気を失っていた天童寺さりなが目を覚ました頃には夕陽が傾き星たちが夜空を彩る勤務のタイムカードを押していた。彼女の身の上話は後回しとなり妻は晩御飯の準備の為に台所へ向かった
「お兄さんたちってここに来る前は何をしてたの?」
「あかねは女優で俺はタレント」
「芸能人!じゃあじゃあB小町って知ってる?」
売り上げ帳簿から顔をあげて自分たちの過去を話すと彼女は目をキラキラと輝かせ身を乗り出してくる
「アイドルユニットだろ?」
「そう!大ファンなの、1番の推しはセンターで歌っているアイで、最高ですっごく凄いの」
「こんな顔だろ?」
ネックレスを装備しアクアは帳簿の片隅に自身の母親の顔を描き上げると、興奮のボルテージは上昇してしまい顔を赤く鼻息が荒くなっている
「ねぇ!アイは……」
「さぁ晩御飯にしましょう」
聞きたいことは察していた。彼女が亡くなってから数年後に自分がアイの子供として産まれ、東京ドームライブ当日にストーカーの手によって死んでしまったことは些か伝えにくい、しばらくすれば正解が向こうからやって来ると思うので、それまで黙っておこう。遠くで会話を聞いていた妻もタイミングを見計らっていたはずだ
「美味しい」
「ありがとう」
晩御飯はお好み焼きだった!この世界にはソースが存在しないのでマヨネーズを自作した。サンデーのギルドマスターも"粉モンはソースが命やで"と言って作っていたが材料が揃わず完成には程遠い
「私はどんなことをすればいいの?」
食べ終わった彼女は口の周りについたマヨネーズを拭くとアクアたちに尋ねてきたが
「その前に聞きたいけど、さりなちゃんって病気を患っていたり怪我をしていることって?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「12歳ってことは6年生か中1ぐらいでしょ?見た目が少し貧弱そうに見えて」
あかねの言葉に顔を俯かせると彼女は患っていた『退形成性星細胞腫』のことを話し病院暮らしだったことを吐露してくれた。その当事者が隣にいるんですが
「でもね、死んでから目が覚めると体が軽くて痛みもないの」
「本当に大丈夫?」
「(俺達やアイも五体満足で目覚めた、治った状態で転生するのか?)」
アイが訪れたら鑑定魔法で調べてもらおうと考えていたアクアは彼女を見ながら顎に手を当てて今後のことを考えていた。さりなを店に住まわせるということは当然働いてもらうつもりだが、4歳の頃から殆ど運動なんてしてこなかった彼女に立ち仕事は難しい、学力も怪しくてアイにファンレターを送るときも字が汚く間違いだらけだった
「リハビリだな」
「えっ?」
「この店は昼前には商売が終わる。短時間だけど結構ハードだ」
「そうだね体力作りから始めないと、筋力増強ポーションって作れる?」
「ドーピングは出来ない!それに薬の力を頼るより鍛えた方がいいだろ」
「ねぇリハビリを頑張れば遠くへ行けたり走ったりすることって出来る?」
その質問にアクアたちは強く頷いて肯定した
「ところでその帽子は?」
「これは外せない、ごめんなさい」
アクアは知っている彼女の髪の毛が病気が原因で生えていないことを、思春期の女の子にとって髪は大事なパートナーである。今は生えてなくても今後の生活で改善し生えそろってくるかもしれない
「分かった!ごめんなさいね」
「私の心に勇気が生まれたら2人に見せれるかも」
「じゃあその心に負けないぐらいリハビリを頑張らないと」
結局この日は女の子2人が同衾する形でベッドを占領しアクアは別の部屋で就寝した。彼女に抱きつく形で眠る少女は安心した表情で寝息をたてるが時折り
「…せんせ、ゴローせんせ……」
と涙をこぼすのを妻は受け止めるのであった
「まずは準備運動とストレッチから」
翌朝から天童寺さりなのリハビリが始まった。雨宮吾郎の頃に培った知識と所属していた苺プロには覆面系筋トレYouTuberが在籍していたのでノウハウは持ち合わせている。例え1センチしか進めなくても昨日より前進できれば成長である
「アクア君も一緒にやる?」
「そうするか」
妻の掛け声に夫も体を動かす。1人でやるよりも近くで一緒に切磋琢磨出来る存在がいれば心強くなる。かつて家族に見捨てられた彼女は意世界で頼もしい新たな家族を得た!
