アニポケ転生者物語 作:投稿者
第211話
カナズミシティの港を出発した、ハギ老人の操る『キャモメ号』は、順調にホウエンの美しい海原を進んでいた。潮風が心地よく、時折跳ねるコイキングや、群れをなして泳ぐメノクラゲの姿が、旅情を誘う。
「おーい! ミナト! 見ろよ、島が見えてきたぞ!」
船首で身を乗り出すサトシが、後方を歩いていた俺に声をかけてきた。
水平線の向こうに、緑豊かな小さな島影が見えてくる。ムロタウンだ。
美しい純白の砂浜と、島の大部分を占める険しい岩山が特徴的な、海に囲まれた孤島。波の音が絶え間なく響き、南国特有の強い日差しが全てを鮮やかに照らし出している。
「着いたーっ!!」
船が桟橋に接岸するやいなや、サトシが一番乗りで砂浜に飛び降りた。ピカチュウもその後に続く。
「ここがムロタウンか! いい波が来ているぜ! なあ、ピカチュウ!」
「ピカピカッ!」
砂浜には多くのサーファーや観光客が集まり、思い思いにバカンスを楽しんでいる。
その中に一人、ひときわ見事なライディングを見せる青年がいた。
青い髪を潮風になびかせ、相棒のマクノシタと共に、崩れ落ちそうな巨大なチューブを軽やかに乗りこなすその姿に、周囲からどよめきと歓声が上がる。
波の力を受け流し、自らのエネルギーへと変えて一体化しているかのような、一切の無駄がない動き。
「すごいバランス感覚ね……。あんな大きな波に乗っちゃうなんて」
ハルカが、感心してそのライディングを見つめる。
「あれがムロジムのジムリーダー、トウキさんだよ。波乗りを通じた独自のトレーニングで知られているんだ」
俺が補足するように言うと、マサトは熱心にポケナビのデータをチェックし始めた。
青年は波打ち際に上がってくると、サーフボードを小脇に抱え、爽やかな笑顔で俺たちに手を振った。
「やあ! 元気な挑戦者たちだね。僕がジムリーダーのトウキだよ。君たちの『波長』、いい感じに揺れているね」
「あなたがトウキさんですか! 俺はマサラタウンのサトシ! 早速ジム戦をお願いします!」
サトシがいつものように前のめりに頼み込む。
「いいよ。……でも、今の君の『波長』じゃ、僕の波には乗れないかもしれないよ?」
トウキは意味深な言葉を残し、俺たちを砂浜近くのジムへと案内した。
バトルの結果は、サトシの完敗だった。
スバメもキモリも、マクノシタの「波を受け流すような動き」に翻弄され、自慢のスピードとパワーを全て無効化されてしまった。
「……嘘だろ」
ジムを出た後、サトシは浜辺に座り込み、砂を握りしめて項垂れていた。これまでの旅で培ってきた自信が、音を立てて崩れていくような、あまりにもあっけない敗北。
「元気出せよ、サトシ。トウキさんは強かった。ただそれだけだろ?」
ハルカが励まそうとするが、サトシの耳には届いていないようだった。
すると、どこからか聞き覚えのある、しかしこの場には不釣り合いなほど情熱的な叫び声が聞こえてきた。
「ああ……! そこの美しき波乗りのヴィーナス! 貴女のその眩しい水着姿に、僕のハートはハイドロポンプ級の直撃を受けました! ぜひ、僕特製のアローラ風カレーを一緒に食べてはくれませんか!?」
浜辺のパラソルの下で、茶色のベストを着た細目の青年が、一人の美女に向かって膝をつき、必死に愛を叫んでいた。
「……え、ちょっと不気味なんだけど……。ごめんなさい、連れが待ってるから!」
美女は露骨に嫌そうな顔をすると、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
「ああ……! 僕のヴィーナス……! 行かないでくれぇ……!」
砂浜に突っ伏して嘆く青年の姿を、マサトが冷めた目で見つめている。
「ねえお姉ちゃん。ホウエン地方って、あんな変な人まで生息してるの? 図鑑には載ってなかったけど」
「ちょっとマサト、失礼よ……。でも、確かに変な人ね」
「……タ、タケシ!?」
サトシがようやく顔を上げ、驚愕の声を上げた。
「あ、サトシ! ミナトも! 奇遇だな、こんなところで会うなんて!」
タケシはフラれたショックなど微塵も感じさせない速さで立ち上がり、爽やかに手を振った。
「タケシ、お前……なんでホウエンに!?」
「ニビジムの用事も一段落してな。オーキド博士から、お前たちがホウエンへ向かったと聞いて、居ても立ってもいられずに追いかけてきたんだ。さっき着いたばかりなんだけど、いい波といい女性が多すぎてつい……」
「相変わらずだな、お前は……」
俺は苦笑いしながら、旧友との再会を喜んだ。
「で、サトシ。さっきから見てたが、随分と湿気た顔をしてるな。その子たちは……新しい仲間か?」
タケシがハルカとマサトに視線を向ける。
「ああ。こっちはハルカ、トウカジムのセンリさんの娘さんだ。で、こっちは弟のマサト」
「はじめまして! ニビジムの元リーダー、タケシだ。よろしくな」
タケシが丁寧に挨拶すると、ハルカは少し安心したように微笑んだ。
「ミナト君から聞いてました。凄腕のブリーダーさんなんですよね?」
「ああ、任せてくれ。旅のサポートなら僕の右に出る者はいないよ」
一方、マサトは相変わらずタケシを怪訝そうに見ている。
「……凄腕のブリーダー? さっきの様子じゃ、ただのナンパ師にしか見えなかったけどなぁ」
「おいおい、マサト君。あれは僕なりのコミュニケーションというか……情熱の表現なんだよ。……というか君、初対面にしては随分と鋭いツッコミを入れるんだね」
タケシがタジタジになっている。この二人の「天敵」としての関係性は、どうやらここから始まるらしい。
「よし、まずはメシだ! 腹が減っては戦法も思いつかないからな。俺が最高に美味いホウエン風シチューを作ってやる!」
タケシの頼もしい言葉に、サトシの瞳にようやく光が戻った。
「タケシの料理……! 食べたい!」
「本物のタケシさんの料理、楽しみ!」
こうして、俺たちの旅に最強のサポーター、タケシが正式に合流した。
波音の響く浜辺。焚き火の準備を始めるタケシの背中を見ながら、俺は次の目的地のことを考えていた。
「(タケシがいれば、俺も少しは自分の調査に集中できそうだな)」
「よし、サトシ。メシの後は、特訓だ。トウキさんの波を越える方法、一緒に探そうぜ」
俺が言うと、サトシは力強く頷いた。
「ああ! 負けっぱなしじゃ終われないからな!」
ホウエンの風が、再び熱く吹き始めた。