星屑の円環 −モブトレとモブウマ娘の話−   作:華月響音

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3章5話 木葉月の終着

 

わたしの色は何色だろうか。地下通路を抜けて円形のパドックに向かいながら、周囲の色とりどりに眩いウマ娘たちを眺め、ふと思う。

 

わたしの目は普通と異なりウマ娘の才能を輝きで捉える。ある程度は感度を制御できるが、こんな狭い空間で15人も居られたらそれだけで絶不調になってしまいそうだ。

 

「思い出すなぁ…」

 

入学して直ぐの頃、余りにキラキラが煩さ過ぎて自由練習の時間にぶっ倒れるまでグラウンド全速力で走ったっけ。

 

トレーナーさんとの馴れ初めの話だけれど、クラスの娘達からはドン引きされたなぁ…結果なりゆきで所属チームまで決めてしまった事で、入学早々に変わった娘認定されてしまったのは自業自得なのだろうか。

 

そんな変わり者らしいわたしを受け入れてくれたチームのトレーナーさんもやっぱり変わり者で、チーム小屋の管理は当時の3年生に丸投げしているし、2年生の先輩2人とは出走する訳でもない重賞レースの分析を延々としていたりと、自由過ぎるぐらいの振る舞いだった。

 

染まりやすいわたしはわたしで、早々に合鍵を作ってプレハブ小屋で自習したりお昼寝をしたりと好き勝手を直ぐに始めてしまったが。

 

そんな変わり者のトレーナーさんだったが、練習時間を回れば、弱い所を程々に強化しながら強みを探り当て伸ばす指導方法は的確なものだったようだ。

 

結果、短距離の逃げ一本と方向が固まってからは未勝利戦も条件戦も抜け出すのは早かった。

 

その後のオープン戦線では足踏みが続いたけれど。

 

パドックに足を踏み入れると、順番に名を呼ばれ、上着を放り投げるパフォーマンスが始まる。煌びやかな勝負服が顕になり、出走するウマ娘たちの輝きも増す。わたしの番になり、見様見真似で肩から掛けていたジャージを放り投げる。

 

真っ白なロングブーツに黒のニーハイソックス、白のショートパンツ。上半身は濃い青のノンスリーブのフィッシュテールシフォンでゴツいこげ茶色のベルトがアクセントになっている。

 

そんな勝負服が衆目に晒される。出走確定から2週間強でしっかりと仕上げてくれた服飾部には感謝しかない、トレーナーは相当にキレ散らかされて平身低頭だったらしいけど。

 

『5枠10番、前走、前前走と悔しいレースが続いてます。夏前までは目立つ所のなかった彼女ですが、遅れてきたシンデレラと成れるでしょうか』

 

『少し間隔が気になりますし、前走では負傷も僅かにあったそうですが…が、見たところ調子は良さそうですね。16番人気ですがジャイアントキリングを楽しみにして見たいですね』

 

実況と解説の掛け合いが場内に響く。出走16人中の最下位の人気。そりゃそうだ、時折名を見るようになったとはいえ、所詮はここ最近のオープンでの成績。誰がどう見ても滑り込みの繰り上がりでの出走。

 

重賞を2週、3週と間を開けず駆け続けている事で体調が万全だなんて誰も思わないだろう。だけどわたしは調子がいい。そんな訳、無い。少し脚は重たいし、前走での打ち身も腫れが引いただけで触れれば若干痛む。それでも笑顔を見せて手を振り勝負服を見せつける。

 

首に巻いた黒のチョーカーから垂れる真っ黒なタイ。真ん中に刻まれた銀糸で十字に近い星を象った刺繍。勝負服からは少し浮くが、わたしたちのチームの象徴。かつての先輩たちが繋ぎ、そしていつか後輩へと手渡す「北天」の証。

 

身に付けることが出来て本当に良かった。

 

たった1度きりになってしまうのだろうけど、それでも付けずに後輩に譲るなんて、今日はスタンドで観戦予定の先輩たちに何言われるか分かったものじゃない。

 

「無理はするなよ」

 

柵越しに拳を突き出したトレーナーさんが小声で言う。小さく頷いて拳をコツンと当て返す。

 

うん、無理、するよ。多分分かってて言ってるトレーナーさんはそれ以上何も言わずに難しい顔のまま最前列を観戦に来てくれたチームメイトに譲る。

 

二言三言、後輩たちと言葉を交わしてくるりと本バ場へと繋がる通路へ向かう。赤、橙、黄、緑、本当に眩しくて嫌になる。わたしを掛からせようとする綺羅星たちの煌めき。

 

