星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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よろしくお願いします。


1章1話 桜の季節

 

「悪い、トレーナー、ハクつけ最後まで出来なかったよ」

 

長く伸ばした赤毛が風に揺れる中、スーツ姿の男を目の前に頭を搔く。

 

「ありがとうございました。後悔は、無いですよ。新しい夢も、見つけましたから」

 

その隣では栗色の髪を肩甲骨の辺りで結わえ編んで止めた娘が頭を下げる。

 

毎年繰り返される歳時。桜の季節は出会いと別れの季節であった。

 

日本トレーニングセンター学園、略してトレセン学園、それは優秀なウマ娘が集い、切磋琢磨し頂点を目指す学び舎。

毎世代綺羅星の如き才能が現れ、世を熱狂させ、あるいは消沈させる、中高一貫、総生徒数2000余人というマンモス校、その中庭で。

 

制服姿の少女たち。頭上の耳はやや垂れ気味だがそれは惜別ゆえか、互いに手を繋いで笑いかけてくる。

 

「こちらこそ、すまない、キミたちをもっと輝かせて、羽ばたかせたかったよ」

 

真っ直ぐに見つめてくる四つの瞳、涙で潤んでいても口元は柔らかく笑みを浮かべていて。

 

「何言ってるの、まだまだ輝くよ、次のステージ、トレーナーが言ってくれたじゃん?」

 

「羽ばたけなくても泥臭く歩けって、何度も言われましたけど?」

 

現役時代、格上との勝負に熱を上げ続けた赤毛。いつかはセンターでトレーナーやチームメイトの名前を呼ぶとの宣言は未達に終わってしまった。

あるいは実質2年で終わりを迎えてしまった栗色の彼女。最後は赤毛や後輩たちの身の回りの世話に奔走し、そのまま医療関係の道を自ら選んだ俊才。

 

そんな彼女たちの頭を撫でる。子供扱いするなと騒いでいた頃が懐かしい。2人とも、こちらの手のひらに頭を押し付けるようにしながら目を閉じる。

これが最後だと、自らの何かを封印するように、小さく頷く。ふわりと尻尾が揺れる。

 

「お前たちは俺の誇りだ、ありがとう、それから…卒業、おめでとう」

 

万感の思いを、感謝と安堵と後悔と懺悔、諸々を込めて男は告げる。限られた学園の年月の中で2人ともデビュー以外は重賞入着止まり、挙句1人は競走バとしての輝きを失ってしまった。

 

あの時ああしておけば、これをしていなければ、あんな方法があったのに、どうして一言言えなかったのか。年数を重ねても結局最後の時に溢れる思いは変わらない。

 

それでも、それでも3年間、色々あったが完走し切ったのだ、彼女たちは。それは讃えられなければならない。

 

「…それ言うのに何分かかってるの。でもありがと、ホント感謝してるよ」

 

「躓きそうな時は思い出します…ここでの事、支えてくれた仲間も、あとトレーナーのこと、も…」

 

赤毛が目に涙を浮かべ、栗毛は目を潤ませて、最後だけ上目遣いに言う。と、その刹那に赤毛の目付きが変わる。

 

「あ、それ、ズルいっ。そういうの言わないって約束したじゃん。も、お互い抜け駆け無しにって約束したじゃん」

 

「あら、抜け駆けなんて言うから…出し抜く、だったら聞いてあげたかもですけどね」

 

栗毛はふわっと笑って、まるで冗談ごとだったかのように流す。

そして隣には走れない私に、駆けるという言葉選びは煽りですか?とチクリと刺して、あらためて男へと「ありがとうございました」と頭を下げる。

 

「え、いや、そ、そうじゃなくて、違くて…あ、あ、もうっ、わたしだって思い出すよ、トレーナーの事っ、だから行こっ」

 

一瞬だけ視線を向けられて動揺しながら、それでもどさくさに紛れて宣言し、少し赤い顔で隣で頭を下げたままの栗毛の腕を掴む。

 

「ああ、この後は生徒会の催しだったな。俺は当分…ここに居るからな」

 

くるり、と踵を返し去りゆくふたつの背中、ユラユラと揺れる尻尾を見ながら聞こえるかどうかの声量で言う。そして、当然のように2対の耳はピクリと動き、立ち止まり、そして振り返る。

 

「「ありがとう、トレーナー、絶対、忘れないよっっ」」

 

周囲が一瞬目を向ける程の大声、だが今この瞬間は珍しいものでもなく、直ぐにそれぞれの別れを惜しむ。

 

「ああ…」

 

ヒラヒラと手を振り返し去りゆく背中を改めて見送る。「言っちゃったー」とか2人で小突きあいながら、一方は少し不格好な歩みで、もう一方はそれをさり気なく支えるようにゆっくりとした歩調で。

 

「すまない…な…お前たちがそんななのに、な…」

 

胸に過る無力感。夢と希望に満ち溢れて学園の門をくぐる少女たち。

せめて最後まで付き添い寄り添い巣立たせる、それだけが彼の出来た全てだと言えた。しかしそれとて果たして叶っているのだろうか。

 

去りゆく2人がゆっくりとしたそれでもしっかりとした歩みで雑踏に紛れて行くのをひとしきり見送ったあと、くるりと彼も踵を返す。そしてパンっと両頬を自分で叩く。

 

「だがまた日は登る、か」

 

惜別を交わした広場から振り返れば白亜の校舎がそびえ立つ。そしてその隣には部室棟と呼ばれる一等星のチーム専用の建物がある。

一瞬、それを見上げたあと、表情をいっそう引き締める。そして僅かに距離を置いて乱立するプレハブ小屋群に向け、足を進めていく。

覇権を争う白亜の王国とは違う。有象無象といえる存在。なれども一国一城の主、チームを率いるトレーナーだ。

 

数あるプレハブ小屋の1つの扉がゆっくりと開き、体操着のウマ娘がひょっこり姿を現す。

そして歩き向かう彼の姿を見つけて大きく手を振る。小柄な体躯に少し目立つ芦毛。

 

忸怩たる思い、後悔もある、だが前を向く。彼は歩みを止めない。かつて共に夢を追った彼女たちのためにも。

 

そう、全ては、駆けようと願うウマ娘の夢のために。

 







※毎日更新で最後まで掲載予定です。
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