「傑作だね!久々に大声を出したよ」
「そんなに笑います?」
店に訪れたエルフとの騒動を終えてからアクアは今回のことをギルドマスターに伝えた。彼女は机に置かれた弓をしげしげと見ながら彼の口から話された出来事を聞いて爆笑してしまう
「そのへんの喜劇を観るより面白いことが身近にあるなんて、しかしエルフから弓を担保にするとは豪胆だね君は」
「まずかったですか?」
「いや、むしろ上出来だ!」
商売に関するエルフと人間の金銭トラブルは古くから報告されていた。文化の違いや外界との接触が少ないことが原因である。エルフ側を擁護すると森採れる貴重な木の実や秘薬などを交換する面々も僅かながら存在するが、ただ価値の分からない人たちから見れば交換品より現金が必要なのだ
「向こうにとって弓は命と同等に大切な代物だから必ず取り返しに来るはずだ!そこで訪れてきたエルフたちと交易を結べるようになれば販路の拡充にもなる」
「そんなに上手くいきますか?」
「ならこちらから先手を打たせてもらうよ、”受けた恩を必ず返す”と豪語するなら信じてみようじゃないか」
エルフの集落は1つだけではない他の場所でもインフルエンザが流行し困り果てていた。ギルド側は当初静観を決め込むつもりだったがアクアの行動によって状況は一変する。彼女は集落の外にいるエルフに伝令を送り『病を治す薬』のことを教えた
ここからはダイジェストにてお送りいたします。彼等は薬を欲したが外に出ることに忌避感を持っている者も多い、そこでギルドは集落の手前まで薬を輸送し”相応の品で交換に応じる”と族長たちに伝えた。商売に疎いエルフたちも命を救ってくれることに対して厚顔無恥なことは出来なかった
「お納めください!」
アクアの店にはエルフの族長と側近たちが訪れ薬の代金になる品物を持参していた。自分たちは助かったのに対価を支払わないのは恥であることを悟り頭を下げにきたのである。ギルドマスターは彼等の外堀を埋めることで動く理由を作らせたのだ
「こちらはお返しします」
あかねに頼んで担保にしていた弓を持って来てもらうと手で制されてしまう
「それはお譲りします」
「大切なモノでは?」
「その通りです。しかし一族の者が対価を支払うことなく去ろうとした事実に咎を与える必要があります。それに貴方のおかげで多くの同胞が救われました」
云わばケジメでエルフにとって弓を失うということは恥で罪人と同じ扱いとなる。蔑まれ後ろ指を向けられる存在となった者は集落の外に出て暮らしていく、厳格なルールが存在するから強固な結束が生まれる
「(お坊さんよりも大変だな)」
なおマガジンで連載されていた魁クロマティ高校で瀬戸内ジャクソンの由来となった僧侶は若かりし頃に飛行機内に一升瓶を持ち込んでしまったせいで気圧が原因で栓が飛び出してしまい周囲に日本酒をばら撒いた経験がある。反省した彼女は次に持ち込んだ時にキャップを外して口の部分を綿と布で包んで暴発することを防いでいた
「全てのエルフを代表しお礼申し上げます」
族長たちは再び頭を下げて店から去ろうとするが側近の女性が
「新しい生命が宿っていますね」
「えっ?」
「これをどうぞ」
腰に下げていた袋の中から魔力の込められた木の板を取り出す。それは御神木で作られたエルフに伝わる安産祈願の御守りだった。母親の身体を守り産まれてきた子供の健康を祈る代物で外の世界では殆ど出回ることはない
「我らの加護を受け取りください」
この夫婦毎日ではないがやることはやっている。若い2人が同じベッドで肩を寄せ合えば夜のシングルマッチは白熱してしまう。しかも体力と精力を回復させるポーションを作ることが出来るアクアなら無尽蔵にベッドを軋ませることも可能で、熱く濃密な夜は新たな生命を妻の体に宿すことになった”アイをお婆ちゃんにする”宣言は1年以内に達成されてしまった。良かったねさりなちゃん君はもうすぐお姉さんになれるよ!
