星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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2章6話 寝覚月朔日

 

中央トレセン学園、幾つかの地方学園の上に君臨するこの学園はウマ娘たちの学び舎であると同時に最高峰の競技ウマ娘養成所である。

 

その敷地内にそびえる白亜の学舎棟に直結した部室棟、の隣の敷地に並び立つプレハブ仕立ての小屋群。それは二等星と呼称される中堅、あるいはそれ以下のチームに与えられる居城だ。

 

その一つに、部屋の主は不在でポツンとソファーに座りカップを啜るウマ娘が一人、ぼんやりともの思いに耽っていた。思い返すのは卒業生との併走祭り、その後の3年生のGⅡレース2着と北の大地での実り多く終わった合宿の事。

 

「あたし、何のために走ってるのかな…」

 

根源的な問いを口に出してみるが、他に誰も居ない部屋、当然ながら同調も否定も返ってこない。

 

チームのトレーニングが始まるきっかり30分前、いつも通りにプレハブ小屋に訪れた彼女に対してすれ違いのタイミングでトレーナーは会議に呼ばれたと資料片手に去ってしまった。

 

結果、独りでカフェオレを飲みながら時間が過ぎるのを待っているのだが、一度後ろ向きになった思考は取り留めもなく答えようの無い疑問を生み出してしまう。

 

「あたしには…無理だよ…」

 

ため息が漏れる。札幌で見た先輩のレース、最終盤の直線での競り合いに、心が燃え無かった訳では無いし、魂を揺さぶられもした。

でも、それ以上に限界地での鍔迫り合いを間近で見た事によって彼女の気持ちは削ぎ落とされすり減らされてしまっていた。

 

あんなの、出来ないよ。

 

見終えた後、ゴールを見届けたあとに思った感想。トレーナーからは一言を貰えたが、それぐらいで晴れるような質のものでもなく、今日までズルズルと引きずっている。

 

 

 

 

「あら、一人?」

 

軽いノックの後にプレハブの扉が開き、眼鏡をかけた青鹿毛のウマ娘が室内へと足を踏み入れる。ソファーにポツンと座り両手でカップを持ったサイドテールの同級生に目を止めて、部屋の主が不在だと気づく。

 

「うん、新学期の会議だってさ…多分時間までには戻ってくると思うけど。」

 

「珍しい。トレーナーさん、割とそういうのハブられてるっぽいから」

 

抱えていた鞄2つをテーブルに載せて、ソファーに並んで座ると肩からかけていたハンドバッグからチョコレート菓子を取り出し分けながら眼鏡青鹿毛は首を傾げる。

 

練習場の抽選方式が変わった時だったか、うっかり正式通達を見落としていたトレーナーさんは、くじ引きのつもりがルーレット式抽選機械が目の前にあって愕然としてたっけ。

 

その時にぽそりと『一言くらい共有くれてもバチ当たらんだろうに』とボヤきながらルーレットのボタンを押していた。結果はハズレ、私たちは屋内練習と言う名の廊下練に励む結果となった。

ちなみに練習場の抽選にくっついて行ったことはなんか一人で落ち込んでる同級生に話してない、ささやかな秘密事だ。

 

「そう、なんだ?」

 

「らしいよ、嫌われてるとかより、関わりたく無いって感じみたいだけど」

 

初めて聞いたという風に目をパチクリと瞬きするサイドテールの同級生に対して、わたしもよく分からないのだけれど、と返す。思い起こせばクラスメイト達と話すと自分たちのトレーナーがどこか浮いた存在であるのは何となく分かる。

 

練習の話にしてもそうだし、普段のこうして時間前に三々五々に集まって部室で過ごすのも珍しい、らしい。夏前の試験時期など部室イコール自習室になっていたし、グラウンド集合、グラウンド解散が普通と思っていた同級生たちは揃って羨ましそうな目をしていたっけ、と思い返す。

 

見回せば部室のそこかしこにもこじんまりとマーキングよろしく私物が点在している。漫画本、小説、ファッション誌と1年生たちは共通点がありながらそれぞれの好みが出ているし、隣の黒鹿毛サイドテールは手にしているカップそのものだし。

 

そういやこの娘、冷蔵庫に名前貼ったミルクも入れていたね、と思い出す。まぁ、チーム内の事とはいえウマ娘に堂々と給餌されてる時点でトレーナーさんが変わり者なのは間違いないだろうなんて、合宿中散々見せつけられた事がよぎり、なんとなくモヤモヤする。そんな思いと関係なく、隣は暗い影差す表情のままだ。