ターフへと足を踏み入れ、暫しその感触を確かめる。午後の中山、芝1200メートル。天気は晴れ、最終レースというのもあって荒れもあるが概ね良バ場。最後のレースにするつもりは無いけれど、最後にしたって構わない。

 

そのつもりでゲートへと進む。肘まで覆う手袋を直し、飾り付きの耳カバーを整える。ゆったりとスタートの構えになり、その時を待つ。

耳慣れないファンファーレが鳴り響く。手拍子が止まると静寂がレース場を包み、鈍い金属音と共にゲートが開き視界が広がる。踏み出しの一歩から、一気にトップスピードまで上げる。緩く続く下り坂でペースを上げすぎない様に周りと合わせてゴールを目指す。

 

『――各バ一斉にスタート、飛び出したのは逃げウマの3人、1番人気は中団待機、バ群は長く伸びていきます』

 

『予想通りですね。先行有利のレースとはいえ、坂の前までにどれだけ離せるか、離せなければ差しの餌食ですよ』

 

大きな弧を描くようなコースで先頭を争い競り合いながら進んでいく。いつもより加速が伸びない、だけどこれでいい。

三度も経験すれば推測は立つ、わたしに必要なのは競り合い、そして追い抜こうという意思。だから前回は間に合わなかった。だから無理矢理、状況を作る。

 

『さぁ、カーブを抜ければそこは中山の坂、直線は短いぞ』

 

『1番人気、動き始めましたね。差しウマを伴って上がっていきます。コーナーを周りながら順位が大きく変わっていきますよ』

 

大きくカーブを抜けて足場のやや悪い外側に流されながら、脚を踏みしめ再加速で勾配に挑む。

 

前が伸びきらなかったことで詰まり気味で競り合いが激しくなる。視界は暗く帳が降りて、先行も競っている娘も光源にしか見えなくなる。背後からは爆光が迫ってくるのを感じる。音が消えた世界、光だけただ追う幻覚。耳馴染みのある噛み合わせを探る歯車の音。圧が高まり世界がひび割れる。より強い力、才能の暴力がわたしの空間を砕いていく。

 

「だけどさ、負けてやらないよ、簡単にはっっ」

 

時間にして数秒だろう、まだ坂の途中。前走同様に後続に捕まる。でも、ここからだ。前走での偶然を意図的に見つける。

 

噛み合い動き出す歯車は連動して世界を塗り替える。脚に力が戻る。踏み出しが芝に食込み、倒れそうな前傾が深まる。爆発的な出力が脚に負荷をかける。

 

筋肉も骨も軋んでいるかもしれないが、ほんの少しの時間、動いてくれればそれでいい。

 

難しい顔のままパドックで別れたトレーナーさん、勝負服に羨望の眼差しを向けていた1年たち。無言でジト目気味だったサイドテールに早口で要注意ウマ娘を言ってくるメガネ青鹿毛の2年生コンビ。チームと合流して観戦してくれてるだろう栗毛ストレートと赤毛ベリーショートの先輩。

それから親や兄妹、友達、知り合い、どこかで見てるかもしれないその他のひとたち。そしてこのレース場の人全員に。

 

 

魅せるよ、わたしの精一杯を。

 

 

輝きが世界を包む。3年間溜め込んだ、詰め込んだ思いが爆ぜる。

空も地面も何も無い、黒を塗りこめる真っ白な世界。

 

坂を越えた先のほんの僅かの距離を、夢の到達点までの道標を、何者にも邪魔されずに突き進む。

 

 

 

 

 

 

『一度沈んだ10番、ここで一気に伸びてくる。大外から、ほぼ先頭に並ぶ。真ん中、中央も上がってきているのは1番人気。三バ相見え、これは分からないぞ、並ぶか、並ばないか――』

 

実況の声が唾を飛ばさんばかりに激しくなり場内に響く。それが絶叫へと変わる最中、ゴール付近で観戦していたトレーナーは突如立ち上がり、柵を掴んで身を乗り出す。

 

「ダメだ、それは、それ以上はっ」

 

周りの興奮と真逆の言葉、視線は一等星2人と競り合う小柄芦毛に固定されたまま。練習でもレースでも見せたことの無いくらいの低い姿勢で地面を蹴る姿に目を奪われながらも、制止の言葉を叫ぶ。

その奇行も言える動きに背後の教え子たちは動揺しながらも、決着間近の目の前のレースからは目を離せない。

 

「降りろ、迎えに行け」

 

首から下げていた身分証の1つを同じく観戦していた卒業生2人に投げ渡す。次いで携帯を何処かにかけながら、残りほんの数秒のレースの結末を見届ける。

 

こうなる事は、ある意味想定の範囲内だった。無理をしないはずなんてない。限界を越えようするのは分かっていた。脚の出力と身体のバランスが取れていない彼女がそうすればどうなる可能性が高いのか。

