、私は認めんぞ」
季節は冬。人里に向かうまで山を3つ超えなければならない。電波? というものは通ってはいるが物理的に距離が離れすぎている。その上、外は吹雪。外に出るのは自殺行為だった。
でも彼は外に出た。わたくしの事を人々の記憶から消さないように。
一週間後、わたくしの体調はすっかりよくなった。誰かから記憶され、認知されているお陰だろうか。彼が何かをしてくれたのは間違いなかった。
そして、彼は戻ってきた。わたくしの元に。
「こういう時に伝手を頼るものさ。親交のあるイラストレーターの力を借りて君の絵を描いて貰って、面白いと思った君の伝承をイラストが載せられたビラの下に書き込んだ。それを駅前でばら撒いたという訳だ。手荒だし警察に連れていかれたが必要な犠牲だろう」
彼は人たらしならぬ怪異たらしだった。
わたくしは問う、どうしてそこまでしてくれるのかと。そこまでする価値はあるのかと。
「これは私の個人的な感傷でありエゴだ。君達怪異と呼ばれる存在はその地域に根付いた貴重な生きる文化財と言える。……まぁ今の時代では年々数を減らして伝説上の存在となっているが。文化遺産を守るのは考古学者として当然の事だろう?」
思うてたんのとは違う答えが返ってきた。
「……それに、その……命の恩人である君の事を助けたかったんだ。ついでに私は君の事が好きだ。だから生きて欲しかった。人々から忘れられて欲しくなかった」
珍しく顔を恥じらいで真っ赤にしながら答えた彼の返答がわたくしが待っていた答えだった。わたくしも彼の事を心の底から好きだったから。
雪芽村の伝承や古文書の内容を全てまとめ終わるまでに長い時間がかかってしまったけど、その後にわたくしは改めて彼から結婚して欲しいという告白を受けた。その内容についてはわたくしと彼との二人だけの思い出にしたいのでここで割愛したい。
何が言いたいかというと。……他の有象無象の敗北者たちとわたくしとは違うという事ですわ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さっむ、比喩でもなく凍えて死にそうだ。その原因は目の前で行われる雪女2人との論争にある。感情が高ぶると気温が下がるという現象は雪女という種族に共通しているものなのか実に興味深いが、今は観測してる場合ではないな。
「だから、言ってるでしょう!? 私とこいつはこいつが小さい頃からの仲なの! 将来を誓い合ったの! あんたが本来入る隙間は無い!? 分かる!?」
「貴女こそわたくしと旦那様との馴れ初めを聞きましたか? それとももう一度説明しないといけないぐらい脳みそが足りてないんでしょうか? これだから都会の今どきの雪女は頭が足りてなくて困りますわね」
「あんたこそ何よ! 着物なんて着て……! 今更貞淑ぶっても意味ないわよ!? この合法ロリババア!」
「貴女こそなんですか、その胸元丸出しの服装。それにその丈の短いスカート。舐めてるんですか?」
「とにかく! 今日は宣戦布告に来たのよ。あんたから私の運命の人を奪い返すってね! ばーかばーか! 電車を小学生料金で乗れるぐらいのチビ! 貧乳! ババア!」
「今どきの子は文明に染まりすぎて語彙も貧弱になってるんですのね? 単調な言葉ばかり繰り返すのは自分の脳みその小ささを喧伝してるようなものですのでやめた方がいいですわよ?」
「うっせぇーわバーカ!」
私の妻と言い争ってる女の子は氷杖。学生時代、学校に行くフリして裏山に入り浸っていた時に仲良くなった女の子。雪女という話は聞いていたが出会った当初は信じることができなかった。何せ服装が明らかに今風のギャルだし。だが言われてみれば彼女と過ごしてる時は周囲の気温が大分下がっていた気がする。
転校することになった際に彼女と別れることになったが、別れる際に泣きついて一緒に行くと言って聞かない彼女を説得するために大人になったら一緒に過ごすって約束したような気がする。彼女は勘違いしてるかもしれないが、言葉の意図としては昔のように一緒に本を読んで過ごしたいという意味合いだったのだが。
「裕翔。言っとくけどあんたの事諦めないから」
「アイアム既婚者ノー浮気」
「諦めないから!!!!!」
冷心に言い負かされて若干涙目になっている彼女はそう叫んで去っていった。冷心の方が年上なんだろうから少しは手加減してやればいいのに。
「さて、これで邪魔者は消えましたわね。……今日はデートの日ですわ。参りましょう」
「……そうだな、デートするって約束したもんな」
