星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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『我々は、自分たちが耐えられる分だけの地獄しか知らない』

――フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー



2章9話 墓守2

トレセン学園内某所にて。

 

 

容赦なく照りつける陽光が熱を与え、その場に立っているだけでも汗が浮かぶ。そこで対峙している体操服姿のウマ娘が2人。

 

「前のトレーナーには、怪我をした時に捨てられました」

 

「目標は、とりあえず前のトレーナーのウマ娘に勝つことです」

 

「…よろしくお願いします」

 

長い栗色の髪が下げた頭が定位置に戻るのに合わせて、サラサラと流れる。耳は少し緊張を示すように後ろに引き気味で、正面見据える目は黒く、怨嗟の情念を湛えている。

 

…これはまた、強烈なのが入ってきたな。ここに来る奴は、多かれ少なかれキズ持ちだけど、ここまで前担当のトレーナーに敵愾心丸出しなのは珍しい。

 

来る者拒まずで不干渉が徹底しているこのチームの門を叩いたのも必然といったところか。直接顔を合わせる事も殆どなく、最早記憶の片隅に追いやられているリムレス眼鏡の黒髪女性トレーナーにはどう映ったのだろうかとふと思う。まぁきっと書類だけを見て判を押したのだろうけど。

 

「よろしく。名前は見たことあるかな?私は3年で、一応古株…かな。目標はともかくレースに戻る事だね」

 

手を差し出して軽く自己紹介。

 

そう、自分はもうこのチームで最古参と言っていい。直近で同じように自己紹介をした元気のよかった後輩は結局、未勝利戦を抜けきれずに姿を消してしまった。

バ群恐怖症になってしまった同級生は大逃げだけを勝ち筋にもがき続けている。

 

その他にも、何人か顔と名前の一致する娘はいるが、その殆どはもうこの場には居ない。

 

そして私は、相も変わらず調子の上がらない脚に振り回され、トレーニングと通院の日々を過ごしている。

 

「皆さんで全員、なんですか?」

 

栗毛がグラウンドを見渡す。ウマ娘の出入りが激しいこのチームで、新人の相手をするのはもっぱら私の役目だ。

 

それ以外の10人足らずのメンバーは三々五々に今日与えられたダートトレーニング用の第4グラウンドの空きスペースで思い思いに体を痛めつけている。

 

「いや、もう何人かは居ると思うけど」

 

新加入者への挨拶担当とはいえ、チームリーダーとかそういうのではない。だから本当は何人が所属して、誰が居たり居なくなっているのかなんて、目の届く範囲でしか分からない。

 

多分チーム内誰も正確なところは知らないだろう。だからこそ、とも言うべきか未勝利戦や条件戦ではちょくちょくチームメンバー同士で当たる事もある様だ。

 

レース場に着いて初めて、ああ、と気づいたとか、今は居ない後輩が言っていた。それはそれで併走なり何なりと練習の幅が広がるから悪いことばかりでも無いと笑っていたっけな。

 

「本当に、トレーナー、来ないんですね」

 

続けて感想を言いながら、目の前で屈伸して、柔軟に移行していく新入り。本当はこの娘の目に他のメンバーなんて映ってはいないのだろう。何せ抱え込んだ想いが想いだし。

 

それはともかく、安全面を考えればトレーナー不在での集団トレーニングなんて本来はよろしくない。怪我の可能性は常について周るのだから。何かあればトレーナーへとメッセージを投げれば、自分たちで通報するより早く学園の保健医や看護士が駆けつけてくれるのは実体験で知っているけれども。

 

「そうね。全て自己責任だって。チームに入る時に普通とは違う書類にも署名したでしょ、そこに書いてあった通り」

 

このチームの扉を叩いた、走る事を諦められない私たちは通常のトレーナーとの契約時とは異なる書面にサインする。

その中に練習中に起こった事故、故障は全て、自主トレ中に発生したものとして扱われることが明記されている。つまり、自己責任なのだ。

 

しかも練習内容は、入学時に学んだ教官指導の物を基本として組み立てたものを毎週提出することが望ましいとされる。ただ明らかなオーバーワークの場合は添削が入る。

 

だけどそれを守るか守らないかまでは強制されないし、練習メニューの提出もあくまで望ましい、であって必須ではない。ただ、何があってもトレーナーの有責にはならない様、注意喚起が施されている。

 

「賞金の半分をトレーナーに渡すというやつですね。噂だけかと思ってました」

 

屈伸から柔軟、そして手首足首を回す動きに移行しながら、新入りがこのチームの悪名の根源を言う。

 

だがしかし、怪我のリスクを自らのものとして、得られた賞金を差し出す事に同意をすれば、望むレースへの出走を阻むのは自身の実績か抽選の運だけという環境は、諸般事情があってトレーナーたちから見放され、レースに出ること自体がままならない私たちの最後の砦であった。

 

誰も助けてはくれないが、誰に止められることもない。放置されてはいるが、ここほど手を出されない場所はないのだ。

 

それだけに居なくなるウマ娘の数だけ加入してくるメンバーがいる。例えばこの目の前の新入りの様に。

 

しかし何だな、うん、話しながら、走る準備を整えたのか、一応先輩なんだけどな私は。

 

「併走がご希望なら併せしよっか」

 

幸い今日は脚の調子もいいし、少し鼻っ柱を折っておかないと。いや、かつてデビューから半年でオープン戦まで駆け上がったこの娘に単に興味が湧いただけかな。かれこれ1年はレースに出てないもの同士、トレーナーとの離別の理由も似た様なものだし。

 

「私、速いですよ?」

 

「望むところだよ、そろそろレースにも戻らなきゃ、卒業の方がもう近いからね」

 

生意気な口を叩く新入り。言うだけの実績はあったはずだ。話しているうちに思い出した昨年の冬前に話題になっていたウマ娘。かつては澄んでいただろう鳶色の目はもうどんよりと昏い情念だけを湛えている。

 

「そう、ですか。じゃ、よろしく…お願いします」

 

そこは敬語なんだ。なんて愚にもつかない事を思いながらコースに向かう。道すがら軽く肩を回し、少し曇った空を見上げる。

 

かつて覚えた脚の違和感。それを告げたことで始まったトレーナーとの二人三脚の苦闘。最後は涙ながらに土下座までして、力不足を謝り倒してきた彼。そして契約の解除。そんな前トレーナーに自分がレースで駆ける所をただ見て欲しいだけの私。

 

かつてのトレーナーに見てもらう、目標は同じはずなのに動機がまるで正反対の私たちは少し古ぼけたスタートラインに立ち、体を少し屈め合図を待つ。コースの脇の娘が手を振り下ろす。同時に思い切り踏み込み加速を決め、独特の重低音が響き渡る。

 

私たちの夢はいつか叶うだろうか。出来ればこの新入りの、後輩の夢が違う形に転化することを願いながら半バ身先を奪い脚を回して駆け続けた。

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