アクアの胸の中で泣いていた黒川あかねに心情を吐露し、異世界で現代人による同棲生活が始まった。太陽は傾き星がチラホラと姿を現してきたので本格的なことは明日からとなる。涙を零していた彼女を抱きしめ落ち着かせるアクアは1つ気になったことがあり
「あかね」
「どうしたのアクア君?」
「この世界に来て風呂に入ったり体を洗ったか?」
彼女の見た目はパッと見て綺麗だが所々に汚れが目立つ上に少し臭い、アクアから視線を逸らすように顔を横にそむけるが頬が赤くなっている。全てを察した彼は彼女をお姫様抱っこする形で抱きかかえると自宅の浴室へ直行した
「この世界にもあるんだ」
「近所だとここにしかない」
「じゃあ借りるね」
「一緒に暮らすんだから他人行儀な言い方は無しだ」
その言葉に顔を赤く染めると着ている服を急いで脱いでしまったので、大胆な黒い下着が見えてしまいアクアはそそくさと退散した
「(流石に女性用の下着は無いし今日だけは我慢してもらうか)」
この世界にも女性用下着は存在するが2パターンある。単純に言えば庶民向けと貴族御用達で値段が結構違う。冒険者はスポーツブラのようなインナー型を用いる人も多いがアクアの店で包帯を購入しサラシ代用として胸に巻いている女の子もいる。なおケチってテーピング用のテープで巻いた人は剥がす時に涙目になりがら肌を真っ赤にさせていた
「気持ち良かった」
「ほら」
湯上りの彼女は緊張の糸が切れたのか朗らかな顔になっていた。飲料水が切れていたのでアクアはポーションを手渡すと喉が渇いていたのか腰に手を当てて一気飲みした。なお服の下はノーブラなので胸を張ったときに先端の突起が主張しているのを彼は見逃さなかった
「栄養ドリンクみたいな味だね」
「俺の所の人気商品だから」
今度は彼女のお腹が飯を寄こせと主張したので早目の晩御飯になった。現代のように電気で稼働する冷蔵庫は存在しないが昭和の頃に存在した大きな氷で中身を冷やす木製冷蔵庫は普及している。店舗を構えてからアクアの所にも売り込みがあり年間契約を結び毎朝氷を届けに来ている
「ごちそうさまでした」
「満足出来た?」
頷いたことを確認するとアクアは立ち上がって食器を片付けようとする
「待って私が」
「今日ぐらいはゆっくりしてな」
「でも…」
結局のところ折衷案で2人で食器を洗い終えた頃には完全に周囲は真っ暗となり遠くの繫華街からは騒がしい音が聞こえてくる。冒険者たちは稼いだ金で飲み食いしストレスの発散も兼ねて夜の蝶たちと戯れる。そしてアクアたちには最後の問題が立ちはだかっている
「あかねが使っていいから」
「でもここはアクア君の家でしょ?」
ベッドが1つしか無い!もう1度言うシングルのベッドが1つしかない!2階の間取りは2LDKだが、もう1つの部屋は物置部屋として使っているので実質は1LDKである。一応高校生が寝転ぶ程度のスペースはあるが寝る環境としては好ましくない
「1階でもシートを引けば―――」
「ダメ!アクア君は私の主なんでしょ?」
あかねの芯の強さを知っている彼にとって口論になるのは避けたい、何か良い妙案がないか考えていると
「じゃあ一緒に寝ようか」
「……えっ?」
シングルベッドに高校生2人が体を寄せ合って布団を被っていた。アクアは彼女に背中を向けて少しでも面積を広くしようと努力したが、あかねは後ろから抱き着いてしまっている
「嬉しかった」
「あかね?」
「この世界に来て周りに知っている人は誰も居なくて、ここでも味方のいない1人だと思っていたらアクア君がいてくれて、私のことを買ってくれた」
背中から回された腕の力は強くノーブラ状態の胸を押し付けるようになっている
「もうみんなには会えないけど、あかねが傍にいてくれるだけで俺は生きていける」
「私も…」
寒くないのに体が震えている。恐怖に苛まれる感覚から解放され感情が不安定なのかもしれない、アクアは体の向き逆転させると抱きしめて心臓の鼓動を聞かせるように耳を胸に押し当てる体勢にした
「ゆっくりでいい世界に慣れていこう」
「うん」
それは泣いている赤ちゃんを安心させる優しい音だった。目を閉じた彼女は夢の世界に旅立つのを確認したアクアも同じように就寝した。この世界に自分たちを狙うパパラッチなんて存在しない、目の前にいる可愛い女の子と共に成長して生きてく当たり前のこと、雨宮吾郎や星野アクアの時代で叶うことが出来なかった男女の幸せを明日から作りたいと思っていた