さらば七代目観葉植物君(名は吉村作治1号)。今度買い替えておこう。
彼の供養を済ませた後に、自分よりも頭身が低く、身長も小さな彼女の小さく、冷たい手を優しく握る。そして、彼女の事をエスコートする。
「……本当に次のフィールドワーク、君も来るのか?」
「勿論ですわ。紫音村でしたっけ? 今から楽しみですわね。八戸さんが居なければもっと楽しかったんですけど……そこはまぁ仕方ありませんわ。妥協することにします」
彼女の歩幅に合わせてゆっくりと駅前を歩く。空を見上げると、彼女と出会った時を思い出す空模様が広がっていた。雪はまだ降ってないのが幸いだ。
私の妻といると確かに凍える。手もかじかむし、風邪をひくこともあるが……。この冷たさこそが彼女がそこに存在する証だと考えると悪くないなと思えてしまう。
「……旦那様。ケーキ屋さんができているんですわね。覚えてますか? わたくしと初めて一緒に村から外に出た時に、カフェで食べたイチゴのみるふぃーゆのこと。……ふふ、わたくし、あまりの美味しさに感動してしまいましたわ」
「覚えてるとも。……忘れるはずがない。君の感情が高ぶったせいで私たちの周りが一気に寒くなったな」
「むぅ……も、もうそんな事はしませんわよ。(旦那様に関わる事を除いて)人に迷惑をかけるのは本意ではありませんから」
「不穏な間が若干気になるが今は触れないでおこう。それじゃあ、ナポレオンパイを食べに行こうか。あの時と同じようにね」
ケーキ屋へと足を踏み入れる。店員から可愛らしい妹さんですねと言われて不服そうな表情を浮かべていた彼女も、ナポレオンパイが運ばれてくるのを見て見た目相応の子どものようにキラキラと目を輝かせた。
そして、あーん、と口を広げて何かを待っているかのような動作。ははーん、恋人同士がやるアレをしてほしいんだ? 全く、彼女は変わらないな。甘えん坊な所も結ばれた時と同じだ。
フォークで丁寧にナポレオンパイをサクっ、と小気味いい音を立てて切り分けていって、彼女の口元に持っていく。ぱくり、と小動物のような口を開いて彼女はフォークを咥えこんでいき、にこっ、と満面の笑みを浮かべた。
……私に対する行き過ぎた愛さえなければ本当に非の打ちどころがない愛すべき妻なんだがなぁ……。そこまで彼女に狂ったように愛されるようなことはしただろうか?
「ヘーイ! 奇遇ですねマイダーリン! 貴方もこのケーキ屋さんのケーキ食べに来たんですカー?」
「殺します」
「ステイステイ。冷心。店員さんも一気に気温が下がってびっくりしてるから」
本当にこいつ神出鬼没だな。相変わらず豊かな母性の象徴にボタンが悲鳴を上げているトレンチコートを着込んだ彼女はにこり、と満面の笑みを浮かべた。彼女の笑みとは裏腹に、冷心の表情は凍り付いていく。私が止めなかったら今すぐ殺し合いに発展しかねなかっただろう。
「小説家のシエルさんから聞きましたヨー? 今度のフィールドワークの行き先。紫音村でしたっケ? あたしも連れて行ってくだサーイ」
「いいえ」
「小説家のシエルさんから聞きましたヨー? 今度のフィールドワークの行き先。紫音村でしたっケ? あたしも連れて行ってくだサーイ」
「いいえ」
「小説家のシエルさんから聞きましたヨー? 今度のフィールドワークの行き先。紫音村でしたっケ? あたしも連れて行ってくだサーイ。……連れて行かないなら無理にでもついていくよ?」
これ、はいって答えないと先に進めないタイプの質問だよな。というか無理やり断ってもこいつ無視して付いてくるだろうし。
結局、私はこの選択肢があるようでない問答にはいと答えるしかなかった。
その夜、私が不機嫌になった我が妻の機嫌を直す為に悪戦苦闘した事は紙とインクを使って表現した場合辞典の分厚さになってしまうのでここでは省略させてもらう。……だが、どれだけ彼女の隣が凍える程に寒くても、彼女の隣以外に私の居場所はないのだ。
因みに主人公も冷心の事を深く愛しております。相思相愛ですね。
ただ、主人公は色々な場所で怪異の脳を焼いてるんでちょっと洒落にならないことになってます。正妻の座、そして彼の隣を狙う怪異は多いでしょう。
果たして冷心は正妻の座を守り切れるかどうか、それは神のみぞ知ります。
次回は反響を見つつ、反響が大きそうなら17日の19時に投稿したいと思います。
というより評価をください、評価とお気に入り数があれば後10年は戦えると思います。ついでにモチベバフによって執筆速度も上がります。