八月後半、残暑厳しい折となる時節だが、北の大地はすこぶる快適だ。湿度も高くなく天気も快晴、絶好のトレーニング日和。
およそ2週間の貸切となった古びたコテージの裏手にはところどころ芝のハゲたコースが一面設置されている。その内周部では一年生ウマ娘がペアで柔軟を念入りに行いながら、繰り返されてる併走を眺めている。
駆けるのは大柄でベリーショートに髪を切り詰めた赤毛のウマ娘と小柄芦毛のウマ娘。離れてサイドテールの黒鹿毛が追う形が続いている。始めにいたもう1人、ゆるふわおさげは少し前にリタイアして地面に大の字で転がっていた。
実戦を想定した右回りと長めの直線をできる限りで再現して行われている併走に、卒業生のベリーショートは疲れた様子もほとんど見せず、繰り返しにバテが見え始めた後輩を煽る。
「ほらほら、まだ逃げ切れてないぞ、最後の加速が足りないな?」
小柄芦毛の短い髪をグシャグシャっとかき混ぜる悪戯を施してスタートラインに立つ。一方で毎度最後に抜かれて髪を乱される3年は尻尾を逆立てて、もう一本、と大声で気合いを入れ直すように叫ぶ。
◇
少し遅れてゴールとなったサイドテールの2年生は計測係を担っている同級生と言葉を交わしている。
「早めに加速を意識してみたんだけど、どうだった?」
「タイム自体は若干短縮出来てるよ。でもやっぱり全力までは距離が足りないみたいね?それに多分、あんまりやる意味ないんじゃ?」
眼鏡のツルを触りながらもう片手で首から提げてる画板の上の数字を指さす。サイドテールの同級生がそれを覗き込んで思案顔だ。
適正距離より短い距離での参加は、午後から予定している2000での併走の前フリ。あくまで感覚を詰めること優先で前の争いを見守って走る事をトレーナーからも厳命されている。が、回数を経るとどうにも抜きにかかりたくなってしまうのはウマ娘の本能だろうか。
「昨日1600で走った時も先輩に勝てなくてさ。どうなってるのさ、あの脚」
巡行速度も速いくせに自分より短い距離で更に一気に加速するベリーショートの先輩の足元を指さす。在籍が被っている期間の殆どがレースと調整だけで埋められていた先輩と自分たちは併走の機会が殆ど無かった。
そのため聞こえてくるのはレースの結果、ということになる。『惨敗、惨敗、惜敗、普通に負け、惜敗、惨敗』と入着はあっても勝った事がない。
勝てない、勝ちきれないけどレースが好きな先輩、そう思っていた。
しかし卒業時の資料整理の手伝いの時に事実を知った。その戦績の殆どは大体が1番人気に一等星のウマ娘、下手をすればエース級が調整やトライアル出走するのを狙い撃ちで乗り込んでの返り討ちが占めていたことに2人して青い顔で慄いた。
「ともかく、午後からは喰らい付けるくらいはならないと」
どういう心境で勝ち目の薄い格上戦ばかり挑んでいたのか聞いてみたいところだが、畏れ多すぎてマトモに会話ができた試しがない。でも無冠の大先輩に挑まないと、この同級生との勝負だって出来やしない。
「無理はせずに、ね。あ、あと午後はわたしも走るから」
トレーナーさんの了承を得た、と少し得意げに言ってみせ、笑顔を見せるメガネ青鹿毛、対するサイドテール黒鹿毛はピクっと尻尾を揺らして斜め向こうのトレーナーへと視線を向ける。
視線の先ではゆるふわおさげのウマ娘が身体を起こして脚を栗毛の先輩に診てもらっている。そしてトレーナーからストローつきドリンクを差し入れられそのまま飲んでいた。
ちょっとうらやましいな、あたしもぶっ倒れてみようかな、なんて、思いながら、最近ちょっと『トレーナーさん』と言葉を出す時に鼻にかかった様な声になるメガネの同級生に宣言する。
「そ、っか、うん、手加減できないよ?」
本気の本気のレースは、レース場で年が明けてすぐ。だけどそれまでもその後も、負けたくないと、最近特に思う。
トレーナーにせっつかれて背中押されて何とか9月のレースを決めれた時にはそこまででもなかったハズなんだけど、何度か併走して実感が湧いたのかそれ以外の理由があるのか、何となくモヤっとする。
「あと、あたしがもっと早くなるため協力もしてもらうし」
「もちろん」
眼鏡をかけた青鹿毛がコロコロと笑い返すと、ちょっと戸惑ったか、言いすぎたと思ったのかくるっと踵を返してスタート位置で騒ぎながら待ってる先輩達のところに去っていく黒鹿毛サイドテールの同級生。その背中を見る目をメガネで隠す。
やっと、ソノ気になったのかな。多分、わたしはあなたに酷いコト、するよ。心の中だけで謝りながら。出来れば最後まで勘づかないでいてくれたらいいのだけど。
◇
「デカくなったのは態度だけかー?後輩ばっかりでお楽しみかー?」
「ひーぅ、ぅ、ぁ、負けないっ、負けないからっ」
頭をグリグリと抑えられて大騒ぎの芦毛先輩。楽しそうにイジり回してるベリーショートの大先輩は大声で笑っている。2人ともあれだけバチバチに走っていたの戯れてるようにしか見えない。
少し複雑な気持ちで足を向けていたサイドテールの肩から力が抜ける。それを見てニヤリと笑うのは赤毛短髪の無冠の先輩。
「おぅ、お前も昼から揉んでやるからな、覚悟しとけー」
視線が向いた。死刑宣告付きで。
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