彼だけが救われる物語   作:大気圏突破

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元アイドル(子持ち)とヤベーファン

 その発言を聞いたとき彼女の時間は止まってしまった。自分を救ってくれた人が推しの子だった。頭の中で何度も何度も言葉を反芻するが理解することが出来ない

 

「お兄さんって17歳でしたよね?」

 

 さりなの質問にアクアは頷き肯定した。隣にいる彼女に視線を移すと察したのか

 

「わたしは25歳、あと少しで26だけど」

 

 

 26−17=9という式が完成し彼女の脳みそは煙を上げてショートした。自分が観ていた頃にアイはアクアを産んでいた?つまり8歳で妊娠した。そんなことって可能なのか?理解が追いつかなくなってしまった彼女の顔は宇宙猫のような表情だった

 

 

 

「亡くなった時が違うんですね」

 

 

 あかねの説明で彼女の思考回路は再起動を果たした。言葉の意味を理解し納得すると1つの答えを導き出す

 

「娘さんをください!」

 

 大事なところを言い間違えた

 

「娘にしてください!アイの孫になりたいです」

 

 

 暴走するヤベーファンは興奮しヘドバンしながらアクアに駆け寄るが、上下に激しく揺れ動いたせいで帽子が脱げ落ちてしまい無毛であることが露呈してしまった

 

 

「あっ!」

「見ないでください!女なのにこんな……変な」

 

 帽子を拾えずに手で覆っているが全く隠せていない、アクアは雨宮吾郎だったときに彼女の隣にいたので熟知しているが、辛く感じてしまう

 

「病気のせいで生えて……」

「素敵な髪型ね」

「えっ…」

 

 落ちていた帽子を拾いあげるアイは微笑みながら見つめている。嘲笑ではなく本心であるのは息子のアクアがよく知っている

 

 

「生えてないのに何で」

「B小町にいたメンバーの家族が同じ病気だったの、さりなちゃんと一緒で髪の毛が無かったけど堂々としてて、何て言ったと思う?」

 

 

 彼女以外の面々が首を傾げてクエスチョンマークを作る

 

 

「ツルツル頭も立派な髪型の1つなんだ!治ったら生えてくるから自分と一緒に成長出来るって」

「その人は?」

「最期まで頑張って生きたよ!病室から出ることは出来なかったけど社長に頼んで会場と中継を繋いでね、その時だけはセンターを譲ったの」

 

 

 まるで昨日のことを思い出すような口ぶりでアイは当時のことを身振り手振りで表現していた。ライブ終了後は全員で病院に駆けつけ1人だけのファンイベントを行った。しばらく経った後に容体は急変したが世を去る間際まで辛い顔をしないで笑いながら旅立った

 

 

「鑑定してみたけど完治してるでしょ?」

「うん」

「女の子にとって髪は命よ、これから一緒に育むことが出来るの」

 

 

 最愛の推しからの言葉に涙を流しながら彼女は何度も頷いている。今まで隠していた自分を恥じているのかもしれない

 

「この帽子ってプレゼントされたの?」

「うん…ゴローせんせから」

「ゴローせんせ?どんな人なのか教えてくれる」

 

 

 2人だけの感謝祭に自分たちは不要と思った夫婦は部屋を去り久しぶり狭いベッドで身を寄せ合った。現実では決して叶わなかったアイドルとファンの交流会は夜遅くまで続くのであった

 

 

「今度はドラゴンの爪でも持ってくるから」

「置き場所に困るんだけど」

「薬の材料にでもしちゃおうか」

 

 アイは2日間ほど寝泊まりし旅立っていった。さりなは”私が強くなたっら一緒に旅をしてくれますか?”と尋ねると現役時代と変わらない最強のスマイルを見せて了承した。そして彼女は帽子を被るのをやめた!店先や買い物に出るときはバンダナを巻いているが夫婦の前では脱いでいる

 

 さりなの部屋には今まで使っていた帽子が立て掛けられている。その横にはアクアにデッサンしてもらったイラストが飾られアイと2人でピースしながら顔を寄せていた

 

 

 

 

 

 

「それで頼み事があるんだけど」

 

 しばらくしてからドラゴンの爪とリバイアサンの鱗に獣王の毛皮を手土産にしてやってきたアイは、提供されたお茶を一気飲みしてアクアの対面に座ると単刀直入に切り出した

 

「その前にこれって」

「クエスト中に邪魔だったから倒しちゃった」

 

 完璧で究極なアイドルだった彼女は異世界でも究極だった

 

 

