苺プロを取り巻く状況は最悪である。アクアが姿を消してから約2週間が経過したが坂を転げ落ちるように右肩下がりが続いている。ルビーたち率いるB小町は活動不能で稼ぎ頭のぴえヨンもアメリカに去っていった。主な活動はMEMちょのYouTubeだけで事務所を運営するには心もとない。ぴえヨンが譲渡した最後の収益は大きな額ではあるが厳しいことに変わりない
「どう…アクアとルビーに合うでしょ?」
ミヤコは手に持った小さい毛糸の靴下を壱護たちに見せていた。アクアが居なくなってからの多大なストレスと精神的苦痛によって記憶が失われてしまい、今は自宅療養中だが未だにルビーのことをアイと勘違いして接している
「ミヤコさん」
「……社長」
もちろんこのことは2人にも伝えた。あれだけ気丈に振舞っていた彼女の今の姿を見てショックを受けていて、スケジュールが白紙で騒動の発端になった有馬は自主的にミヤコの介護を行っている
「その髪型似合っているわよニノ」
有馬のことを元メンバーのニノと思い込んでしまい改めて自身の犯してしまった罪を実感してしまう。少し前までは笑い声に溢れていた場所なのに口から出てくるのは溜息だけである
「ごめんなさい」
「どうして謝るの?何も悪いことをしてないでしょ」
「私の…、」
「ニノは頑張っているわよ!まだ内緒なんだけどドラマのオファーが来てるの、しかも監督から直々の御指名よ、見ている人はちゃんと貴女の頑張りを評価してるわ」
罵倒してほしかった。人格を否定してほしかった。殴ってほしかった。自身の安易な行動が生み出してしまった結果が今の惨状である。困ったときやピンチに陥ったときアクアが手を差し伸ばしてくれた。今までそれが当たり前だと享受していた。それがこれからも続くと信じていた
浅はかな行動のせいでヒーローを追い込んしまった結果がこれだ!希望に満ちあふれ1年前まで毎日が楽しくて充実していた。転落のきっかけを作ってしまった自分を裁いてほしい罪を与えてほしいアクアが戻ってくるのなら地獄の業火に焼かれても…どんなに嘆き苦しんでも救いの者は現れない
「どうしたの?泣いちゃって」
自然に零れ落ちる涙を止める術は何も無かった
「現状を整理する」
部屋には壱護とB小町の面々が集まり重苦しい空気に包まれている。有馬とMEMちょは隣同士で座りルビーは離れていてまるで今の距離感を表すようである
「まずはB小町は出演予定していたライブと音楽番組は見送る。レッスンのしていない今の状態で観客たちの前に出ても醜態を晒すだけだ!」
「了解です」
「アクアに関しては引き続き休養扱いとなる。お前等も行方不明ということは吹聴―――」
「あの実は…」
その言葉を言い切る前にルビーが手を上げる
「ルビーまさか?」
「既にフリルちゃんたちは知ってます」
「私も黒川あかねに問い詰められて」
2人の告白に壱護は頭を抱えながらワザとらしく声を大きくしながら溜息を吐き続ける。何で昨今の若者は秘密を守ることが出来ないのか?
「お前等ことの重要性を理解してないのか?」
強い口調の彼の言葉に高校生たちは黙ってしまう。そして
「こいつらの面倒を見ていたアクアたちが報われないな!」
不用意に発してしまった言葉に場の空気は更に重くなるのであった
「これが今回の休養に関する真相です」
「だからオッサン!俺がアイツを―――」
金田一は黒川あかねを呼び出し全てを聞き出した。アクアがアイの娘であることは薄々察知していたが有馬のスキャンダルを打ち消す為に身を削った行為に関しては眉を顰める
「アクア君の家から五反田監督の家まで隅々を調べてみましたが何もありませんでした。スマホが捨てられていたということは誘拐された可能性が」
「その線は薄い!誘拐の目的は性的搾取や身代金が王道になる。俺が誘拐犯なら星野ではなく非力な3人を襲う、居場所を悟られたくないからスマホを捨てたというより事故の弾みで飛び出した方が説明がつく」
「じゃあもうアイツは」
絶望した表情をする大輝は床に膝をついてしまう
「なんにしろ素人が手を出していいことじゃない、2人共このことは誰にも言うな!」
「見捨てろってことかオッサン」
「違う!俺たちが余計なことをして捜査をしている警察の邪魔をするなってことだ!」
食ってかかる大輝を諭した金田一は黒川を帰らせるとタバコに火を点ける。映画監督の島の黒い噂は彼の耳にも届いていた。この業界では力のある権力者が女優を食いものにすることは昔から裏で行われている