「重い!」
「あら、愛しの妻に対してなんて口なの?」
あかねを背負ってスクワット200回に挑戦したアクアだが40回でギブアップしそうになる。産まれたての小鹿のように足はプルプルと震えている
「頑張れ~」
小さいチアリーダーが彼のことを応援するが彼女のエールでもアクアの体力は回復しない
「ベッドの上では逞しいのに」
「使う筋肉が違うだろ」
「あと160回連続でやらないと夜になっちゃうよ、今日はしたくないの?」
目を閉じたアクアは背中に伝わる胸の感触を愉しむ余裕はなかった。しかしここで弱音を吐いたらリハビリを頑張る彼女に顔向けが出来ない!自身を奮い立たせて床に汗の水溜りを作りながら完遂させるのであった。なおポーションを飲んでも筋肉痛は治らず翌日は臨時休業となった
「ありがとうございました!」
リハビリの日々が終わり、さりなも店頭に立ってアクアたちの手伝いをするようになった。今までの服では接客業に不向きだったので市場で購入したエプロンを改造して着用している
「じゃあこの看板を掛けてきて」
「了解です!」
昼過ぎに全てを売り切ったので彼女に『本日閉店』と書かれた札を渡した。店の掃除を終わらせたら3人で少し早めの夕食を外で食べようと模索していたアクアは常連のキングリーから聞いた鶏料理の新店を思い出し、モップを手にとろうとしたら
「キャ~~~~」
店の外から
「アイッ!」
「お義母さま」
「ちょうど良かった2人とも」
最上級クエストを終わらせたアイが目の前にいた。多少汚れているが負傷しているところはなくピンピンしている。そして彼女の足元で
「…アッ…アイが……目の前に」
最推しに出会った彼女は白目をむきながら口から泡を吹いて興奮した表情で倒れていた。現世では邂逅することが出来なった2人は異世界で奇妙な出会いをするのであった
「そうこの子も」
「初めまして天童寺さりなです。アイさんの大大大ファンで応援して」
復活した彼女のテンションの針はメーターを突き抜けていた。血圧は基準値よりも大幅に上昇している
「てんどうじ?………あぁ!あのゴリマッチョ兎の」
「覚えていてくれたんですか!」
それはまだ現世で生きていた頃で、アイにファンレターを送りたかった彼女は雨宮吾郎にレターセットの購入を頼んだ、しかし彼のセンスは壊滅的で選んできたのが、バーベルを持ち上げる筋骨隆々の『ゴリマッチョ兎』だった
「あそこまでインパクトが強いと忘れないよ!」
雨宮吾郎から手渡された時は"センスが悪い!"と口にしていたが推しに覚えてもらっていたのなら評価はV字回復である。そして上がっていた血圧が落ち着くと理解してしまう。この世界にアイが存在しているということは…
「気づいたみたいね、私も死んじゃってここに来たの」
「そう…ですか」
さりなは複雑な感情に苛まれてしまう。推しが死んでしまったことは悲しいが、決して叶わぬ願いは死んだことで叶ってしまった。涙を流せば良いのか?笑顔になればいいのか分からない
「それで、そこにいるアクアは私の息子なの」
「えっ?むす…こ?」
今世紀最大の爆弾は彼女の口から放たれるのであった
今作のさりなちゃんですが、星野ルビーが生まれなかった世界からの来訪となります。
ただ起きている時系列は一緒で、ルビーが生まれなかった世界でも彼女は生前にアイへ同じ文面のファンレターを送っていますので
「ファンレターなんてあった?」
という不一致が起きないようになってます
感想ありがとうございます