「動画ヲ最後まで観てくれた視聴者ノ皆に大切なお知らせを伝エルヨ!」
生配信トレーニングを終えた覆面筋トレ系Youtuberのぴえヨンは画面のセンターでポーズを決めたあとに深々とお辞儀をする。そして彼は両手を顔の方に近付けトレードマークであった被り物を脱ぎ捨て素顔を披露した
「今日で僕はYoutubeを引退する!これが最後の投稿だ」
彼の素顔を表現する言葉が見つからない、チャット欄は未だにパニック状態でコメントが高速で流れ文字を読むことが出来なかった
「アメリカだと?」
触りたくなかった退職届を机の上に置いて壱護は被り物を脱いだ彼のことを見つめている
「代理が就任する前から社長と相談してまして」
「今の状況を理解してるのか?」
アクアが姿を消しB小町が活動出来ない苺プロで稼ぎ頭の彼が抜けるのは大きな痛手だ
「何度も引き留められ、無理やり納得出来る理由を作っていましたが夢を封じていた蓋が閉まらなくなりました!」
「だが今じゃなくても」
「これまで拾っていただいた恩に報いてきましたが最後にさせていただきます」
彼の目は真剣そのもので説得は無理だと思った。深い溜息の後に沈黙が続いたが壱護は受理をした
「いつでも帰ってこい!居場所は残しておく」
「お心遣いはありがたいですが不退転の覚悟を持って旅立つので甘えは捨てさせていただきます」
こうして子供たちのヒーローだった彼は苺プロを離れ狭い島国から自由の大陸へ渡った。なお最後の生配信の収益は全て事務所に捧げたのは決別の意味を込めた恩返しとなった。動画のコメント欄はぴえヨンに対する感謝の言葉が5桁以上並び国民から愛されていたことが改めて分かった
「大輝いったいどうした?」
「捜さないとアイツを!」
仕事をキャンセルしてきた姫川は乱雑に置かれたスーツケースへ手当たり次第に荷物を詰め込んでいく、着替えに食料や世界地図まで放り込み体重を加えて閉じようとするが容量オーバーで鍵が閉まらない
「アイツって誰?」
「俺の大事な弟だ!」
「弟?…お前に?」
彼の両親のことを知る金田一は頭に疑問符を浮かべて答えを導き出そうとしていた。兄弟の弟ではなく弟分や舎弟という意味で口にしたのだと、コミュ障の姫川と仲の良い面々を脳内からピックアップすると1人が浮かび上がった
「星野か?アイツは病気療養中じゃ」
「そんなのは嘘だ!黒川が言っていたんだ行方不明だと」
「はぁ!ちょっと待て、いったいなんだ?エイプリルフールはまだ先だぞ」
常識を知らずで騙されやすいことは知っているが彼女が姫川に対して嘘をついても1円の得にもならない、むしろ関係が悪化するだけである
「オッサンしばらく休むから、見つかるまで」
「だから落ち着け!頼む、まずは話してくれ力になれるかもしれない」
その言葉で落ち着いた彼を見て金田一は情報源である黒川の文字をタップした
「塞ぎ込んでいるね」
部屋の片隅で体育座りの動かないルビーに向かって銀髪の少女は語りかける
「何のよう?」
「見つかったかい星野アクアは?」
「そんな風に見える?」
怒りの満ちた声で不機嫌な態度で返してしまう。こんなヤツに当たったところでアクアは帰ってこないことは重々承知している
「ねぇアンタの方で探せないの?不思議な力を持っているんでしょ、あの時みたいに」
「どこにいるのか検討もつかない、まるで世界から存在しなくなったようだ」
「ッチ!」
ムカつく言い方に手元の目覚まし時計を投げつけるが簡単に躱されてしまう。床を傷つけ単三電池が飛び出し秒針が止まる。少女はそれを拾い上げて電池を差し込むが時計の針は止まったままだ
「彼に買ってもらったモノだろ?大切にしないと」
「うるさい!アンタと出会ってから全部おかしくなって」
「醜い八つ当たりだ!突き放したのは君だろ…星野ルビー」
おちょくるような態度で薄ら笑いを浮かべる存在を無視したかった。しかし煙のように纏わりついて離れてくれない
「こっちでも探してみるが期待しないことだ!何かが起きたから消えてしまった。原因なんて両手を使っても数え切れない」
「どっか行ってよ!」
「そうさせてもらう、命は惜しいから」