「(報いを受けてもらうか)」
未成年に手を出して同じ未成年が傷ついた!なのに首謀者は今もカメラのフラッシュを浴びて有頂天のままである。金田一は久しく掛けることのなかった番号をタップする
「いや~助かりました」
「さっさとアシスタントを雇いなさい!」
漫画家の吉祥寺頼子はLINEで泣きついてきた元アシスタントの部屋に出向いて『東京ブレイド』の原稿を一緒に描きあげた。久々に訪れた彼女の仕事部屋は丸められたボツ原稿が床を敷き詰め封の切られたドッグフードも落ちていた
「先週は4徹して間に合ったのですが、今回は無理でした」
「私より先に早死にするわよ」
アビ子に正論を言っても通用しない、我の強い彼女は酷い目に合わないと改善しないと思っているが入院しても漫画の神様のように病床で原稿を仕上げてしまうだろう
「でも4徹も案外悪いものじゃないですよ!おかげで新しいネタも浮かびました」
「いったいどんなのよ?」
彼女が言うには最近の連載では緊張感を伴った殺伐としたシーンが多く、目が疲れ肩の凝るような描写を和らげるために箸休めスローライフ展開を導入して各キャラクターの見せていなかった素の表情を描いていく
「失神している時に『パッ!』って浮かんで」
「もう何も言わないわ」
「にしても奇妙な夢でしたよ、ほら舞台で刀鬼をやっていた人がいましたよね?」
「星野さんのこと?」
その問い掛けにアビ子は頷くと落ちていたスケッチブックにペンを走らせる
「薬屋みたいな店を経営してて、奥さんと小さい女の子と一緒に笑っていたんですよ」
「これって黒川さんかしら?」
「でも髪型が違うんです。鞘姫の人ってロングでしたし」
描きだされた絵にはアクアたちが笑顔で接客をしていて少し離れた場所ではバンダナを巻いた女の子が液体の入った瓶を袋詰めにして冒険者らしい人に渡している
「この瓶に入っていた飲み物が美味しくて」
吉祥寺はスマホを取り出して119番通報しようとしていた。アビ子が遂に現実と夢の区別が出来なくなってしまったと
「でも変なんですよね。これを飲んで目を覚ましたら疲れが吹き飛んでしまって、また4徹出来ちゃうと思いまして」
「アビ子先生、病院行きましょうか」
猫のように首を掴まれた彼女は吉祥寺と一緒に病院へ向かい健康診断を受けてもらったが睡眠不足以外に目立った症状はなく、体は漫画家にあるまじく健康そのものだった。それが異世界のポーションによる効果なんて2人は知る由もない
「ここは?」
過積載の大型トラックに轢かれた銀髪の少女は周囲を見渡すと古びたアパートの中で座っていた。そして目の前には自身と同じ髪色を持つ男が缶チューハイを口にしている
「ようこそ愚か者の末路へ」
「あなたは一体?」
質問を投げかけるが答えは返ってこない
「星野アクア…いや雨宮吾郎を捜しているんだろ?ツクヨミ」
「どうして名前を?」
「同業者みたいなものだ、品位や格は違うけど」
缶チューハイを握り潰すと今度はワンカップ大関を冷蔵庫から取り出して一気飲みして空にしてしまう
「あいつは死んで、別世界に俺が送り届けた!」
「じゃあ…もう」
「送った奴を戻すことは出来ないが貴様が言葉を伝えることは可能で逆もまた然り、どうする?時間制限付きだが行ってみるか?」
胡散臭くて怪しいが今は信じるしかないのでツクヨミは頷くとアナログの腕時計を投げ渡された。汚れて埃を被っているが秒針は動いている
「24時間ぐらいかな?向こうの現状を伝えるなりアイツの遺言を持ち帰っても構わない」
「どうしてこんなことを?」
「自称神様のアフターサービスみたいなものだ!せめて最期の言葉ぐらい残してやらないと、じゃあ送るから」
「ちょっと!」
「待たな~~~い」
手のひらを強く叩くとツクヨミは光に包まれ消えてしまった。彼はストロングゼロの缶を開けようとするが何か大切なことを忘れていることに気付いたがアルコールに口をつけると霧散してしまう
そして目が覚めたツクヨミは異世界の地に舞い降りたが自身の周囲がオオカミの群れに囲まれていることに気付くまで10秒もいらなかった
アビ子がアクアの店でポーションを購入してますが、「なんでアクアはアビ子に気付かないの?」に対して答えると、彼女が異世界で別人に憑依しているのでアクア側の目からはアビ子だと分かりません
そろそろこっちも終わらせて、この前から執筆した新作に腰を入れようと思います
感想ありがとうございます