少しの準備期間を経て開店したアクアの医薬品店は好調な滑り出しとなった。扉を開ける前から冒険者たちが列に並びポーションや解毒薬を買っていく、また現代の医薬品として1番売れているのがテーピングテープで主に前衛たちが武器の柄の部分に巻き付けることでグリップ力が増して力強く振うことが出来るようになった。
「繁盛してるな」
「嬉しい悲鳴が続いて大変だけどな」
常連客のデザイルとキングリーが訪れ、店の盛況を褒めながらアクアのことを労わる
「アクアだけで切り盛りしてるのか?」
「えぇ1人でやってます」
「それならよ奴隷を買ったらどうだ?」
「奴隷…ですか?」
現代の日本だったら忌み嫌う言葉だがこの世界では意味が違う。フィクションのように人権の無い存在として好き勝手に扱うのではなく云わば雇用関係を結ぶことである。雇い主は奴隷に対して衣食住の他にギルドが定めた報酬を与え、その見返りに労働力を提供する。奴隷に堕ちる面々はクエストの違約金が払えなかった元冒険者や家族に身売りされた人が多数を占める
「(正社員より期間工に近いな)」
元冒険者の奴隷はクエストに挑むパーティーの荷物持ちになったりダンジョンの案内人になることが多い、まだ職人たちが自身の培った技術を伝える為に奴隷を弟子にするパターンもあり免許皆伝と共に奴隷の身分から解放される。また貴族の男子が許嫁と初夜を迎える前に奴隷と共にベッドを揺らし性について学ぶ特殊な契約もある
「ギルドに行って話してみな」
「そうですね」
多忙なのは嬉しいことだが自分1人では限界がある。実はポーションの万引き未遂が度々起きているが下手人は外に出る前に捕まってしまうので被害は一応ゼロである
「お前ベルーガさんと知り合いだろ?あの人のところも複数の奴隷を雇っているから頼んでみたらどうだ?」
「手土産を持って行ってみます」
翌日のアクアは『ハイポーション』を持ってベルーガの店に訪れた。中には冒険者の使う武具や旅の必需品や生活雑貨に溢れ、奴隷らしき人たちが客たちの要望に耳を傾けながら商品をプレゼンしている
「ほう奴隷を」
「今の店を1人でやるには少々きつくて」
「こっちも聞こうと思っていたので手間が省けた」
彼は自身の妻と奴隷たちに店を任せるとアクアを伴って商業ギルドに足を運ぶことになった
「どんなのを所望するんじゃ?」
「そうですね基本は真面目に働いてくれる人が」
「ちょっと割高になるかもしれんの奴隷の中には手癖の悪い奴もおる。こればっかは見極めないと難しいからな」
通された部屋で2人は唸り声をあげながら奴隷商人が来るまで検討していたが答えは見つからなかった。なお奴隷商人とは王から認められた国家資格でありエリート中のエリートにしかなれない職業である
「お待たせしましたベルーガさん、そしてアクア君」
扉が開かれ形容するなら成金趣味テンコ盛りの男性が入ってきた。見るからに胡散臭いように感じるがベルーガの話によると奴隷から駆け上がった苦労人で王からの厚い信頼を寄せられている
「ベルーガさんのところのように店を切り盛り出来る奴隷で?」
「はい!」
「確かポーション販売でしたね、となると金勘定が出来る人がお望みと」
彼は手持ちのカバンから複数の紙を出して2人に提示した。それは履歴書みたいなもので写真ではなくイラストが描かれていた
「該当するのが5人になりますね」
「会うことは」
「もちろん可能です」
手を叩くと男に連れられ簡素な服を着た5人の女性が現れ全員がアクアに向けて頭を下げた。年齢の幅は下は15歳で上は38歳であり自分を選んでほしいとアピールしている
「どうじゃ5人の中から選べそうか?」
「う~~~ん」
それぞれの自己紹介が終わり女性たちは自身が有能であることを見せていたが、アクアの心にピンと感じるものがなかった。流石に”選べません”になるとベルーガの顔を潰してしまうことになる。それなら自分より1歳年上の女性にしようと思ったら
「おい!商談中だぞ」
「すいません新入りが逃げ出すものだから」
3人のいる部屋に1人の女性が倒れ込むように入ったが男たちによって取り押さえられてしまった
「すいません!気分を損なうことを」
「いえ別に」
アクアは倒れている彼女に視線を向ける。髪は藍色のボブカットで手足が長く簡素な服でも胸が出ていることが分かるレベルで大きい
「(えっ?)」
取り押さえられた男に引き上げられると彼女は戸惑ったような目で自分のことを見つめている。それは彼も同じだった。そして…
「アッ……アク…アクア君!アクア君だよね?なんでここに?ねぇどこなのここ?」
「あかね?」
そこにはスキャンダル前に別れたララライの天才女優である黒川あかねがいた!
