星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』

――フリードリヒ・ニーチェ



1章11話 墓守1

 

某月某日トレセン学園内某所。

 

『――内に切れ込んで早くも先頭、そしてそのインコース――』

 

『――3番先頭、9番突っ込んだ、先頭は3番、3番――』

 

寒風が吹きすさぶ外界とは真逆の熱を帯びた男性の声だけが響く。

およそ簡単な造りの筈のプレハブ小屋の窓という窓はウレタンで目張りされ、屋内の音声を外へと漏らさない。

 

壁に掛けられた巨大な画面は3つ、それぞれが違うレースを映し、部屋の真ん中のソファーでダラりと眺めている部屋の主が握るリモコンで音声だけを切り替えれる仕様だ。

 

『――さぁ4コーナーをカーブして、まもなく直線コース、7番はやはり外に出した、5番がその前――』

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園、略してトレセン学園。全国より優秀なウマ娘が集い、切磋琢磨する学び舎。中高一貫であり、特に高等部が主体となるウマ娘によるトゥインクルシリーズは世界的に人気を博す競技である。

学園内部にレース場を模したターフを何本も抱え、更には多くの体育館や運動施設を備え、カフェテリアや学生寮などの福利厚生施設までも内包する。地価の高い都会の一角にとんでもない敷地を占有する巨大施設、それがトレセン学園だ。

 

『――やっときた11番、今4番手に上がって直線差してくるが――』

 

生徒たちの教室や勉学に関わる職員たちの居室が収まる中央棟に直結してそびえる、俗に部室棟と呼ばれる白亜の建造物が頂点を競う一等星のウマ娘たちとそのトレーナー達の居城だ。

下層に各種屋内トレーニング施設を備え、事務室関連は連絡近くに配置されるなど、レースに関わる事は最低限の労力で充たされるように整えられていた。

 

その部室棟から広く採られた遊歩道を挟み、多くプレハブ建ての小屋が整然と林立している。その中の1つ、完全防音、とまではいかないものの外まで漏れ聞こえることのない大音量が室内を満たしていた。瞬きもせずに3枚の大画面に視線を滑らせていく部屋の主、体操服姿にゼッケンを付けたウマ娘たちがターフやダートを駆けていく姿が幾度も映される。

 

「ん?なに?」

 

モニターの上に取り付けられた赤いランプが点灯する。誰かが小屋の入口に取り付けた呼び鈴を押したのだろう。

常に大音量で映像を流しっ放しのため、稀な来訪者に気が付かないことが多く、この小屋だけに装備させられた設備だ。

 

『――4番は抑えた、8番、13番――』

 

「こんな時間に珍しいね」

 

手元のリモコンを操作して録画したまま見返したことも無い、大観衆のレース場での一幕へと映像を全て切り替える。

 

ノロノロとソファーから身体を起こし、外と繋がる扉へと向かう。リムレスの眼鏡を直し、腰までの長い髪に手櫛を入れて整える。ヨレたワイシャツの襟元を正しながら、ドアノブに手をかけ、開く。

 

『――超えるファンが集まるビッグイベントです。中山レース場、天気は晴れ――』

 

プレハブが並ぶ外に音が響く。開いた扉の前に居た栗毛ボブカットのウマ娘は反射的にペタンと耳を閉じてキュッと目を閉じる。

 

「ああ、済まないね、君たちには賑やか過ぎたね」

 

詫びの言葉と共にリモコンで音を消し、改めて目の前の制服姿のウマ娘を見る。

 

夏の終わりの日暮れ時、空は鈍色に染まり始めていて、辛うじて分かるリボンの色を見るに1年生、栗毛の髪は少しボサボサとしており、鳶色の目の下には化粧で誤魔化してもうっすらと隈が浮いている。

 

「あ、あの…こ、ここなら、レース、出して貰えると…」

 

プルプルと震えながら、手に握りしめて来たであろう書類を差し出してくる。上目遣いで取り入り媚びるような視線、見慣れた目つきだ。

 

「ええ、手続きはしてあげる。貴女はそうね…好きに選びなさい」

 

おずおずと差し出された書類を受け取ると、代わりに扉に向かう時に引っ掴んだ紙束をバサりと手渡す。各レース場、各距離の未勝利戦のスケジュールが印刷されたそれは何枚かに渡り、簡素にホッチキスで留められている。

 

「え、あの…え…」

 

「出たいものをメールで知らせてくれたらこちらで手続きはしておくわ。あと、日々使える練習施設は午後までには連絡をするから…わざわざここまで来ることは、もう必要ないから」

 

戸惑う制服姿に淡々と伝え、用事は済んだとばかりに扉傍の郵便ポストめいたものを開き、封筒を幾つか拾い上げる。学園からの書類に加えて、茶封筒で丸っこい文字が書かれたものが1つ混じっている。

 

「それじゃ、今後の連絡はメールで充分だから。…あと、貴女に必要なのは栄養補給と睡眠かしらね。それじゃ」

 

書類は受け取って貰えたものの、初めてのトレーナーに比べて余りに事務的な言葉に、佇んだままで言葉も発せないボブカットを残して扉を閉める。リモコンの音量を戻し、茶封筒を手に流れる映像を煌びやかな勝負服のウマ娘たちが駆けるものから、元の映像に切り替える。

 

 

 

 

 

『――更に5番、前に行っています。そして2番は、そして2番は後方――』

 

名前を呼ばれないウマ娘たちが駆けていく。必死の表情で、肺も痛かろう、脚も重かろう。封筒の口を破り、印刷され余さず記載された用紙を確認し、次いで添えられた手書きの文面を斜め読みする。

 

『――さぁ4コーナーをカーブして直線コース、先頭は7番、7番――』

 

所々滲んで読みづらくはあるが、感謝の言葉がそこには並んでいる。ふん、と鼻を鳴らしグシャリと丸めるとそのまま屑籠へと投げ入れる。

 

『――追い縋るのは8番、だがもう無理か、これはもう無理、見事に決め――』

 

ゴール板の前を駆け抜けていく姿が映し出される。1人の勝者とそれ以外が決する瞬間、何の感情も示さない目が眼鏡ごしにそれを見つめている。何番目かにゴールを走り過ぎた娘がフワッと視線を上げ、カメラに捉えられる。

数瞬、画面越しに目が合う。

 

「…。」

 

無言で、ソファー前に転がしていた電子タバコに手を伸ばす。間接照明だけの部屋に手にした筒のLEDが眩しく瞬く。

 

「…所詮、星屑と墓守…か」

 

誰に言うでもなく、続いて始まるまた名の呼ばれないウマ娘たちのレースを眺める。

 

前走の結果が字幕で流れる。その6段目に記された名前は、屑籠に投げ込まれた、滲み震えた文字列が最後に印したものと同じだった。

 

 






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一章は終わりです。明日から2章に移ります。
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