最後まで態度を改めることのなかった少女は次第に薄くなり消えてしまった。ルビーは床に落ちた残骸を拾い集めようと箒と塵取りを用意するとスマホが鳴動していることに気付いた
「(どこにいるんだろうね)」
人混みの中を歩く銀髪の少女は思案する。星野アクアの存在を感知することが出来なくなり鴉を四方八方に飛ばしても影すら見当たらなかった
「(人は簡単に消えたりしない、例え死んだとしても何かが残る)」
視線を下げて流れに沿って歩を進める少女は前を見ていない
「(誘拐や連れ去られた?それとも独りで逃避行?それなら私の方で掴めることが出来る。誰かが隠した?理由が分からない」
思考したまま歩き続けていると道路に白線が浮かび上がっていた。そこでようやく自分が横断歩道を渡っていることに気付いた少女は顔を上げると歩行者用信号は赤くなっている。周囲の面々が自分に何かを言っているが聞こえない、そして右側面から強い光が照らしだしてくる
「ふぇっ?」
「釣りはいらねぇ!」
事務所からタクシーを拾って病院に駆け付けた壱護は病室まで走った。途中ですれ違った看護師に注意を受けるが耳には届いていない、自分たちを取り巻く環境は最悪だが彼女が目を覚ましてくれるだけで希望が生まれる。乱暴に扉を開けると上半身を起こしたミヤコとルビーが座っていた
「ミヤコ!」
「どうしたの壱護?そんなに慌てて」
無事に目を覚ましたことに感激し彼女のことを抱き締めようとしたが、おかしいことに気付いてしまった。反応が変だ!アイの死んで事務所から逃げ出してから10年以上が経過している。それなのに驚きもせず平然に言葉を返しているのだ。普通なら逃亡した自分に張り手や拳の1発が飛んでくるはずなのに、まるで昨日も顔を合わせたような口ぶりである
「なぁルビー!お前はいつ…」
「ルビー?何言ってるの…所属するアイドルの名前を間違えるなんて呑み過ぎよ」
「ちょっと大丈夫か?」
否定したいが段々と疑念が確信へ近づいてくる
「もう疲れて倒れたぐらいで大袈裟なんだから、ねぇアイ!」
彼女はルビーのことを見つめながら亡くなったアイドルの名前を呼んでいた。隣に座るアイの娘はミヤコの話に合わせながら不安な顔をして壱護に視線を向けている
「ねぇいつになったら約束を果たしてくれる」
「約束?」
「忘れたの?最高の景色を見せてやるって」
「そうだな、ちょっとアイと仕事の話があるから席を外すから」
ルビーを手招きして引き寄せると逃げるように廊下に出て行った。そこには彼女を診断した医者と看護師が立っていて別室に招かれた
「まだ寝起きでボケているだけですよね?薬とかで意識が混濁して記憶がゴッチャに」
「起きてから既に2時間以上が経過してます」
自分の言葉を肯定してほしかった壱護は力が抜け糸の切れた人形のように座り込んでしまう。看護師は飲み物を勧めるが手を伸ばす気力すらない
「精神的なショックが大きかったのでしょう。多大なストレスを抱え気丈に振る舞って笑顔の仮面を被り続けた代償です」
「治りますよね?」
「治療薬なんて存在しません。もしかしたら明日かもしれない明後日かもしれない、1年なのか3年なのか?悲観しないでください家族が希望を捨てたら何も残りません」
医師たちは去り室内には壱護だけが残り、ルビーは再び病室に戻りアイを演じている。もしかしたら自分が訪れるときには記憶が戻っているかもしれない藁にも縋る気持ちを奮い立たせるが足に力が入らない
「(それでも生きているだけで俺は)」
押し寄せてくる波は激しく彼のことを冷たく打ちつけてくる。昔の自分ならここで逃げてしまっていたはずだ!しかし今は違う守らないといけない、彼女が守り続けた火を消してはならない
「(アクアお前はどこに?)」
鍵を握る彼のことを想う壱護に現実は更なる試練を与え続けるのであった
大昔に鉄腕アトムの実写があって、アトム役の人がカツラを取って「どうもアトム役の◯◯です」と自己紹介をしてました。少し前に初完結作を読み返したけど文章が酷くて、どこかでリメイクしたいと考えてます
感想ありがとうございます