「私ママになるんだね」
「賑やかになるな」
まだ大きく主張していないお腹を擦りながら2人は生命の強さを実感する。互いに未成年のままで現代を去ってしまったことで人生を歩み親になる経験を喪失していたが、異世界の地で産まれてくる子供と共に歴史を紡げることに感謝していた
「ひぃ……ぎぃ!くぅぅいいっ」
草木も眠る丑三つ時だった。現代から離れたツクヨミはボロボロになりながら光が灯る地を目指し足を引きずっている。命からがらオオカミの群れから逃げ出すことに成功したが今度は酸性スライムの巣に足を踏み入れてしまい服の大半を溶かされてしまった。肌は焼け付くように痛く小さい虫が周囲に纏わりついてダメージを与えてくる
「こんな所に…アイツが」
自身をこの世界に送り込んだ野郎に呪詛を込めた言葉を吐こうにも気力が湧かない、鴉を呼び出すことが出来れば周囲を偵察させることが出来るのに1羽も応じてこない、歩き疲れた足を休める為に巨大な木の下で立ち止まると頭上に木の実が落ちてきた
「ドングリか?」
地面に落ちたそれを掴みあげると木の実からギザギザの歯が出現し自身の指に噛みついた。突然のことで痛みに対する反応が遅れてしまったのが更に窮地へ追いやることになった。視線を上に向けると枝から木の実がマシンガンのように射出され自身に目掛けて突撃してくる。逃げることが出来なかったツクヨミは全身を噛みつかれ悶絶するように転がっている。大きな叫び声を上げれば当然のようにモンスターたちが寄ってくる。時計に記された時間はあと15時間を切っている。モタモタせずに狂った犬のように死ぬ気で走りやがれ!泣き言を口にしている暇なんて1秒もないぞ!
『没ネタ』
エルフの集落から伝令が訪れ数日後に族長たちが謝罪に参じる旨をアクアたちに伝えた。任務を終えた彼女は店から去ろうと回れ右をしようとした瞬間に足がもつれてしまい盛大に転んでしまう。その衝撃で被っていた頭巾が脱げ落ちてしまい真紅の髪が露わになる
「有馬?」
「かなちゃん?」
その姿はどことなく生前の2人が良く知る人物にそっくりであり、ベレー帽を被せれば本人と見間違うほどである
「アリマ・カナ?どうしてご先祖様の名前を?」
「「ご先祖‼」」
このエルフの5代前(ひいひいひい婆さん)は有馬かなだった。姫川愛梨と同じく現代から過去の異世界に転生した彼女はエルフの民に歓迎され生涯を森の中で過ごした。そして有馬の血を受け継ぐ女の子は彼女と同じ髪色となって先祖返りしてしまう
「ご先祖様はいつもペンダントに入った四角い紙を持って空を見上げていたと伝え聞いてます」
「四角い紙?」
「これのことです」
エルフは懐からペンダントを取り出して開いた状態で2人に見せつける。そこにはB小町がアイドルフェスで初めてライブを行った後に全員で撮った集合写真で、アクアは女の子たちに囲まれる形で中央に陣取っている
「そういえば生前に『アクア』と口にしていたとか、店主と同じ名前なんて奇遇ですね」
後に訪れてきた族長に有馬が眠る場所を聞いた2人は花を携えて手を合わせた。アクアたちは墓前を背にして歩きだすと呼び止められるような声が聞こえ振り向くが誰もいなかった。多分だけど天に住む有馬が”また来なさいよ!”と言ってきたのかもしれない
「ねぇアクア君、もし女の子だったら」
「『かな』って名付けるか」
没ネタですが設定を考えるのが面倒でして(有馬が亡くなった理由とか諸々)
また彼女がエルフの族長になってアクアたちと再会する話も考えてました
多分そろそろ終わりが近いです
感想ありがとうございます