リバース・クエスト〜女体化した俺、ティンティンを取り戻すため狐耳魔女と異世界を駆け巡る〜 作:八百板典所
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「……なんとか逃げ切れたな」
頬を伝う汗を右手の甲で拭い落としながら、俺は近くにあった木に寄りかかる。
『この世界』にスタミナという概念はない。
にも関わらず、俺は『疲れた』と思ってしまった。
多分、俺が自覚している以上に精神的疲労が蓄積されているのだろう。
リュドラを振り切った途端、ドッと疲れが押し寄せた。
「はぁ、……もう体力も魔力も尽きかけ寸前です。ユウさーん、今日はここら辺で野宿しましょうよー」
俺以上に疲弊しているのだろう。
魔女ルナは辛そうに息を吐き出すと、疲れを顔に滲ませながら、天を仰ぐ。
彼女の瞳には爛々と輝く星々が映し出されていた。
空を仰ぐ。
もう夜が始まったらしい。
さっきまで茜色に染まっていた空は、すっかり藍色に染まっていた。
半分に欠けた月と満天の星が俺の目を楽しませる。
幾多の星はその身を削るかのように、燦々と瞬いていた。
瞬く月と星を眺めながら、一日が終わりかけている事を痛感する。
本当に長くて濃い一日だった。
というか、まだ俺が女になって、一日も経ってねぇのかよ。
そんな事を思いながら、俺は溜息を吐き出す。
すると、辛そうに呼吸を繰り返していた魔女ルナが、こんな事を言い出した。
「あ、でも、また汗を掻いたので、水浴びしたいかも。ちょっと、このまま寝るのは乙女的に、ちょっと抵抗感が……」
手団扇で顔辺りに風を送りながら、魔女ルナは額から汗を垂れ流す。
さっきの逃走で全速力疾走した所為だろう。
俺と同じように、彼女も汗を掻いていた。
「そうだな。このまま汗掻いたまま、寝てしまったら、肌トラブル以前に風邪を引いてしまう。どっかで水浴びできる場所を探さないと、……」
「でしたら、あちらから水の音がします。着いてきてください」
『よいしょ』と呟いた後、彼女は『あちら』──水の音がする方に向かって歩き始める。
俺はゆっくり息を吐き出すと、疲れ切った精神(こころ)に鞭を打ち、再び歩き始めた。
「なあ、その水の音までって、大体此処からどのくらいの距離だ?」
「大体、此処から200メートル……いや、100メートル程かと。ほら、あちらから聞こえてきませんか? 水の『ちゃぷん』と揺れる音が」
「いや、聞こえてこないけど、……」
「いいえ、ぜーったいに聞こえます。ほら、よく耳を澄ませて下さい」
そう言われて、俺は目を閉じ、聴覚に意識を傾ける。
彼女の言う水の揺れる音を聞こうとする。
すると、木の葉の揺れる音と混ざって、『ちゃぷん』という水の揺れる音が微かにだが、俺の鼓膜を確かに刺激した。
「あ、本当だ。水の揺れる音が少しだけど、聞こえてくる」
「でしょ? なので、きっと、この先にきっと水場があると思われ! さあ! ユウさん! 水浴びで汚れを落として、さっさと寝ましょう! 今日はよく動いたから、ぐっすり寝れますよ!」
眠たそうに目をとろんとさせながら、魔女ルナは欠伸を噛み殺しつつ、虚勢を俺に見せつける。
この一日で彼女も疲弊してしまったのだろう。
『疲れた』の三文字が彼女の顔に滲み出ていた。
「そうだな。さっさと水浴びして、寝ようぜ。と言っても、地面の上に寝転がらなきゃいけないっぽいけど」
「そこら辺は、ご安心を! こんな事があろうかと、私、野宿用の備えをしています!」
「おー、それは頼もしい」
そんなこんなで雑談をしている内に、俺達はたどり着いてしまう。
魔女ルナが言っていた『あちら』──水の揺れる音の下に。
「うお、この泉、なんかキラキラしています」
辿り着いた先は、光り輝く泉だった。
星空の煌めきに負けるかと言わんばかりに、キラキラ輝く泉が、俺達の視界いっぱいに映し出される。
「ユウさん、この泉って、もしかして例のアレですね。ボス戦の前に置いてある例の」
「ああ。泉の中に入ると、HPが回復する系のヤツだ」
そう言って、俺は泉──正式名称『生命の泉』に触れる。
触れた途端、俺のHPは回復──しなかった。
そりゃそうか。
だって、まだこの世界に来てから一度もダメージを喰らっていないのだから。
「うーん。ワンチャン、疲れが取れるかもと思い、泉に触ったのですが、何も効果が現れませんね。もしかして、私が『この世界』の人間じゃないから、HPが回復しないのでしょうか」
「まあ、細かい事は置いといて、今は水浴びしようぜ。HPは回復できなくても、身体洗うくらいならできるだろ」
身体の汚れを水タオルで拭い落とそう。
そう思うや否や、脳内ステータス画面のアイテム欄が自動的に開く。
導かれるがまま、アイテム欄を覗いてみる。
そこには、さっき魔女ルナから借りたタオルが収納されていた。
どうやら俺が一度受け取ったものは、アイテム欄に収納されるらしい。
『便利だなー』と思いつつ、アイテム欄から選択し、タオルを取り出す。
すると、何処からともなく現れたタオルが俺の掌に乗っかった。
(よし……あとは身につけている『囚人の花嫁衣装』を外して……と)
欠伸を浮かべながら、俺は脳内ステータス画面を弄る。
深く考える事なく、身につけている装備を外す。
下着姿になったその時だった。
「ちょ、ユウさん……!」
──すぐ隣に魔女ルナがいる事を思い出したのは。
その所為で、俺は彼女に見せてしまう。
半裸になった俺の身体を。
エッチな黒い下着上下を身につけている俺の身体を。
大きな胸を覆うエロチックなブラジャーを。
シルクのように美しく透明感のある俺の細くてもしなやかな肢体を。
そして、『これが勝負下着だ』と言わんばかりに主張する股間を覆うパンティーを。
彼女──魔女ルナに見せてしまう。
「〜〜〜〜!!」
想定している以上に疲弊しているのか、それとも、気が緩んでいたのか。
通常ならば、あり得ないミスをやらかしてしまう。
いや、何やってんだよ、俺。
こんな格好、人に見せるとか、本格的に痴女じゃん俺。
そんな事を思いながら、俺は右腕で胸部を、そして、左手で股間部分を隠す。
両腕で下着を隠した瞬間、頬の温度が馬鹿みたいに急上昇してしまう。
いや、頬だけじゃない。
羞恥心が刺激され、身体全体が熱を帯び始める。
「え、は、え……? なんで唐突に下着姿に………はっ! 分かりました! つまり、これから初夜スタートって事ですね! うおおおおお! 滾ってきたぁぁぁあああ!!」
「違う! 違うから! こんな姿になったのは、うっかりミスだから!」
叫びながら、俺は首を横に振る。
首を横に振る度に、長い金髪が左右に揺れ動く。
その間にも体温は上昇し続け、顔が、身体が熱を帯び始める。
そして、羞恥心が限界に達してしまった俺は──
「え、ちょ、ユウさん、何して、……ユウさぁぁあああんんんん!!」
──光り輝く泉の中に飛び込んでしまった。
この身体を光り輝く泉の中に隠すために。
火照った身体を冷ます為に。