「今年の新人さんはどんなかなー?」
頭上の耳をぴこぴこと動かしながら、小柄な芦毛、ショートカットの娘は隣でニコニコと笑う。一方の俺は仏頂面だ。
「いやさ、なんでお前まで居るんだ?」
確かに5月の新潟、谷川岳までスケジュールは空いているがトレーニングメニューまだこなしきってないだろ?だいたい片手に持ってるドリンクは何だ、その派手でポップな蜜蜂の絵は、糖分は控えろって言わなかったか?
「ちゃんと甘さ控えめはちみーですよぉ、はい、トレーナーさんの分もあるからそんな顔しないって。ど?イイ娘いる?」
パサパサと尻尾が揺れて上機嫌な事を伝える。視線は少し離れたグラウンド、体操着姿で各々で自主トレーニングに励む新入生に向けられている。
念入りな柔軟体操を終えて今は順番に外周を流し気味に走っている。トレーナーが付く前は教官による一斉の基礎トレーニング。
その後に思い切り走るような身の程知らずな、考え無しのバ鹿娘は流石に今年はいない。2年前は居たがな。
「ああ、そうだな…未勝利戦を4回もこなすような大型新人は居なさそうだな、あと今日のメニューをサボるような大物も」
差し出されたストローの刺さった紙コップを受け取りながらジトっとした目で隣の笑顔を見下ろしてやる。
プレオープンを何度か越えて乱高下はあるものの掲示板入りも経験しての、ようやくのレースが来月だと言うのに自覚がないのか。あるいはシメる2人が抜けたせいか、どことなくふわふわとした様子に自然と口調もキツめになる。
「えー、なんかそれ先輩みたいな言い方ー。ずっとベッタリだったから伝染っちゃった?」
唇尖らせて上目遣い。ほんの少しだけ耳が垂れ、尻尾の揺らぎが小さくなる。
彼女が思い出したのは栗毛のセミロング、最初はちょっと冷たい印象を持ってた卒業したばかりの先輩ウマ娘。
時に失敗談を語り…そういや成功譚は聞いたことがないかも、あと何かとサボりがちなわたしの面倒をみてくれた。そんな先輩のおかげでなんとかギリギリオープンウマ娘に引っかかる所まで引き上げてもらった。
そんな先輩には感謝してもしきれない、ただ補助が必要だからってトレーナーさんに昼から夜までベッタリだったのはチーム内では結構ブーイングだった。
「なんて、分かってますって…今度はわたしが背中を見せて引っ張らないと、ま、後輩たちの方が優秀ですけどねー」
一瞬、真面目な顔を見せたかと思うと、またふにゃっと力の抜けた表情にへにゃりと耳は垂れ尻尾もぐでんと揺れを止める。そして手にしていたドリンク、ストローを銜え音を立てて啜る。
後輩たち2人は既にオープン戦まで駒を進めている。このまま順調に入着を重ねればなんとか年内、最低でも来年には重賞の1つか2つ出れるんじゃなかろうか。それに引き替え、と、決意は見せても自分で自分に冷や水を浴びせてしまう。
「お前の夢は何だった?精一杯走り抜けること、だったろ?結果がいいに越したことはないが、それだってここの所ついてきている。それに、だ、それに俺よりもお前にしか出来ないこともある」
芦毛の娘が見せるふわふわした感じ、その正体に何となく気づいた彼はそう言って新入生たちがそれぞれに体を動かし自主トレーニングに励む様子を指さす。
確かに彼女は走ることには自分とお似合いの凡才かもしれない。だが先輩からの薫陶を受け伸び盛りだ。それにお互い言いはしないが先代から想いは受け継ぐ、受け継がせていると聞いている。それよりなにより、だ。
「イイ娘いるか?」
彼女の言う自分より優秀な後輩たち、それを見出したのは彼ではない。ピクっと耳を立たせた芦毛のショートカット、その薄青色の目が輝く。
「んっとねー、あそこの栗毛、髪が長くてクセ毛の娘、気合い入ってそー。それと向こうの青鹿毛のセミロング、かな?」
その眼は眩しい才能を見つけていた。