アニポケ転生者物語 作:投稿者
第83話
マサラタウンの港を出航してから、数時間が経過していた。
穏やかだったカントーの海は、南下するにつれて次第に表情を変え始めていた。空は鉛色の雲に覆われ、波はうねりを増し、時折走る稲妻が海面を不気味に照らし出している。
ラプラスの背中に揺られながら、俺は手元の招待状を見つめ直した。
黒い封筒。封蝋に刻まれた、見覚えのない紋様。そして、ホログラムから放たれる、冷たく、それでいてどこか哀愁を帯びたサイコパワーの残滓。
「ニューアイランド……」
地図には存在しない島。だが、俺の記憶にある「物語」の知識と、この世界で感じた「現実」の感覚が、警鐘を鳴らしている。
トキワジムで出会った、あの鎧のポケモン。
サカキの手を離れ、自我に目覚めた最強の生命体、ミュウツー。
彼が今、この海のどこかで、俺たちトレーナーを待ち構えているのだ。
「(放っておくわけにはいかない。あいつは……俺が解放したようなものだからな)」
俺は、本来の目的地であるオレンジ諸島へのルートを外れ、招待状に記された座標――ニューアイランドへと続く唯一の中継地点、近郊の波止場へと進路を変更した。
波止場に近づくにつれ、嵐の勢いは増していった。
叩きつけるような雨。視界を奪う濃霧。そして、まるで何かの意思に操られているかのような、不自然に荒れ狂う波。
通常の気象現象ではない。これは、強力なサイコパワーによって人為的に引き起こされた嵐だ。
「ラプラス、大丈夫か?」
「
ラプラスは力強く鳴き、荒波を乗り越えていく。彼女の背中は、どんな時でも揺るぎない安心感を与えてくれる。
ようやく波止場の桟橋が見えてきた。
そこには、多くのトレーナーたちが集まり、殺気立った雰囲気を醸し出していた。
「船を出せ!俺たちは招待されたんだぞ!」
「この程度の嵐、俺のポケモンなら越えられる!」
待合室の前で、数人のトレーナーが港の管理人に詰め寄っている。
管理人の女性――ボイジャーさんは、必死に彼らを制止していた。
「ダメよ!絶対に出航許可は出せません!この嵐は異常なの。私の長年の経験が言っているわ。これは、海神様の怒りなんかじゃない……もっと別の、恐ろしい何かが原因よ!」
「そんなこと知ったことか!」
怒号が飛び交う中、俺はラプラスを桟橋につけ、上陸した。
その時、人混みの中に、見慣れた赤い帽子を見つけた。
「サトシ!」
声をかけると、その少年は驚いたように振り返った。
隣にはカスミとタケシ、そして肩には相棒のピカチュウがいる。
「ミナト!?お前、なんでここに……」
サトシが目を丸くして駆け寄ってくる。
「お前こそ、もうオレンジ諸島へ行ったんじゃなかったのか?」
「ああ。GSボールを届けるために、ダイダイ島へ向かう船に乗るはずだったんだ。でも、この嵐で全便欠航になっちまって……」
サトシは悔しそうに海を睨んだ。
「そしたら、突然空からカイリューが飛んできて、この手紙を置いていったんだよ」
サトシが見せたのは、俺が持っているのと同じ、黒い招待状だった。
「『最強のトレーナーへ』か……。やっぱりな」
「ミナトも呼ばれたのか?」
「ああ。俺だけじゃない。ここにいるトレーナーの多くが、そうだろう」
俺は周囲を見渡した。
腕に覚えのありそうな猛者たちが、それぞれのポケモンと共に待機している。だが、彼らのほとんどは、この異常な嵐の前に足踏みするしかなかった。
「ボイジャーさんの言う通りだ。この嵐は普通じゃない」
俺はグラス型デバイスを起動し、周囲のエネルギー数値をスキャンした。
『警告。局地的な重力異常、および超高密度の精神波を検知。自然発生的な嵐ではありません。この海域全体が、強力なサイコフィールドによって閉鎖されています』
「サイコフィールド……?」
タケシが怪訝な顔をする。
「ああ。誰かが、俺たちを試しているんだ。この嵐を越えられるだけの力と覚悟があるかどうかを」
「試してる……?」
サトシの目に、炎が宿った。
「上等じゃないか!俺は行くぜ!ピカチュウと一緒に、どんな嵐だって乗り越えてやる!」
「サトシ、無茶よ!」
カスミが止めるが、サトシは聞く耳を持たない。
「待っててくれなんて言われたら、余計に行きたくなるのがトレーナーだろ!それに、俺たちを呼んだ相手がどんな奴なのか、確かめてやりたいんだ!」
その純粋な闘争心。無鉄砲だが、決して折れない心。
それが、サトシという主人公の最大の武器だ。
「……わかった。なら、一緒に行こう」
「えっ、いいのか!?」
「ああ。ただし、ボートは使わない。この嵐の中じゃ、機械仕掛けの船なんて木の葉と同じだ。俺たちの相棒の力を借りるんだ」
俺は波打ち際へ向かい、待機していたラプラスの頭を撫でた。
「ラプラス、頼めるか?」
「キューッ!」
さらに、もう一つのボールを投げる。
「カイリュー、お前の出番だ!」
光と共に、オレンジ色の巨体が現れる。
「グオオオオッ!!」
天空の覇者、カイリュー。その翼は、どんな暴風雨をも切り裂く力を持っている。
「俺のラプラスとカイリューなら、この嵐を越えられる。サトシ、カスミ、タケシ。俺のラプラスに乗れ」
「すっげえ……!ミナトのカイリュー、めちゃくちゃ強そうだ!」
サトシが目を輝かせる。
「ミナト、あんた……本当にかっこいいわね。悔しいけど、頼りにさせてもらうわ」
カスミが少し顔を赤らめながら言った。
「恩に着るよ。俺たちだけじゃ、どうしようもなかったからな」
タケシも深く頷く。
俺たちは、ボイジャーさんの制止を背に、荒れ狂う大海原へと漕ぎ出した。
「止めても無駄よ!行くわ!」
カスミがボイジャーさんに叫ぶ。
「無茶だわ……!死ぬ気なの!?」
ボイジャーさんの悲痛な叫びが、風にかき消されていく。
海に出た瞬間、波の高さは倍増した。
十メートルを超える水の壁が、次々と襲いかかってくる。
雨は横殴りに吹き付け、雷鳴が鼓膜を震わせる。
「しっかりつかまってろ!振り落とされるぞ!」
俺の指示で、サトシたちはラプラスの甲羅にしがみつく。
ラプラスは、『なみのり』と『うずしお』の技術を応用し、荒波のエネルギーを受け流しながら進んでいく。
上空では、カイリューが『ひかりのかべ』と『リフレクター』を展開し、物理的な雨風や落雷から俺たちを守っている。
さらに、時折放つ『ぼうふう』で、逆巻く風の道を無理やり切り開いていく。
「(待ってろ、ミュウツー)」
俺は、荒れる海の彼方を見据えた。
暗雲の切れ間から、一瞬だけ青白い稲妻が走り、その先に巨大な影が浮かび上がった。
断崖絶壁の上にそびえ立つ、禍々しいデザインの古城。
ニューアイランドの『最強の城』。
あそこで、彼が待っている。
最強の力と、孤独な心を抱えたまま。
「(俺たちが、お前の答えになりに行ってやる)」
俺たちの小さな船は、世界の理不尽な嵐に抗うように、力強く波を蹴り続けた。
逆襲の舞台は、もう目の前だ。