「いいんですか?」
「えぇ…彼女でお願いします」
「分かりました!こちらの契約書にサインをお願いします」
テーブルに置かれた紙に自身の名前を書いたアクアの心拍数が上がったままである。奴隷を買うことではなく自分の目の前に黒川あかねがいることに驚いている。しかし腑に落ちないのが彼女の髪型がロングではなくボブカットであることに
「ベルーガさんありがとうございました」
「奴隷を大切にするんじゃな」
ギルドから出て恩人と別れたアクアは彼女の手を取って馬車を止めて自宅まで向かうように頼んだ
「奴隷って何?…アクア君、それにここはどこなの?」
「ちょっと待ってくれ」
不安な顔を見せるあかねは、アクアの手を握り矢継ぎ早に質問をしてくる。答えを模索する彼は頭の中をフル回転させるが答えが浮かんでこない
「だって歩道橋から落ちたはずなのに何で」
「ちょっと待て!歩道橋?」
その言葉にアクアの頭脳に雷鳴が駆け巡り細胞たちが一気にスパークした
「それって台風の時の?」
「SNSで誹謗中傷されて生きていくのが嫌になって」
「なぁ落ちた時の西暦って」
「だって今は2024年6月じゃ…」
ここにいる彼女はアクアが台風の日に助けることが出来なかった世界の黒川あかねだった!乱雑に置かれた点が1本の線で結ばれたアクアは体が震え、組み上げていった推理の贅肉を削ぎ落とし結論に向かって歩きだした
「ここがアクア君の家?」
「そうだ!」
馬車は自宅前に到着すると安全に送り届けてくれた運転手に対して料金にチップを上乗せして払った。そして彼女を2階に上がらせて椅子に座らせ全てを語った
「アクア君も死んじゃったの?」
「交通事故でな」
彼は自分が別世界の存在であることを伏せて彼女に知っていることを伝えた
「じゃあここって死後の世界ってこと?」
「いや違うな、ここに来る時に誰かに会わなかったか?」
アクアの質問に彼女は首を横に振って否定した。そして椅子から立ち上がり床に膝をついて手を置いて額を擦り付け
「お願いします。ここに住まわせてください!」
「おいおい」
「なんでもします。掃除に洗濯それに夜の相手だって」
「だから」
懇願する彼女を落ち着かせる為に近づくと、あかねは自身にもたれ掛かるように覆い被さってしまい下敷きになってしまう
「ご飯も毎日じゃなくてもいいです。アクア君だけが」
胸の中で涙を零すのを止めさせるように綺麗な髪を撫でて優しい声でゆっくりと囁く
「俺も心細かった」
「えっ?」
「右も左も分からない世界で生きていくのは怖かった。だから恐怖を抑えつける為に働いて考えないようにしてた」
心の底からの声にアクアは言葉に感情を込めている。強がって笑って日々を過ごしていたが寂しい感情に布団を濡らしたこともある
「だから俺からも頼みたい!傍にいてほしい」
「アクア君」
元いた世界で彼女のことを利用する為に恋人関係となり最後は自分の撒いた種で破局した。たがら今度は心の底から愛することを誓おう、感情のままに愛し合って幸せを掴みたい!家庭の温かさで身を焦がしたい
「不束者ですがよろしくお願いします」
「俺もだ」
異世界の世に奇妙なカップルが誕生した。彼等の明日はどうなるか作者の私にも分からないが、結ばれた2人に花束を贈るぐらいの優しさはある
1話の冒頭に登場した女性は別世界のあかね(アクアが台風の日に助けることが出来なかった存在)です。
感想ありがとうございます
誤字訂正もありがとうございます