アニポケ転生者物語 作:投稿者
『そらのはしら』の最上階。裂空の覇者が天へと昇り、すべての狂った気象現象が劇的に収束し始めた世界で、俺は糸が切れた人形のようにその場に座り込んでいた。
肺が極限まで薄い空気を求め、全身の筋肉が経験したことのない過負荷によって小刻みに痙攣を繰り返している。耳の奥ではまだ、あの神話的な咆哮の残響が鳴り響いていたが、周囲を支配しているのは、逆に耳が痛くなるほどの絶対的な「静寂」だった。
俺は仰向けに倒れ込み、雲一つない、吸い込まれるような蒼穹を見上げた。
そこから降り注ぐ太陽の光は、先ほどまでの刺すような熱線ではなく、凍え切った魂を優しく解きほぐすような、本来の温かさを取り戻していた。
「……終わった、のか。本当に」
『……肯定。マスター、周辺のエネルギー反応、平常値まで減衰。……バイタルサイン、危険域を脱しました。ですが、精神的・肉体的疲労が蓄積しています。速やかな休息と水分補給を強く推奨します』
ポリゴンZの声が、デバイス越しに、いつになく穏やかで、慈愛に満ちた響きを持って聞こえた。
俺は震える手で、ダイゴさんから預かっていた広域通信機を操作した。
「……こちらミナト。……サトシ、聞こえるか?」
通信機が激しいノイズを吐き出した後、弾けるような、絶叫に近い安堵の声が飛び込んできた。
『――ミナト!? ミナトなのか!! よかった……!! お前、無事なんだな!!』
サトシの声だ。その後ろからは、ハルカの泣き声混じりの叫びや、タケシとマサトの歓喜の怒声が重なり合って聞こえてくる。
「ああ。……なんとかな。……レックウザは、ちゃんと仕事をしてくれたか?」
『ああ、最高だったぜ! 地響きがピタッと止まって、空が割れて……グラードンもカイオーガも、あいつの一言で、納得したみたいに帰っていったんだ! ミナト、お前……本当にとんでもねえことを成し遂げたんだぞ!!』
「……そうか。なら、俺の仕事も終わりだな」
俺は自嘲気味に呟き、目を閉じた。俺がやったのは、ただ不可能に近い階段を登り、運命の笛を奏でただけだ。実際に世界を繋ぎ止めたのは、極限の状態でも希望を捨てずにルネを守り抜いたサトシたちであり、そしてこの星の均衡そのものであるレックウザだ。俺はただ、この世界が壊れようとする瞬間に、正しい選択肢)を選び取ったに過ぎない。
数時間後。
ダイゴさんが手配してくれた、デボンコーポレーションの救助ヘリが、塔の頂上付近へと舞い降りた。
ヘリの窓から見下ろすホウエンの海は、かつての美しさを取り戻し、銀色の波が穏やかに輝いている。だが、目的地であるルネシティが近づくにつれ、被害の爪痕が鮮明に浮かび上がってきた。
かつて「ホウエンの真珠」と讃えられた白亜の街は、瓦礫の山と化していた。崩壊した石造りの家々、干上がった運河、そして地割れが刻まれた白い壁。
しかし、そんな絶望的な光景の中でも、人々は互いに肩を貸し合い、ポケモンたちは瓦礫を退ける手伝いをし、復興に向けた確かな生命の鼓動が脈打っているのを俺は見た。
ヘリがルネの中央広場、辛うじて原型を留めている着陸スポットに接地する。
ローターが停止するより早く、一人の少女がこちらに向かって全力で走ってくるのが見えた。
「ミナト君!!」
ハルカだった。
俺がヘリのステップを降り、地面に足をつけた瞬間、彼女は勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
「……っ! ハルカ……」
「馬鹿! 本当に馬鹿ミナト! 死んじゃったらどうするつもりだったのよ……!! ずっと、ずっと怖かったんだから!!」
彼女の細い腕が、折れんばかりの力で俺の体を締め付ける。俺の汚れたシャツには、彼女の温かい涙が次々と染み込んでいった。その震えと、確かな体温に触れて、俺はようやく「生きて、帰ってきた」のだと、心の底から実感することができた。
「悪かったよ。……でも、約束しただろ。必ず戻ってくるって。……俺は、嘘はつかない」
俺はハルカの背中にそっと手を回し、不器用ながらも彼女を抱きしめた。
「よう、相棒。お疲れさん」
サトシがピカチュウを肩に乗せ、ボロボロになった服をはためかせて笑っていた。タケシも、マサトも、煤だらけの顔で、しかし最高の笑顔で俺を迎えてくれる。
「サトシ……。お前たちこそ、あの神々の真っ只中で、よく街を守り抜いたな。さすがだよ、俺の最高のライバルだ」
「……君の勇気と、その不屈の意志に、心から敬意と感謝を表するよ。ミナト君」
ダイゴさんとミクリさんも、俺たちの元へ歩み寄ってきた。二人のチャンピオンもまた、全身から深い疲労が滲み出していたが、その瞳には失われなかった世界への、新たな希望の光が宿っていた。
「レックウザを呼び醒まし、世界の崩壊を寸前で押し留めた。君は今日、この星の歴史に刻まれるべき英雄となったんだ」
「(……英雄、か。俺はただ、この景色を、こいつらの笑顔を守りたかっただけなんだけどな)」
俺は心の中でそっと呟き、懐のデバイスに指を触れた。そこには、今回の事件ですべてのエネルギーを使い果たし、ただの透明な石ころへと戻った『あいいろのたま』と『べにいろのたま』の残滓が収められていた。
神話の力は再び眠りにつき、世界は再び、人々とポケモンの手に委ねられたのだ。
俺たちは、夕暮れに染まるルネシティの瓦礫の山の上に腰掛け、並んで地平線を見つめた。
そこには、かつてグラードンが見せた禍々しい紅ではなく、明日という新しいページを約束する、温かく、そして力強いオレンジ色の残照が広がっていた。
俺たちの長い旅は、一つの神話を乗り越え、いよいよ本当の最終章へと向かって動き始める。