アニポケ転生者物語 作:投稿者
ルネシティで仲間たちが、そしてこの星の未来を守るために戦う者たちが決死の防衛戦を繰り広げているその頃。俺は131番水道の荒れ狂う海原の只中に、天を突く矛のようにそびえ立つ巨大な石塔――『そらのはしら』の麓に降り立っていた。
周囲の波は、何かに怯えているかのように狂ったようにのたうち回り、数千年の風雪に耐えてきた塔の土台を執拗に叩き続けている。俺をここまで運んでくれた相棒のフライゴンは、限界を超えた超音速飛行と、異常気象による凄まじい乱気流に翻弄され、その美しい翼を小刻みに震わせていた。
「……ありがとう、フライゴン。お前のおかげで、ここまで辿り着けた。あとは俺が一人で行く。お前はボールの中で、ゆっくりと休んでくれ」
俺はフライゴンの首筋を優しく撫で、その温もりを掌に感じてからボールへと戻した。
目の前には、苔むし、所々が崩落した巨大な石の扉が立ちはだかっている。その表面には、現代の言語体系では解読不可能な、しかし本能に直接訴えかけてくるような古代の神聖文字が深く刻まれていた。
『空を敬う者、試練を受けよ。翼なき者が天を目指すなら、その魂の重さを問う』
俺は震える手で、デバイスの外部端子を扉の隙間にある古い接点へと接続した。
「ポリゴンZ、解読と同時にエントリープロトコルを走らせろ。時間が惜しい」
『了解。……古代暗号の復号を開始。……これは、単なる鍵ではありません。特定の周波数の波導、および「選ばれた証」に反応する生体認証システムです。マスター、ダイゴ氏から預かった「天空の笛」を、その中央の窪みへ』
俺は、懐から取り出した古びた木の笛を、石の扉の心臓部と思われる窪みにはめ込んだ。
瞬間、島全体が揺れるほどの重厚な地響きが鳴り渡り、数千年の沈黙を守り続けてきた巨大な石扉が、ゆっくりと、しかし確実にその口を開けた。中からは、肺の奥まで凍りつくような、驚くほど清冽で、そして極限まで薄い空気が、静寂と共に流れ出してきた。
一歩、塔の内部に踏み込んだ瞬間、俺は全身を襲う異様な違和感に膝を突きそうになった。
「……っ、何だ、この重圧は……!?」
「警告。塔の内部環境は、外の世界の物理法則から完全に乖離しています。超高密度の重力波が充満しており、上層へ向かうほどその圧力は指数関数的に増大します。……現在の重力値、1.8G。上層部では推定5Gを超えます。常人では毛細血管が破裂し、内臓破裂を引き起こすレベルです。……マスター、推奨、即時撤退。これ以上の登頂は、あなたの生命維持を著しく困難にします」
「撤退なんて……できるかよ……! 俺がここで足を止めれば、ルネの街は……ホウエンは、今日この日に終わるんだ。……俺には、この物語のエンディングを書き換える責任があるんだよ」
俺は歯を食いしばり、鉄の味のする唾を飲み込んで、一歩ずつ重い石段を登り始めた。
足が鉛のように重く、一段ごとに骨がきしむ音が聞こえる。視界が真っ赤に染まり、心臓の鼓動が耳元で鐘のように打ち鳴らされる。だが、閉ざされそうになる意識の奥底には、ルネで必死に戦い、俺を信じて背中を預けてくれたサトシやタケシ、そしてマサトの姿が。そして、俺の手を最後まで握りしめて送り出してくれたハルカの、あの祈るような瞳が鮮烈に焼き付いていた。
酸欠で脳が焼き切れるような苦痛の中、俺は自分自身を、そして俺の魂を極限まで叱咤した。
ポリゴンZが、俺のバイタルサインを強引に安定させるために、微弱な電気パルスを筋肉に直接送り続けてくれている。その灼熱のような痛みさえも、今は意識をこの世界に繋ぎ止めるための、唯一の
第3階、第5階、そして第10階……。
もはや、時間の感覚すらも、自分が人間であるという実感すらも失われかけていた。ただひたすらに、目の前の石段を一つ、また一つと踏み越えていく。それだけの、地獄のような単純作業。
肺が狂ったように酸素を求め、視界の端々で青白い火花が散る。
ふと、崩れかけた壁面の隙間から、外の世界が見えた。眼下には、煮えたぎる海と、世界を二分する赤い炎と青い雨の渦。神々の怒りが、この塔の高さまで届こうとしている。
その時、塔の最上階手前、壁一面に描かれた巨大な壁画が、不気味な光を放った。
描かれているのは、雲海を裂いて降臨する、天空の守護者レックウザの神々しくも恐ろしい姿。
その描かれた瞳と目が合った瞬間、俺の脳内に直接、宇宙の彼方から届く雷鳴のような「意志」が響き渡った。
『――小さき人よ。定められた運命に抗い、何を求めてこの高みに至るか。汝の望みは、破壊か。あるいは、すべてを無に還す再生か』
「どちらでもない!! 俺が、俺たちが求めているのは……こんな八つ当たりで終わる未来じゃない!! この不条理な戦いの、……本当の終焉だ!!」
俺は喉を裂くような叫びを上げ、最後の一段を踏み抜いた。
扉を、というよりは空間そのものを突き破り、俺はついに塔の頂上へと辿り着いた。
そこは、もはや雲の上の世界。荒れ狂う地上の嵐さえも届かない、成層圏の直下に位置する、星空に最も近い静寂の領域だった。
極めて薄い大気の中、俺の目の前には巨大な龍の形をした影が、祭壇を抱くようにして横たわっていた。
超古代ポケモン、レックウザ。
数万年、あるいは数十万年の間、オゾン層の彼方から世界の不均衡を監視し続けてきた、裂空の覇者。その存在自体が、この星の防衛システムそのものだ。
俺は震える手で、ダイゴさんから預かった『天空の笛』を、血の滲む唇に当てた。
言葉にならない、論理では説明できない、ただ「世界を生かしたい」という剥き出しの想い。それを魂のすべてを込めた呼気と共に、俺はその「旋律」として大気の中に解き放った。