「この紙に書いてほしい人がいるの」

「いったい誰?」

「姫川愛梨さんの子供の大輝君!」

 

 

 アイと対面したときに夫婦は彼との交流についても語っていた。その話を聞いているときの彼女は少し悲しい目をしていたが気にはしていなかった

 

「なんでまた?」

「この世界に母親の愛梨さんがいるの!」

 

 

 姫川大輝の母である愛梨もこの世界に転生していたが、それはアクアが来る60年前のことだった。知らない場所で彼女は旅芸人の一座に拾われ大陸を放浪する日々を送っていた。持て余す美貌と培った演技力は異世界でも通用し一座の花形として活躍し座長の息子と結ばれた。子供にも恵まれ現役を退き余生を過ごしていたが

 

「重い病気を患ったみたいで、アクアの薬でも治らない」

「もう長くないのか?」

 

 アクアの質問を肯定した。老婆になった愛梨はアイのことを忘れておらず、ベッドの上で弱々しく昔のことを語る彼女にあの頃のような覇気は無かったが心まで老いてはなかった

 

 

「だから最後に成長した大輝君の姿が分かるものをプレゼントしようと思って」

「それぐらいならやるよ!いつまで?」

 

 

 4本の指を立てたアイを見てアクアはペンダントを装備して作業に取り掛かって、期日までに大量のイラストを生産するのであった

 

 

 

「…アイ…また来てくれてありがとう」

「まだ元気そうね」

「もうお迎えが近いわ……長く生きて…きたから」

 

 起き上がることが出来ない愛梨は顔を向けて礼の言葉を述べる。この世界に来てから様々な苦労に直面したのか見た目以上に年老いて見える

 

 

「アクア…私の子供もここにいるの」

「そう…あなたに似ているのかしら?」

「凄くカッコイイよ!それにララライの女優だった女の子と結婚して」

「ララライ……なつかし…い名前」

 

 目を閉じる彼女は60年以上前のことを思い出し、過去の過ちについて振り返っている

 

 

「アクアたちは大輝君と会っているの!だから持ってきたの」

「なに…を?」

 

 愛梨の眼前にアクアの描いた姫川大輝の顔があり、パラパラ漫画のように紙を1番下から動かしていくと躍動する息子の姿が近づいてくるように見えた。今回のイラストは妻も協力しオフの顔や金田一と一緒に笑っている表情もある

 

 

「あと『東京ブレイド』っていう舞台の脚本なんだけど、大輝君は主役のブレイドっていう役を演じたみたいなの」

 

 アクアの装備しているペンダントは絵だけではなく文字を呼び起こすことも出来る。自身も出演した2.5次元の舞台脚本を全て書き写し、大輝が活躍しているシーンにはイラストも記載した

 

 

 

「あぁ……大輝!すごく逞しく…なって」

 

 涙を零し絵を近づける彼女は息子が産まれたときのことを思い出していた。成長していく様子を横で見ることは出来なかったが成長した姿を目に焼き付けることが出来て満足している

 

 ブレイドの脚本を読み頭の中でキャラクターたちが動き、自分は大きな劇場の観客席で後輩たちが縦横無尽に駆け巡るを1人で見て観劇している

 

 

「金田一さん、大輝を大切に育ててくれて……本当に」

 

 イラストを抱きしめて育ての親に感謝の言葉を述べる。力を振り絞り上体を起こすと人生の最期に叶わぬ夢をみさせてくれた彼女に頭を下げる。少しの言葉を交わしたあとにアイは部屋から出て行った

 

 

 

「大輝!」

 

 夢の中で成長した息子と手を繋ぐ母は伝わってくる体温を感じながら引き寄せると優しく抱き締める!声は聞こえないが恥ずかしがっているのが分かる。少し距離をとられると彼は背を向けて乗るように指示をした

 

「ありがとう」

 

 大輝が赤ちゃんの頃にやっていたことを自分にやってくれる。受け入れてくれた背中は心地よくて最高の時間を与えてくれる。目を閉じると今までの思い出が涙になって溢れた

 

 

 

 姫川愛梨は異世界の地で旅立った。しかしその顔は悲痛を苦しむようなものではなく朗らかな笑みを浮かべ満足そうな様子だった。彼女の周りには家族の知らない人物のイラストが散乱していたが自身の胸に抱いていた1枚を共に埋葬するのであった

 




姫川愛梨もアイのようにアクアの店に訪れるパターンを考えていましたが、アクアのことを見てカミキと勘違いしそうな気がして波乱が起きそうだったので、アクアの来る60年前に送り込みました。原作のやらかしを考えると妥当かな?

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