星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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1章10話 燕去月の夜幕

 

カクテルライトが眩しくグラウンドを照らす。まだ生温い風が汗をかいた身体を撫でる。8月、夏休み期間中の学園でも、暑さの和らぐ時間になればトレーニングの為の施設は平常通りの賑わいだ。

 

とはいえ資金に余裕のある一等星のチームの一部は早々に合宿へと向かい、優先枠の無くなった各施設の争奪戦は熾烈を極める。そして今、たったの7人が最も設備の整った第1グラウンドを占有していた。

 

盆休み前の幸運か、各々に課した内容で走る6人を眺める。楕円の周回を重ねる1年2人に2年1人。中・長距離を志望する3人だ。まだまだスタミナ不足の1年2人は早速に顎が上がり始めている。それに比べて故障からの復帰となる2年生は流石走り方を分かっていると見えて快調に駆けていく。

 

とはいえ無理は禁物と彼女にだけ、外れてクールダウンする様に指示をする。コースを外れて宛てがわれたタオルで汗を拭いながら、ほんの僅かだけ不満そうに口を尖らせる眼鏡をかけた青鹿毛ウマ娘。

 

「まだ、大丈夫です、よ?」

 

呼吸が落ち着いてきて、スポーツドリンクで喉を潤わせた後で、走り続けている後輩たちを見ながらベンチに腰掛けて脚をトレーナーへと差し出しながら見あげてくる。そんな彼女の脚元に屈み込むとふくらはぎから膝にかけて手を伸ばし丁寧に触診していく。

 

「油断は禁物だぞ?ぶり返したら元も子もないからな。そうならない為にわざと半年近く間を空けたのだし、な」

 

「んっ、そう、ですね…年明け、までは」

 

「そこがリミットか、素直に惜しいとは思うが…」

 

トレーナーの言葉にふわっと寂しそうな目をトラックの内周で1年、3年に挟まれる形で何度もスタートを切っている同級生に向け瞬かせる。

 

軽い痛みから始まった彼女の休養は、関節、筋肉両方に起因することが判明した時に、医師から無期限と宣告されていた。

しかし彼女はチームに復帰した。『壊れない様に走らせて欲しい』と彼女の走りを最も評価してるであろうトレーナーに無理難題を押し付けて。

 

正直、彼女の走りはいやらしい。趣味だと言い張る競技ウマ娘のデータ取りを利用して、本人すら、あるいはその担当トレーナーすら意識していない癖を炙り出し、自らの走りに援用する。

 

加速や溜め、コーナーの入り方抜け方など、同格か近しい格上なら相手のペースを叩き潰し、なんならバ群の中に放り込む。

もっとも身体面で圧倒的な格上や癖しかないウマ娘には通用しないと言うのが本人の談だが。

 

自覚症状からの通院、検査入院、療養と段階を踏んだ長い休養は、大半が彼女が状況に対応するためのものだった。

 

彼女の脚に関する事実は、走れないと宣告を受けたウマ娘からの()()を甘んじて受け入れていたトレーナーと報告義務のある学園上層部以外は正しく知りはしない。それゆえチームの中でも単純に脚部不安からの復帰だと受け止められている。

 

様々を乗り越えて自分なりの答えを見出せた様子の教え子に、安堵よりはやはりなんとも言えない感情をトレーナーは抱いてしまう。

 

「そんな顔、しないで下さい。自分で決めましたから。それに…あの娘に勝ちたいから…」

 

話し込んで湿っぽくなったところでカラッと笑って見せる青鹿毛の様子に、彼女の才能に対する未練を見透かされた様で少し気まずげに苦く笑いを返す。

 

「ちょー、休憩入ってるなら、こっち来て測ってよー」

 

スタート練習を繰り返していた1人が手を振って呼んでくる。少し長話になってしまったのだろうか、声を上げ手を振っているサイドテールの黒鹿毛の2年生。その横には3年の小柄芦毛が若干の不機嫌さを尻尾に見せてる。そしてグラウンドに仰向けに倒れてるらしいのは1年のゆるふわおさげか。

 

「ああ、お前たちも一息入れて水分補給だ。この後は全員で1600、やるぞ」

 

手入れの行き届いた芝が真昼のごとく照明に照らされてるのを見ながら、声を返す。そしてふっと視線を目の前のベンチに座る青鹿毛に戻す。

 

「お前はどうする?」

 

「走り、ます。まだまだ勘がつかないですし、しっかり…見ていてくれるんでしょう?」

 

問いかけてくるということは、まだ危険水域では無い、との意を受け止めて、何故か最後の言葉には流し目を添えて立ち上がり、悠然と尻尾を揺らせて手をまだ振ってる同級生の方へと向かっていく。

 

その背中を見送りながら完全にヘバりスタート地点に戻ってきている1年2人にドリンクを差し入れながら次の指示を改めて伝える。

 

「1年は見学、スタートとゴール係にローテで付いて先輩をよく見ておけよ」

 

2人の脚の状態を簡単に確かめ、引き連れて合流し、仰向けに倒れたままでストローでドリンクを飲んでいる残りの1年にも同じ事を言う。

今日が終われば盆休み、そして合宿に突入というスケジュール。今日は少々ハードでも構わないだろう。

 

月末のレースに向けてスタートダッシュを決めて逃げを見せる小柄芦毛の3年に、慌てる事無くマイペースに加速を始めていくサイドテールの2年。そして両者を観察するようにゆるゆると脚を早めていく姿は足元の不安は無さそうだ。

 

「きっちりとお前たちを送り届けないとな」

 

誰に言うでもなく言葉が漏れる。

同級生とのレースでの本気の走り、それが彼女が最後にと望んだ願いだ。

 

それを叶えさせる為に自分が居る。予想通りに2回目の並走ではロングスパートが持ち味の同級生と最高速近くで競り合い始める様子に決意と共に目を細める。

 

その前方では疲れを殆ど見せずに本気で逃げにかかる小柄芦毛の3年生。最後のスパートでほんのりと輝く様に見えたのは煌々とした灯りが汗を照り返した幻か。ゴール役の一年の前を次々と駆け抜ける3人を出迎える。

 

「合宿前のひとっ走りだ、1年、混ざれ、上級生は意地を見せろよ。」

 

硝子の脚の青鹿毛だけを手招きでゴール兼計測係に任命すると、残り2人には休む間を与えずに再度の1600mを指示する。

 

「「マジかー」」

 

最後のつもりの1本がお代わり付きになって、声を揃えて不平不満の声を上げる。だか全力疾走の後の興奮が醒めないのか、2人とも目が爛々と輝き、息を整えながらスタートラインに立ち待ち受ける。

 

普段の練習ではなかなか見られない出来上がった様子に、混ざる1年たちも気合いを入れ直すように3人声を上げて並んでいく。

 

「いい走りした奴は晩飯奢りだぞ、ほら、スタートっ」

 

突如開催される今夜の晩御飯奢り杯に、出遅れなくスタートを切って走り出す5人。重なり響く脚音が夏を越えて駆ける狼煙だった。

 

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