翌日から黒川あかねを従業員にして仕事を頑張ろう!はテンプレートすぎる。そもそも昨日のドタバタもあり彼女の服や下着を用意していないので会計担当として座っている。簡素な服でも綺麗な顔立ちなので招き猫状態になるのは必然だった
「準備いいよ」
「じゃあ行くか」
商売は午前中に終わったので閉店の看板を下げて2人は買い物に繰り出すことになった。クエスト帰りの知っている顔の冒険者たちが声を掛けアクアに要望を口にする者が多く、彼が慕われていることを実感する
「帳簿とかつけてるの?」
「いや、1日の売り上げぐらいしか」
必要最低限の品物を購入した2人は飲食店で適当に座り軽食を食べていた
「でも必要になってくるよね」
「それに新商品の開発も考えたいし、やることは沢山あるな」
やはり売り上げ管理は今後必要になってくる。今はどんぶり勘定で問題無いがレジやパソコンが存在しない世界なので手動で全てを行うのは難しい
「後回しにはしたくないが早めに考えるか」
「そうだね」
とりあえず結論は先延ばしになり食後の飲み物で喉を潤していると、みすぼらしい男が2人の近くに寄ってくる
「あ…あのっ……ポーションを売ってるアクアっさんで…しょうか?」
「あぁ」
たどたどしい言葉に彼は少し険しい視線になる。そして周囲にいる冒険者たちも自身の武器に手を掛けて臨戦態勢に移れる準備をしている
「おねげぇします…オラに『ハイポーション』を……1本だけでいいので、アクアさん譲ってください、このとおりダス」
懇願する男は土下座するように膝を畳んで額を床に擦りつけていた
「店に買いにくれば…今日はもう売り切れなので明日に来れば取り置きするが」
「オ…オラ……買う金がねえだ!だから……物々交換で」
その言葉に数人の冒険者たちは立ち上がるが店主の大きな咳払いで着席した。この世界では商品を買うには金のやり取りが普通だが同等の価値であれば物々交換も可能である。アクアも市場で商売をしている頃に経験があり、冒険者がダンジョンで拾ったネックレスと交換したこともある
「別に良いけど『ハイポーション』に見合うモノか?」
「オラの畑で獲れた野菜で」
店員が皿を片付けたのでテーブルの上に男が小さな袋から野菜を広げたが形が悪いどころか、実は小さく変色しジャガイモらしき物体からは芽が出ている
「あっ味は…保証するべ、これで『ハイポーション』をオラに」
「流石にこれじゃ」
「そうだよね」
騒ぎを耳にした冒険者の1人が鑑定スキルで野菜を調べると虫に食われカビに浸食されていることが分かった
「違うんだ!虫が食うほど美味いんだこれは」
「オイおっさん!これで『ハイポーション』と交換なんて不可能だろ」
魔法使いが2人の間に入り男のことを詰問している。誰が見ても明らかに価値が見合わないことが分かる
「でも本当に美味いんだ」
「じゃあ市場に行って売ってこい、売り上げた金で『ハイポーション』を買えばいいだろ?売り切れの心配はするな、俺が明日買って預かっておくからよ!」
男は言葉を返すことが出来なかった。彼は魔法使いをタックルで押し倒すとアクアを掴みかかろうとするが屈強な男たちに阻まれてしまい
「おねげぇします!『ハイポーション』を……オラに、オラに……」
結局この男は呼び出された憲兵たちに両脇をガッチリ捉えられ詰め所へ向かうことになった。店主はテーブルに置かれた野菜をみたが顔を覆い全てゴミ箱の中へ捨ててしまった
「あんなことって結構あるの?」
「交換によるトラブルの話は耳にする」
夕陽に照らされた帰り道を歩く2人は店内の出来事について話していた。交換によるトラブルは店側の損が大きくなってしまうことが多々ある。例えるなら某鑑定番組で
『借金を返す金はないけど、この先祖代々受け継いできた品で勘弁してください!』
というのはニセモノであるパターンが8割以上を占める。その宝が借金に見合う品であれば売って金にしてこいだ!
「無料で譲ったり値下げはしないんだね」
「誰かを特別扱いにしてしまうと他の人たちに不公平を与えるからな、買いたいのなら資金を用意すればいい」
この世界を生きるにはシビアになるしかない、知らない誰かを助けてしまえば今後の枷になってしまう。自身や大切な人を守るために線引きしなければならないアンパンマンは幻想でしかないのだから
次話は現代に戻ってドロドロな展開に水溶き片栗粉を加える予定です
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