リバース・クエスト〜女体化した俺、ティンティンを取り戻すため狐耳魔女と異世界を駆け巡る〜   作:八百板典所

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五十七話

◆ side:瑠璃川桜子 2025年 7月31日

 

 くるみが入院してから、そこそこの月日が経過した。

 にも関わらず、くるみは寝たきりのまま。

 あれから一度も目を覚ます事なく、病院のベッドの上で眠り続けていた。

 

「………」

 

 病院のベッドの上で眠り続けているくるみを見る。

 悪夢を見ているのだろうか。

 彼女の寝顔はとてもじゃないが、いいとは言い難いものだった。

 

─────『誰も踏み込めぬ理想郷(7)』─────

 

 

◆ side:瑠璃川桜子 2025年 7月31日

 

 夏休みに突入して、数日経ったある日の昼下がり。

 空も夏にやられていた。

 薄い雲に覆われた水色の空。

 日陰を求める蝉の声。

 生き急ぐ蝉の鳴き声が焦燥を募らせる。

 地面を焼く陽射しが、寂れた小さな公園を照らし続ける晩夏の陽射しが、錆びたブランコに乗っかっている私──瑠璃川桜子に突き刺さる。

 

「………」

 

 額を伝う汗が鬱陶しい。

 身体に纏わりつく熱気が鬱陶しい。

 蝉の鳴き声も鬱陶しい。

 空に浮かぶ入道雲が鬱陶しい。

 というか、私を取り囲む何もかもが鬱陶しい。

 そんな事を心の何処かで祈りながら、私は夏の空を仰ぐ。

 薄い雲に覆われた水色の空を仰ぐ。

 入道雲の陰に隠れ始めたお天道様を睨みつける。

 案の定、私の願いは届く事なく。

 額を伝う汗も、身体に纏わりつく熱気も、ツクツクボウシの鳴き声も、そして、空に浮かぶ入道雲も、私を取り囲み続けた。

 

「……どうして」

 

 視線を地面に向けながら、疑問の言葉を呟く。

 

「……くるみ。どうして、アナタは飛び降り自殺なんかを……、」

 だが、幾ら疑問の言葉を呟いても、答えは出てこなかった。

 

「………」

 

 思い出す。

 初めてくるみと会った時の事を。

 勉強も部活も何もかも上手くいかない私の前に現れた彼女の姿を。

 そして、見ず知らずの私に手を差し伸べた彼女の優しさを。

 私は鮮明に思い出す。

 当時の私は何もかも上手くいかな過ぎて自暴自棄になりかけていた。

 もしあの時、くるみが声をかけてくれなかったら。

 多分、今の高校に受かっていなかっただろう。

 自暴自棄になって、より悲惨な目に遭っただろう。

 あの時くるみが声を掛けてくれたから、あの時くるみが私に『リバース・クエスト』というゲームをプレイさせてくれたから、今の私がいる。

 今、私は息をしている。

 くるみは私を助けてくれた。

 自暴自棄になりかけていた私を助けれくれた。

 にも関わらず、私は彼女を助ける事ができなかった。

 

「………」

 

 気づくキッカケはあった。

 二ヶ月前──今年の5月下旬、くるみの右腕には分厚い包帯が巻かれていた事を思い出す。

 彼女の右腕は折れていた。

 あの時、くるみは『転んだら折れちゃった』みたいな事を言っていたが、今思うとアレは嘘だったんだろう。

 くるみの稚拙な嘘。

 それを鵜呑みにしてしまった自分に苛立ちを抱く。

 

(もしあの時、彼女の嘘を見破れていたら、……)

 

 もし。

 もしも、もっと早くくるみの異変に気づいていたら。

 もっと早く、彼女のSOSに気づく事ができていたら。

 彼女の飛び降り自殺を食い止める事ができていただろうか。

 私は彼女を助ける事ができていたのだろうか。

 過ぎ去ってしまった過去に思いを馳せながら、私は後悔を心の中で垂れ流す。

 だが、そんな事をした所で、時間は巻き戻らないし、くるみが飛び降り自殺しようとした事実を覆す事はできなかった。

 

「……くるみ」

 

 自らの不甲斐なさを嘆きながら、彼女の名前を呟い──たその時だった。

 

 唐突に、

 何の前触れもなく、

 私の目の前に、

 

 ──ドブ色の球体が現れたのは。

 

「……….え」

 

 ドブ色の球体は浮いていた。

 ブランコを漕ぐ私を見下ろしていた。

 

「な、……なんですか、これ……」

 

 突如現れた謎の球体を目の当たりにして、私は怯えた声を発してしまう。

 それは一目見ただけで異質だった。

 数多の絵の具を混ぜたその先にある、ドブのような色。

 その濁った色を見ているだけで、私の背筋にゾクッとしたものが走った。

 

『………』

 

「へ?」

 

 頭の中に文字が浮かび上がる。

 『ねがいをいえ』という文字が浮かび上がる。

 その文字が浮かび上がった途端、私の口から素っ頓狂な声が漏れ出た。

 

『……』

 

 頭の中に再び文字……いや、情報が流れ込む。

 情報は言った。

 『私はお前の目の前にいる球体だ』、と。

 『私は願いを叶えるために存在している』、と。

 『願いを言え。どんな願いでも叶えてやる。お前が支払う代償は、たった一つ』、と。

 

「ア、アナタが私に話しかけているのですか?」

 

 私の疑問にドブ色の球体が『そうだ』と語りかける。

 ふわふわと浮かぶドブ色の球体を見て、私は思った。

 『これ』は人間(わたし)達にとって敵である、と。

 人間(わたし)達にとって絶対的な悪である、と。

 理屈ではなく、本能で目の前の球体が絶対的な悪であると把握する。

 その瞬間、私はブランコから飛び降りると、この場から逃げ出そうと──

 

『瑞稀くるみが自殺した理由を知りたくないか』

 

 ──した瞬間、悪魔のような囁きが私の脳裏を過った。

 足を止める。

 そして、私は身体の正面をドブ色の球体に見せると、恐る恐る口を開いた。

 

「……知っているんですか」

 

 私の疑問にドブ色の球体は、『ああ』と告げる。

 そして、ドブ色の球体はフワフワ浮いたまま、鈍い光を放ち始めた。

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