 

「ねぇ…あたし…走れるかな…」

 

か細く途切れがちな言葉がサイドテールの同級生の口から漏れる。普段なら食いついてきそうなトレーナーさんの話題だというのに無反応。

むしろ聞いてなかったかの様に内に籠った言葉。これは重症だと、真顔で向かい合った時、不意に大きな音と共に小屋の扉が開く。

 

「戻ったぞ、と…全員揃ったな。」

 

ウマ娘たちを引き連れてトレーナーが部室に戻る。間がいいのか悪いのか、ゾロゾロと3年の小柄芦毛の先輩を先頭に1年生たちも部室へとやってくる。流石にこの状況で話を続ける訳にもと言葉を飲み込んでいると、目の前の同級生はそれまでと180度の声で口を開く。

 

「あ、トレーナー遅いよ。コーヒー冷めちゃったよ、淹れ直そうか?」

 

暗い表情は引っ込めて耳もピンと立てての様子、だけどカラ元気なのは付き合いで分かる、けど、それって今言うかな?

 

「ほーん、じゃあお菓子用意しよっかぁ、購買で丁度買ってきたんだよねぇ」

 

あ、ほら、先輩が反応したし。ウマ耳反ったよ、明らかに。尻尾も動き止めたし、これはよろしくない。半目で同級生の方見てるし、なんか圧飛んできてるし。

同級生は同級生でなんでそんな悪者顔で笑い返すかな、というか練習前から世界大戦を始めるつもりなのか。

 

「お菓子、先輩のん、半分貰ってーもいいですか?」

 

突然に黒髪ゆるふわおさげの1年生が参戦してくる。唐突すぎる言葉でもトレーナーさんの、とは言わないで、バチった同級生と先輩の視界の間に入り込む。

これ、空気読まないじゃなくて、読み切ってない?

 

「えー、これ、わたしとトレーナーのだって?」

 

鞄から取り出したパンケーキを『あげません』と高く手を上げ逃がしながらフルフル首振る先輩に、美味しそう、甘そう、と連呼しながらおねだりのポーズを決めるゆるふわの後輩。

他の2人は初めは戦々恐々と、今はポカンと成り行きをただ見ている。そして暫しの膠着状態は、時間を告げる平和の使者の3度の鳴き声に破られる。

 

「ほら、練習開始だぞ、さっさと着替えて第4グラウンドな。」

 

パンパンっと手を叩いて、何事も無いようにトレーナーさんが言う。この図太さは何なんだろう、目の前の事、見てない聞いてないって訳でもないのに、思い切り強引に押し流してしまう。

 

毎度の事だが先輩も同級生も毒気を抜かれた様に揃って大きく溜息をつくと、各々のロッカーに向かう。そこでは隣になるのだが、お互いに相手が居ないかの様に振る舞う。

 

ああ、また冷戦か、飛び火してこないならもうなんでもいいけど。呆れた様に一連の騒ぎを眺めている間にもトレーナーさんは普段から使うカラーコーンやその他の機材を運ぶ分担を手早く決めて、5分で集合するように、と言いつけプレハブ小屋を後にする。

 

「ああ、それと」

 

1度閉じた扉が直ぐに開く。更衣室に入る前から制服に手をかけ脱ぎ始めていた1年が小さな悲鳴と共にバタバタと衝立の裏に逃げ込む。

 

「2年2人は週末空けとけ。忘れそうだから先に言っとく」

 

ロッカーに向かおうとしたわたしに向かってそれだけ言うと、また扉が閉まる。トレーナーさんの言葉に携帯のスケジュール帳を開いても、レース前の同級生と自主練する予定があるだけで問題は無い。

 

だけど今週末って、1年生の未勝利戦じゃなかったっけ。チーム全体の予定が書き込まれているホワイトボードと手元を照らし合わせて首を傾げる。

 

ああ、そういう…。トレーナーさん、甘くはないけど、ちょっと贔屓じゃないかな、それは。

 

唐突に決まった週末の予定に、隣を意識しまくりの癖に誰も居ない素振りでグラウンドに出る用意を整える同級生のサイドテールのウマ娘へと視線を向け、気づかれない様小さく溜息をついた。





毎日お付き合いありがとうございます。
そろそろ序盤も終わりです。
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