 

トレーナーとして、教育者として、止めるべきで、誘うべきではなかった。だか、彼は優先してしまったのだ。自らが手掛けたウマ娘が、ひしめく綺羅星を打ち倒す可能性を。彼女のまだ走りたいという想いを利用して。だから、ゴールに届くまでは目を逸らす事は許されない。

 

『――時計は1分8、見事1番人気に応えました。最後に抜け出し、見事でした、スプリンターズステークスを制したのは――』

 

 

 

 

 

 

ゴール板を駆け抜けたウマ娘たちが減速していく。膝に手を付き息を整える者、ターフに倒れ込む者と死力を振り絞った彼女たちの中で、実況に名を呼ばれた2年生一等星が天に拳を突き上げ勝鬨をあげる。

それをぼんやりと、芝を背中に仰向けに転がって秋空を見上げながら耳にする。

 

「そっか…ぁ…」

 

届かなかったか、自分の限界の更にその先まで駆けてみたが、届かなかった。酷使した心肺は漸く落ち着き始めたが、脚はもう、さっきからずっと痙攣している。

気分は思いの外落ち込まない。自分の引き出しを逆さに振って全部を使って届かなかったからだろうか。逆にクリア過ぎて全部他人事みたいだった。

 

「ほら、ご到着っと」

 

不意に視界に影がかかる。声に視線を向けると、短髪赤毛の先輩が栗毛ロングのもう1人の卒業生を姫抱きで抱えてターフに降りて来てくれたらしい。

 

「ちょっと、連れて来かたってものがあるでしょ…も、脚、診せなさい、ホント無茶ばっかりして」

 

通路から関係者口、現場に到るまで抱えられていたらしい先輩は、とんだ羞恥なんとかよ、とか言いながらも震え続けるわたしの脚を触れ、軽く指圧をかけて鎮めていく。

首から提げている見慣れない身分証にはチームメディカルの記載があった。うそでしょ。

 

「トレーナーの仕業だよ。ま、流石にそろそろ来るだろ」

 

赤毛ベリーショートの先輩が頭を撫でながら言う。視線をそちらに向けると見た事無いくらいに優しい顔をしていた。

 

「あ、これ…」

 

まだ少し震える指先でチョーカータイに触れて、示す。先輩から引き継いだもの。天頂輝く不動の星に見合うだけの走りは出来ただろうか。

不安げに揺れるわたしの目を覗き込む先輩はニッコリと笑った。見たことないくらいの笑顔だった。

 

「ああ、見せて貰ったよ。お前の『精一杯』を」

 

ウマ耳を撫でてくれる。どうやら耳カバーは片方何処かに飛んでいってしまったらしい。直接触れてくる指先に、疲労しきった体は睡眠を要求してくる。

 

「よかった…」

 

ふんわり意識が飛びそうになる。その時、耳慣れた足音が近付いてくるのに気がついた。背後にはレース場の医療部隊も引き連れて。

 

大事だなぁ、とやっぱり他人事の様にふわふわと思う。一着に成った娘の邪魔してなきゃいいけど。そう言えばウイニングライブどうしようかな、多分無理かな。でもGⅠだし、出なきゃだよね。というか、出たい。

 

「済まなかっ…いや、よく走ったな…」

 

開口一番の謝罪の言葉を労いに塗り替えて、脚を診てくれていた栗毛の先輩とトレーナーさんが入れ替わる。先輩は医療の人達に説明をしている様で難しい言葉が交わされている。

 

未だ全く動ける気のしない気だるさに支配された体のまま、ぼんやりとトレーナーさんを見上げる。

 

「届かなかった、よ…」

 

「いい、何も言わなくて」

 

頭を撫でながらひょい、とわたしを抱えあげる。至近距離で感じるトレーナーさんの体温に、不意に涙腺が崩壊しボロボロと涙が溢れる。

 

「負けちゃった、負けちゃったよ…」

 

グズる子供の様に抱えられたままで、決壊した涙と鼻水がトレーナーさんの胸元を汚す。トレーナーさんは何度も、そうか、とだけ返してくれながらゆっくりとスタンドに沿うように歩いて地下通路へと向かっていく。

 

「でもな、顔上げて耳を澄ましてみな?」

 

抱えられたままで立ち止まられ、言葉に視線をスタンドに向ける。労いの拍手と言葉が降ってくる。

 

何度もわたしの名前が呼ばれる。

 

ああ、よかった、届いたんだ、わたしの走り。トレーナーさんの腕の中で、その温もりに包まれたまま、わたしのすっと意識は遠のいていった。

 

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