アニポケ転生者物語   作:投稿者

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閑章
第217話


ムロタウンの穏やかな時間の流れを置き去りにし、ハギ老人の船は、ホウエン地方でも随一の活気を誇る港湾都市、カイナシティへと入港した。

潮風に乗って真っ先に届いたのは、何千人もの人々が同時に喋り、笑い、商いをしているという猛烈なエネルギーの塊だった。そして、それ以上に刺激的なのが、鼻をくすぐる複雑な香りの数々。スパイスの刺激的な匂い、熟した南国果実の甘い芳香、そして市場で焼かれている魚介類の香ばしさ……。それら全てが混ざり合い、この街が「ホウエンの台所」であることを雄弁に語っていた。

 

「着いたーっ! デカい街だなあ、カイナシティ!」

サトシが甲板の手すりから身を乗り出し、期待に満ちた声を上げる。ピカチュウもその肩で「ピカピカァ!」と、新しい土地の気配に耳をぴんと立てている。

港には、巨大な貨物船から小さな漁船まで、数え切れないほどの船が停泊していた。巨大なクレーンが唸りを上げてコンテナを積み下ろし、作業員たちの威勢のいい掛け声が響き渡る。そのダイナミックな光景は、静かなムロタウンとは対極にある「動」の魅力に満ちていた。

 

「すごい活気……! 見て、サトシ君! あっちの方にコンテスト会場の看板があるわ!」

ハルカが指差した先には、美しい装飾が施された巨大なドームが見える。彼女の瞳は既に、次なるステージへと向かっているようだった。

「ほう、あれがカイナのコンテストホールか。かなり格式が高いと聞いているよ」

タケシが腕を組み、感心したように頷く。彼は既に、この街の市場で手に入るであろう新しい食材のリストを頭の中で組み立てているようだった。

「あっちにはバトルテントもあるよ! サトシさん、そこはフロンティアブレーンはいませんけど、普段とは違うルールで戦える面白い場所なんです!」

マサトがポケナビの地図を操作しながら、得意げに解説を加える。

 

「よし、まずは市場へ行こう。……ダイゴさんとの約束の時間まで少しあるし、タケシの言っていた食材の調達もしたいからな」

俺が提案すると、一行は賛成の声を上げ、賑やかなタラップを降りて街へと足を踏み入れた。

 

カイナシティのメインストリートは、そのまま巨大な青空市場へと繋がっていた。色とりどりのテントがどこまでも続き、そこではホウエン中の珍しいアイテムやきのみ、そして日用品が所狭しと並べられている。

「いらっしゃい、いらっしゃい! そこの若者たち、いいきのみが入ってるよ! ポロック作りに興味はないかい?」

恰幅のいい露店のおばちゃんに声をかけられ、俺たちは足を止めた。

 

「最高級のブリーのみが入荷したばかりだよ! 渋味と苦味が絶妙で、ポケモンの『美しさ』を磨くにはこれ以上のものはないねぇ」

「ブリーのみか……。ヒンバスのコンテストデビューに向けて、最高のポロック素材を探していたんだ。おばちゃん、これと、あとシーヤのみもいくつか貰えるかな」

俺が交渉を始めると、隣でタケシも鋭い目利きを始めた。

「おばちゃん、このマトマのみもいい色だ。……ミナト、こっちのきのみを混ぜれば、ラルトスの毛艶もさらによくなるぞ。ハルカちゃんのアチャモにもいいはずだ」

「わぁ、本当!? さすがタケシさん!」

タケシのアドバイスを受け、俺たちは次々ときのみを買い込んでいく。サトシも「俺の分も頼むぜ!」と、ピカチュウのための電気が溜まりやすくなるきのみを選んでもらっていた。

 

買い物を済ませ、賑やかな市場を抜けた俺たちは、街の北側に位置する静かなエリアへと向かった。そこには、海の青を象徴するような美しい曲線美を持つ建物――『海の博物館』が建っていた。

今回の俺たちの目的の一つは、トウカの森で預かった『デボンのにもつ』を、この博物館の責任者であるクスノキ館長に届けることだ。

 

「あ、ミナト君! それにサトシ君たちも!」

博物館の白亜の階段の前で、見覚えのある銀髪の青年が、端正なスーツ姿で手を振っていた。

ホウエン最強の男、ダイゴさんだ。

 

「ダイゴさん! お久しぶりです。ムロではありがとうございました」

俺が駆け寄ると、ダイゴさんは穏やかな笑みを浮かべた。

「やあ。……無事に着いたようだね。タケシ君も合流したようで、ますます賑やかなパーティになったじゃないか」

「はじめまして! ニビジムのタケシです!」

タケシが丁寧に挨拶すると、ダイゴさんは「君のブリーダーとしての噂は聞いているよ」と、優しく言葉を返した。サトシやハルカ、マサトも、ダイゴさんの持つ圧倒的なオーラに少し緊張しながらも、嬉しそうに挨拶を交わす。

 

「……さて、再会を祝いたいところだが。クスノキ館長は、今少し取り込み中のようなんだ」

ダイゴさんの視線が、博物館の重厚な入り口に向けられる。

そこには、潮風に晒されたような青いバンダナを頭に巻き、白と青のボーダー柄のシャツを纏った、見るからに柄の悪そうな集団が立ち塞がっていた。彼らの胸元には、鋭い牙を持つ鮫を連想させる、アルファベットの『A』を模した不気味なマークが刻まれている。

 

「(アクア団……! 間違いない、原作通りの展開か)」

俺はデバイスのカメラを起動し、周囲の状況を密かにスキャンし始めた。

「あいつら、何をしてるんだ? せっかく博物館を見ようと思ったのに!」

サトシが憤慨して身を乗り出す。ピカチュウも頬から火花を散らし、警戒心を露わにした。

「彼らは『アクア団』。マグマ団と対をなし、海を広げようとする過激な思想を持つ組織だ。……どうやら、館長に用があるのは君だけじゃないみたいだね」

ダイゴさんの瞳には、いつもの温和さとは違う、冷静な観察者、そして強者としての鋭い光が宿っていた。

 

「行こう。……放っておくわけにはいかない。デボンの荷物も、彼らに渡すわけにはいかないからな」

俺の言葉に、サトシが力強く頷く。

「おう! 悪だくみなら俺たちが止めてやるぜ!」

「私も、何かできることがあれば手伝うわ!」

ハルカとマサト、そしてタケシもそれぞれのポケモンを構え、俺たちは不穏な空気が漂う博物館へと足を踏み入れた。

 

市場の明るい喧騒が、分厚い石の壁に遮られて遠ざかっていく。

代わりに俺たちの全身を包んだのは、海の底のような冷たく、一触即発の緊張感が張り詰めた静寂だった。

 

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